第48話 小さいオデさん成長日記 その2

 3月23日の夕方頃


 俺とテオフーラと小さいオデさんは西バラート商会へと続く道の途中で長い馬車の列の中に居た。


 「この馬車の列は何でしょうか?」


 西バラート商会へと向かう馬車だけが延々と繋がっている。


 「そんなものアルゴナイトが欲しいからに決まっているだろう」


 「え? アルゴナイトって並んで買う物なのですか?」


 「そんなわけないだろう?」


 「では、どうして並んでいるのですか?」


 「商会の連中、つまり石工の長老たちと交渉する為の行列だ」


 買うのではなく交渉する為の行列? いまいち意味が分からなくて俺は首を傾げた。その俺の動きに合わせて頭の上のオデさんが位置を移動する。


 「アルゴナイトを少しでも多く配分してもらえるように、大陸全土から使者が集まっているんだ」


 大陸全土から? 今日がたまたまその交渉が行われる日だったのだろうか? もし、そうでないとしたら、毎日毎日、こんな渋滞ができているのか? そう思って並んでいる馬車を良く見てみると、俺達の馬車の前後には形や色は異なるが、どう見ても軍用という様な頑丈そうな馬車があった。


 「何日も待たされる事を想定して、使者は何台も荷運び用の馬車を連れている。その中には商会への貢ぎ物にもなる高価な物もあるだろう。それらを護るための兵士達が乗っている馬車なのだろう」


 前後の馬車が大きすぎてその前も後ろも見えないが、おそらくテオフーラの言う通りなのだろう。


 「今日中に着くでしょうか?」


 「無理だろうな。日が落ちたら歩くぞ」


 「え? 今じゃ無くてですか?」


 「日が暗くなってからの方が都合が良い」


 夜だと兵士たちの警備も厳重になっていそうだし、盗賊なんかと間違われたりしないのだろうか?


 「盗賊と間違われたりしませんか?」


 「間違われるだろうな。だが、だからこそ動きやすいのだ」


 動きやすい?


 「これだけの馬車の列だ、盗賊なんぞ毎晩やって来ている。そう言う事だ」


 毎晩!?


 「私達は兵士が盗賊たちを撃退している間に、あの川沿いを進むんだ」


 商会へと続く道に沿って流れている川。掘った土を洗い流している為か、その水は茶色く流れは荒々しかった。


 「わかりました」


 残っていたチーズを食べながら、俺達は辺りが暗くなって盗賊たちが現れるのを待っていた。特にする事もなかったので、俺はこれから先の予定をテオフーラに尋ねてみた。どうやって商会の者達から情報を聞き出すのか、その方法は謎のままだが、ミシェルさんとミシェルさん達が知っている魔術の情報について聞き出すことが目的で、それがうまく行ってもうまく行かなくてもロマの魔法局に帰るつもりらしい。アルゴナイトから輝くトラペジウムができて、そこからさらにオデさんが生まれるという件を確かめると言っていたが、成功したらオデさんが2匹になってしまうが大丈夫なのだろうか?


 俺はアルゴナイトが入った袋を眺めながら、これ、ここに捨てて行った方が良いかな? などと考えていた。


 「そろそろだな」


 テオフーラがそう言う前に俺にもそろそろなんじゃないかという事は分かっていた。何故なら俺達の馬車の周りだけでなく、かなり離れた場所からも声や金属がぶつかり合うような音が聞こえてきたからだ。


 「はい」


 テオフーラが言うには、ある程度馬車から離れてさえいればわざわざ兵士達は追って来ることは無いらしい。本当かな? と思ったが、兵士達の目的は馬車を護る事で盗賊を退治する事ではないから大丈夫らしい。つまり自分達の馬車を襲ってこない限りは何もして来ないし、馬車から離れる訳にもいかないので追いかけても来ないというのだ。確かに言われてみればそんな気がして来た。


 俺とテオフーラは馬車から出て、出来るだけ道から離れた川沿いに向かった。だがここで予想外というか、予想通りというか、オデさんが俺の頭の上で暴れだした。


 「痛たたたた!!」


 「おい、大きな声を出すな」


 「は、はいいぃぃたたたたたた!!」


 「キュギィィィィキュッキュッキュッキュギィィィィィ!!」


 川に気づいたオデさんが俺の髪の毛を激しく引っ張りながら頭の上で悶えている。直接水がかかったわけでは無いがその気配だけで暴れ回っているようだ。


 「その化け物にも声を出させるな!!」


 俺もオデさんもテオフーラも大声で叫んでいる。


 「川に近づくのは無理です! 道に戻りますよ!!」


 「待て! 馬車に近づくな!」


 少しでもオデさんが落ち着くようにと俺は川から離れた。頭の上で暴れるオデさん、俺の右脇で暴れるテオフーラ、そんな妨害を受けながらも俺はできるだけ身を屈めて馬車のそばを進む。


 「なんだお前は?」


 道の横の茂みに沿って進んでいくと目の前に誰かが立っていた。そして、俺の目の前に手に持つ剣を突き出してくる。


 「あ、いえ、怪しい物ではありません」


 馬車を護る兵に見つかった。そう思って返事をする。


 「馬鹿だな。そいつはどう見ても盗賊だろう」


 俺に抱えられているテオフーラがそう指摘する。盗賊? そう言われて剣の奥にある顔を見ると黒い覆面を着けていた。確かに盗賊っぽい。


 「あの、盗賊の方ですか? 僕たちは先に進みたいだけですので通していただきたいのですか?」


 「小僧、舐めているのか?」


 「いえ、決してそのような事は」


 「なら、運が悪かったな、ここがお前の人生の終わりだ」


 そう言って目の前の男が剣を高々と振りかぶった時、並んでいる馬車の方から何かが飛んで来て目の前の盗賊の体にぶち当たる。


 ドガッ


 なんだ!?


