デミウルゴスの楽しいお料理実験

M.M.M

「肉質が悪く、食料としては不合格ライン」

「まずはこちらの料理から」

デミウルゴスが指を鳴らすと調理係がフラフラしながら歩いて皿を運び、エントマの前に置く。

白い皿の上には炒めたきも、それに野菜が白と緑の彩りを提供していた。

「わあ、レバニラ炒めですね~」

エントマは椅子の下で足をぴょこぴょこさせて喜びを表現する。

「食べてみてください」

「いただきま~す」

エントマはフォークを使って口……下顎を開けてレバーを入れ、モグモグと味わう。

「どうですか?」

「すごく美味しいです」

表情は一切変わらないがその声は喜びに満ちている。エントマは次々とレバーを食べてゆくが、野菜には一切手をつけない。しかし、デミウルゴスはそれについて何も言わない。

「ただ、匂いがちょっと少ない気がします」

「匂い?」

「血の匂いが」

「ああ、血抜きをしたせいでしょうね」

デミウルゴスは手に持った本をぱらぱらと捲る。

「肝臓は匂いが強いので水や牛乳で血抜きをせよと書いてあったため、そうするように指示を出したのですが、エントマにはあえて血を残したほうが良かったですか?」

「はい、血の匂いや味も大好きですから~」

「なるほど。以後はそうしましょう。とりあえず、ここまでは”可能”ということですね」

「何がですか?」

エントマは数秒でレバーを消費してしまい、皿の上は野菜のみになっている。

「実はですね、今回の料理はエントマの王都での苦労を労うためと言いましたが、スキル非保有者が料理できないことについての実験も兼ねているのです」

デミウルゴスは手に持っている本を閉じ、表紙を見せる。

「これは図書館にあった料理の本なのですが、スキルを持たない私でも料理の知識を記憶することは可能なのです。しかし、あなたも知っているとおり、スキルを持たないナザリックの者が料理をすれば100%失敗します。そこで疑問が生まれました。料理スキルを持たない者が他者に指示して料理を作らせた場合は成功するのか?魅了や支配で精神操作して作らせたらどうなるのか?調理工程に少しだけ関わったらどうなるのか?あなたが今食べた料理は私がそこの調理係に指示を出して作らせたのですが……」

デミウルゴスはちらりと調理係を見る。

「あなたも言ったとおり、料理は成功しています。私もこの程度なら失敗しないだろうと思いました」

「へえ~。あれ?デミウルゴス様、ナザリックの厨房は使わないのですか?」

「栄えあるナザリックの調理場に外部の者を入れるなどという愚考は……おっと、今は一人入れているのでしたね」

デミウルゴスは額を押さえる。

まったくセバスのせいで、と彼には珍しい愚痴がかすかに洩れた。

「実験ならここで十分です。では、次の料理に移りましょう」

デミウルゴスが指示を出すと調理係は皿を持って下がる。しかし、その歩きは遅く、その途中でよろけて床にひざをついた。

「おや、どうかしましたか?」

デミウルゴスは調理係に楽しそうに尋ねた。

「貧血でしょうかね。君たち、運んであげなさい」

部屋の隅に控えていたモンスター達が調理係を左右から抱え、退場させる。


次の調理係が出した皿は2つ。どちらにもレアに焼かれた大きな肉、そこにホワイトソースがかかっている。

「もも肉のローストです」

「これも美味しそうですね~。どちらも食べていいんですか?」

「まずは左側から食べてもらえますか」

エントマはナイフを使わず大きな肉にフォークで突き刺すと一口で食べてしまった。

「どうですか?」

デミウルゴスはもにゅもにゅと下顎を動かすエントマの反応を見る。

「これも美味しいです~」

「それは良かった。こちらは魅了で操作して作らせました。それでも料理は成功のようですね。右側の料理も食べてもらえますか?」

エントマは言われたほうの肉も食べる。

「どうです?味に違いはありますか?」

「うーん、同じ美味しさだと思います」

「そうですか。そちらは支配で操作して作らせたものです。本人の意思に反して強制的に作らせれば失敗するか、あるいは何か変化が起きるかもと考えたのですが、問題ないようですね……。興味深いです。次の料理を」

調理係は皿を持って退室する。片足を引きずって。


次の調理係は男女の二人組だった。

「シチューですね。いい匂いです~」

エントマの言うとおり、茶色のシチューからは肉とスパイスの香りがしている。

「子羊を7時間煮込みました」

デミウルゴスはにやりとする。

「わあ、嬉しいです!あれってすごく柔らかいんですよ!」

滅多に食べられない食材にエントマは喜び、じゅるりと口から音を立てた。

「結果は想像がついていますが、確認してもらえますか」

エントマは肉の塊をプスリとフォークで刺し、食べる。

「ほああ、口の中でお肉が溶けます~~!」

歓喜の声。

うう、と嗚咽がどこからか聞こえた。

「これも成功ですね。これは煮込んでいる最中に私が鍋に触れてみたのですが、触れるだけでは料理したとみなされないのでしょう。これは装備できない武器を手で拾うことは可能であるのと同様かもしれません」

デミウルゴスは調理係を見る。

「これとは別に煮込んでいる鍋を私が一度だけかき混ぜる実験もしたのですが、その料理は見た目でわかるほど明らかな失敗でした。調理工程に一度でも参加すれば料理したとみなされる、ということでしょう。今回は食材が無駄にならなくて本当に良かった。ねえ?」

デミウルゴスの問いかけに対して男女二人は体を小刻みに震わせている。先ほどから聞こえる嗚咽は彼らのものだった。

「あなたの称賛に二人とも感激しているようですよ、エントマ」

デミウルゴスは満足そうに言った。

「はああああ、美味しかったです。あの~、この料理のお代わりってできます?」

エントマは上目遣いで聞いた。

「お代わりですか……。彼らにも食事として使ったのであまり量がないのですが、もう一匹子羊がいましたね」

デミウルゴスの言葉に男女は目を限界まで見開いた。

「8時間ほど待ってもらえれば作れますが、どうします?」

「ぜひお願いします!」

エントマは迷わずオーダーした。

「わかりました。実験にはなりませんが、また作ってもらいましょう」

デミウルゴスが楽しそうにそう言った時、男女が大きな声を上げ始め、隅にいたモンスター達が二人を取り押さえた。

「さっそく調理に取り掛かってください」

デミウルゴスは配下達に指示を出し、二人を退室させる。

「あの、デミウルゴス様」

「何ですか、エントマ?」

「デミウルゴス様の”支配の呪言”で静かにしろと命令すればよいのでは?というより、支配で料理させても問題なしとわかったのですから、料理自体もあれでやらせればいいのでは?」

この問いにデミウルゴスは不思議そうな顔をした。

「それでは彼らが静かに淡々と料理してしまうではないですか。今回は実験でしたが、支配はなるべく使いたくありませんね。この本にも書いてありましたが、料理とは”想い”をこめてこそ美味しくなるのですよ。静かな調理場などつまらないと思いません?」

デミウルゴスは連れて行かれる二人の声に耳を澄ます。それは音楽隊の演奏に聞き惚れる聴衆のようだった。

「う~ん、よくわかりません」

エントマの言葉にデミウルゴスは少し残念そうな顔をした。

「そうですか……。さて、次の料理に移りますが、まだまだ食べられますよね?」

「はい!何人でもいけますよ!」

エントマは次の料理にワクワクしているようだ。

「頼もしいです。私も作らせた甲斐がありますよ。次は羊の活き造りです」

デミウルゴスは指を鳴らした。

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