第8話 鬼門は天狗を招きて

「まぁ『神隠し』っていうより、『天狗さらい』だけど。アレは両親の葬式の日だから、小学3の冬だったかな」 


 俺はさびれた神社で小毬を抱えて、ずっと一人で泣いていた。

 しばらくして日が沈もうというときだった。上の方から声が聞こえて来た。

「どうした坊主? 男がいつまでもメソメソ泣くもんじゃねぇよ」


 涙を拭きながら、顔を上げると人が神木しんぼくの杉の枝に座っていた。いや、良く見るとそれは人じゃなかった。


 恰好は今どきだけど、真っ赤な顔に長い鼻。それはまさしく『天狗てんぐ』だった。天狗はひらりと地面に降りると、こちらに近づいて来た。


 初めて見る妖怪に、俺はビビりまくって、腰が抜けてしまった。小毬はフシャーッと毛を逆立てながら、天狗を睨んでいる。


「そう怖がるなって。捕って食おうってわけじゃねぇから」

「そんなこと言って、油断させた隙にぼくたちを食べる気なんだ‼」

「ぼくたちって、天狗は人も猫も食わねぇよ」


 言われてみれば、天狗が人を食べる話なんて聞いたことない。普通に話せるし、天狗って案外怖くないかもしれない。天狗はしゃがみ込み、俺に目線を合わせる。


「でも天狗って何食べるの? きゅうり?」

「それは河童な。ところで、なんで泣いてたんだ?」

「別に天狗には関係ないだろ」

「いいから話してみろって。話せばスッキリするぞ?」


 それから俺は天狗に事情を話した。交通事故で両親が死んだこと。俺の名前のせいか、親戚は誰が俺を引き取るかで揉めていたこと。そんな大人たちが嫌になり、神社で泣いてたこと。


 全部話し終えたときには、天狗は号泣していた。

「天狗さん、めっちゃ泣いてんじゃん」

「泣いてねぇよ。天狗は目から汗をかくんだよ、あぁ暑い」

「いま冬だよ。めっちゃ寒いよ」


 天狗は涙と鼻水を袖で拭くと、いきなり立ち上がった。

「よし、決めた‼ お前をさらって、俺の息子にする‼」

「なんでそうなるの⁉」


 話によるとこの天狗、烏丸からすま鷹助ようすけさんは異界に住んでいて、そこで奥さんや娘さんと暮らしているそうだ。


「俺の女房の緋魅あけみはキレイで優しいぞ。まぁ、怒ると怖いけど。娘の和魅なごみは女房に似て、とても可愛いぞ。歳的にお前の妹になるな」

「でも僕が来ていいの? 親戚の人たちが言ってた。ぼくは『鬼門』だから悪い鬼を呼ぶ、不吉な子だって」


「 心配すんな。天狗は『大魔王』とも呼ばれてて、鬼よりも強いんだぞ?」

「ホント!? じゃあ天狗の息子になるなら、ぼくも強くなれる?」

「もちろんなれるさ。それに異界アッチじゃ、いい鬼だっているんだぞ?」

「分かった……行く!!」

 俺は決心して、立ち上がった。



「じゃさっそく行きたいところだが、猫も連れて行くのか?」

「小毬はぼくのお姉さんだから」

 俺が抱き上げると、小毬は心なしか嬉しそうにニャーンと鳴いた。


 小毬は俺が生まれる前から飼われていた猫だ。俺を子守りするようにずっと一緒にいたから、お父さんたちがよく小毬を『お姉さんみたいだね』と言っていた。


 鷹助は優しく笑いかけ、僕の頭を撫でた。

「そっか。和も姉ちゃんと兄ちゃんが一気にできたら、嬉しがるだろうな。出発するから、目をつぶってろ」


 すると、鷹助の背中からカラスのような黒い翼が生えて来て、大きく広がった。慌てて言われた通り目をつむると、体がふわっ浮いた。そして凄い風を感じるそらを飛んでいるみたいだ。


 しばらくして風が収まったかと思うと、地面に足がついた。

「目開けていいぞ。ようこそ異界へ、なんっつってな」

「異界って、さっきの神社じゃん」

「ここを出れば分かるって」

 烏丸に手を引っ張られ、神社を出た。目の前に広がる光景に、俺は言葉を失った。


 景色自体は俺がいた世界と何も変わらない。でも街中を妖怪が普通に歩いてる。それどころか、妖怪と人間が普通に話してる、遊んでいる、働いている。


「じゃ帰るか、の家に」

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