 「チッ! 魔法使いがいやがったか!」


 暗がりではっきり見えないが馬車の周りにいる兵士達の灯りで飛んできたものが盗賊たちの体の一部である事がわかった。仲間の体の一部から出ている血がベットリと着いた盗賊は怒りの表情を灯りに浮かべて馬車へと突進していった。


 「ウィンドエッジ」


 誰かが魔法を唱えた様な声が聞こえた。


 「伏せろ!」


 ズバッ!!


 突進していった盗賊の体が一撃で10個以上に分断される。その斬撃がこちらにも飛んできたので俺はテオフーラとオデさんを護って斬撃に向かって背を向けた。


 バババババッ


 背中、お尻、足に衝撃があったが、どこも切れてはいないようだ。


 助かった。


 「さすがは破壊神。そんじょそこらの魔法ではビクともせんな」


 テオフーラは本心なのか皮肉なのか、俺の体、つまりは筋肉を褒めてくれた。


 「魔法使いも護衛をしているのですね」


 「その様だな。誰か大物でも来ているのだろう。魔法使いがわざわざ護衛をするのは珍しいからな」


 「そうなんですね」


 「魔法使いは国防の要だぞ? そう易々と連れ回せるというものではない」


 確かにそうかも知れないが、自由気ままに寄り道をしている元十賢者のテオフーラが言ってもいまいち真実味が無かった。


 「このまま行けば魔法使いであっても追って来ることはない」


 テオフーラの言葉通り、茂みに隠れたまま通り過ぎる事ができた。川から離れた事が分かったのかオデさんも大人しくモキュモキュしている。


 ん? モキュモキュ? 何故、モキュモキュしているんだ?


 俺は左手で頭の上のオデさんをまさぐった。


 ヌル


 何だ? 暗くて良く見えないが何か液体が指先に触れた。指先を擦り合わせながら何とか確認しようと顔の前に持ってくる。感触から水ではない事は確かだが、オデさんのヨダレなのだろうか? その間もずっとオデさんは頭の上でモキュモキュしていた。


 何か食べているのか?


 夕方にチーズっぽい物を全て食べたので俺達は何も食べ物を持っていない。という事は何かを捕まえて食べているという事だ。川に近い茂みなので虫や小さな動物もいるだろう。そう思ってヌメッとした手をローブで拭って先を急いだ。


 モキュモキュキュキュモキュモキュモキュ


 「おい」


 「はい」


 「何だ?」


 「何がですか?」


 「このモキュモキュいっているのは何だと聞いているんだ」


 「分かりません。何かを食べている様ですが」


 「そうか。じゃあ、後ろに引きずっているのもは何だ?」


 え? 引きずっている?


 右脇に抱えているテオフーラに指摘されるまで気が付いていなかったが、確かに俺が歩く度に何かが引きずられるような音がしている。


 「ほ、本当ですね? 一体何でしょうか? 真っ暗で見えません」


 「あそこを見ろ。馬車が盗賊に襲われている様だ。そのおかげで灯りがともっている。いや、あれは馬車が燃えているな」


 確かに道の先で炎が上がっている。道を照らす灯りの様だが、その炎の大きさは完全に火事のそれだった。


 「た、大変だ!」


 「助けないで良いぞ」


 「え、でも……」


 「関係ない事に首を突っ込むな」


 「しかし……」


 「あれだけ燃えているんだ。もう無理だ」


 確かにあれだけ燃えているという事はどうしようも無いのかも知れないが、馬車に乗っていた人々を救う事は出来るかも知れない。少しでも何かできるかも? そう思って俺は炎に向かって急いだ。


 ザザザザザザッ


 歩調を速めて初めて俺の足音以外の音が俺の背後から出ている事に気づく。


 「ひぃっ!」

 「な、何だ!?」


 俺が進む音に気付いた馬車を護る兵士達の悲鳴の様な声が聞こえる。まあ馬車が燃えているのだ、悲鳴があがる事もあるだろう。良くも悪くも勢いよく燃えている馬車のおかげで周りの様子が良く見えた。つまりそれは俺達の姿も周りから見えているという事なのだが。


 「おい、お前、血だらけだぞ。まさか、怪我でもしたのか?」


 半分笑っているかのようなテオフーラの言葉で自分のローブが炎の色ではなく赤く染まっている事に気づいた。


 え? 血?


 「いや、怪我などする訳がないな。という事はこれは一体何の血だ?」


 テオフーラが俺の腕から地面に降りる。


 「なるほどな。これは面白い」


 炎に揺れるテオフーラの顔は本当に嬉しそうに笑っている。


 「後ろに引きずっているものが何か、引っ張って見ろ」


 血にまみれている俺は後ろを振り返った。そこには数十本の細いオデさんの触手が伸びている。そしてその先には腕や足、頭など人の体の一部をしっかりとつかんでいた。


 さっきの盗賊の体か?


 ゲブゥゥ


 人のバラバラになった死体を引きずっていた事に気づいた俺の頭の上でオデさんの満足そうなゲップが鳴り響いた。

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