第5話 化け猫と隣人トラブル

「おかえりアナタ。ご飯にする? お風呂にする? それともワ・タ・シ?」

「お前以外で」

 家に帰ると、人モードの小毬がほぼ裸エプロン姿で俺を出迎えてくれた。ほぼというのはエプロンの下に、タンクトップとホットパンツを着用しているからだ。


 居間に入ると本当に晩飯の準備もできて、お風呂が沸いていた。なんなら洗濯物も畳んで、部屋も掃除してある。何かアヤシイな。


 すると、小毬はほぼ裸エプロン姿で物凄い勢いで土下座してきた。

「お願い‼ ウチを大学に連れてって!!」

「ダメ」

「せっかく珍しく家事をして、色仕掛けまでしたのに」


 土下座からそのまま横にごろごろ寝転がる小毬。企みがダダ漏れになってる。猫の姿ならまだ可愛らしいが、今はただのハレンチなダメ人間にしか見えない。


 すると小毬は、俺の背中におぶさり胸を押し付けるという実力行使で来た。もちろん小毬は俺からすれば、ダメな姉のような存在なので何とも思わない。

「乗るなババァ、重い」

「まだピチピチの20代ですー‼ 体重3キロだから重くないですー‼」

 猫の20代は人間の年齢で言うと90歳以上だそうだ。ちなみに体重3キロは猫モードの時の話である。


「授業参観でもいいからー」

「大学に授業参観はない、来んな。話は終わり」

 小毬は転がるのを止めて猫の姿に戻った。やっと諦めてくれたようだ。


「靴の中で毛玉吐いてやる!!」

「おいやめろ‼」

「丑門、お菓子どこにある?」

「それならそこの棚に、って薄影いたのか!?」


 声のする方を見るとぼさぼさ銀髪のアパートのお隣さんが棚を勝手に漁っていた。

「お邪魔してるよ。のり塩かぁ、僕はうす塩が好きなんだけどな」

 薄影うすかげ燈夜とうや、コイツもまた妖怪である。俺と同じ大学に通う同級生だ。


「ねぇ、晩御飯余ってない?」

「ほんと図々しいなお前⁉」

「妖怪の総大将だからね、僕は」

 薄影はぬらりひょんという、人の家に上がりこんでは我が物顔でお茶を飲んだりくつろいだりするという、なんとも迷惑な妖怪である。


「いつも勝手に入んなって言ってんだろ。次は通報すんぞ」

「そんな冷たいこと言わないでよ。僕と丑門の仲でしょ?」

「不法侵入を許すほどの仲じゃねぇよ」

 晩御飯は残ってないので、薄影にはポテチのり塩だけぶん投げて帰らせた。





 次の日、講義中に昨日の出来事のことを如月と晴瑠に話した。朝は小毬がぐっすり寝ているうちに、物音を立てずに家を出てきた。

「へぇ小毬ちゃんがねぇ。連れてくればよかったのに、面白そうだし」

「面白くねぇよ」


「まだ小毬ちゃんに会ったことないんですけど、どんな感じですか?」

「面白いお姉さんって感じ。人間モードの姿はね、あんな感じ」

 如月が指さす方を見ると、前方の机に見覚えのある三毛模様の髪に猫耳が生えた女性の後姿が見えた。どう見ても小毬の人モードである。


「アイツいつの間に⁉ 来るなってあれほど言ったのに」

 でも、小毬はどうやってこの教室だと分かったのか。俺がここにいるって知ってるのは、同じ講義を受けてる如月と晴瑠と、薄影だ。


 教室を見回すと、俺より後方の席でぼーっと講義を受けてる薄影と目が合った。へらへらと意味ありげに笑って、手を振ってる。

「あの野郎、小毬に教えやがったな」


 講義が終わった瞬間、小毬は逃げるように教室を出ていった。

「如月、俺の荷物頼む」

「え⁉ ちょ、寅くん!?」


 人混みをかき分け、小毬を追いかける。そしてついに、人気ひとけのない建物の行き止まりに追い詰めた。

「こんなとこまで連れてきやがって、もう逃げられねぇぞ小毬」

 小毬は笑っていた。しかし、いつもの無邪気な笑みでなく、見たこともない妖艶な笑みだった。

「あぁ、やっと二人きりになれんしたね。泰寅様」







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