たより(二)

 緑茂る谷に、ぽつぽつと白壁に焦げ茶の平屋根を持つ民家が建っている。滞在している村長の家は峠ちかくにあり、乳の色の雲が下界に流れ込むのが見えた。

 木でできた二階の露台で、日の光という光源に手元を照らされながら、藤世は三角機で細い帯を織っていた。腰当ての両端を、からだの前の布巻き棒にくくりつけ、機の根元に張った足で経糸の力加減を調整し、全身を使って織る。杼は長くおおきく重い。細かな紋様は、串を使って織り込む。

 風はつめたいが、背中はあたたかい。そこで四詩がまどろんでいるからだ。彼女の耳には、あたりに咲く青い罌粟でつくった花輪がかけられていた。村の子どもたちが雪獅子にと贈ったものだ。

 むくむくとした毛並みの四詩は、衣服を必要としなくなったが、藤世は花輪を見て彼女を飾る帯を思いついた。村人は、たいせつにしている馬やヤクに対して、額飾りや胸懸むながいを付けているが、そのまま雪獅子に同じことをするのは気が引ける。宝石や房飾りではなく、帯を付けるのはどうだろう。

 幅の狭い帯は、二日で織り上がった。

「四詩……? 気に入らなかったら、わたしの帯にするわ……」

 そう言いながら、藤世はそっと帯を四詩の首にかけた。白銀の毛並みに映えるように、鮮やかな赤の地に、深緑や青、金の紋様を織り込んだ帯だ。

 ふわ、と四詩の尾が持ち上がると、ぴんと上に伸びた。それから、ゆっくりと左右に揺れる。目を閉じ、ごろごろと喉を鳴らす。

 半年ちかくのあいだに、藤世はそれが四詩の嬉しいときのしぐさなのだと理解するようになっていた。

 ほっとして、四詩の首に抱きつく。

 こちらのことばは聴き取ってもらえる。それに、彼女が応える行動も、おおざっぱではあるが理解できる。藤世はそのことに縋って暮らすことにしていた。

 ちいさくて華奢な少女に触れることは叶わないが、彼女が選んだ化身にいだかれて眠ることはできる。

 藤世は四詩の口元に唇で触れる。

 不意に、自分の腕のなかで震えていた四詩を思い出す。彼女のざらざらした手の甲の感触、服の下の、なめらかな腹、湿った太腿――……

 額を四詩の毛並みに押し当て、藤世は目を閉じる。

 自分の欲望がいとわしい。朧と清が叶えられなかった道に、自分は立っているはずなのに、それだけでは満足できない。

 さみしくてたまらなかった。

 出で湯のそばの家で手に入れた彼女の感触を、もういちど味わいたくてたまらない。甘い睦言をくり返す、彼女の声を、もういちど聴きたい。

「雪獅子を家畜扱いするな!!」

 突然上がった怒声に、藤世は震えた。

 目を開けて露台に出る扉のほうを見やると、扉は開け放たれて、その前に短髪の少女が立っている。

 四詩が雪獅子となったとき、先代の意向を尋ねた一の巫祝――一矢だ。藤世はそのいちど切りしか、彼女を目にしたことはない。

 一矢は藤世と四詩のもとに駆け付けると、藤世が四詩にかけた帯を剥ぎ取り、露台から放り捨てた。

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