第47話 小さいオデさん成長日記 その1

 3月21日


 俺とテオフーラは牢獄を抜け出し町に出てその被害を確認する。第三の目から出ていた光によって破壊された町の被害は予想以上に大きく、晴れ渡っていたと思っていた空の半分を燃え上がる煙が覆い隠していた。人々は避難しながらも必死に消化活動をしていて、それを見捨てておけなかった俺はテオフーラを放ったまま小一時間消化の手伝いをする。その際に知り合った町の人々から今日の日付やこの町の情報を得た。その情報の中にこの騒動の被害者に向けて水と食料が配られているという物があったので、テオフーラの指示で2日分程の食糧を確保する事ができた。


 その後、あまり大きな声では言えないが、テオフーラの魔法によって操られた御者の馬車に乗って俺達はこの町を出た。


 「これは本当に戦になるな」


 テオフーラが町の被害を見て言った一言が気になる。馬車に乗って向かい合って座っている俺は俺の頭の上を見つめているテオフーラに話しかけた。


 「あの、オデさんが気になりますか?」


 「オデさん? それは魔神の幼体なのだろう? それが輝くトラペジウムから生まれたと言うのだけはいまいち納得が行かないが……おまえ、今日からそいつの成長記録を付けろ」


 「成長記録ですか? あの、ですが、オデさんは頭の上から降りてこないので僕には見えないのですが」


 「なるほど、ではこれを貸してやる」


 テオフーラは俺に薄く丸い板を差し出した。受け取るとそれは手鏡だった。


 「それで見る事が出来るだろう。餌は適当に与えれば良い。私はあまりそれを見ていたくないから外に出ている」


 テオフーラはそう言って走る馬車の上で立ち上がり、座席から身を乗り出して御者の横に腰かけた。テオフーラに操られている御者は特に気にもしていないようで、そのまま馬車を走らせ続けた。


 「オデさんの成長記録か……って書くものも何も無いんだった」


 ちゃんと記録は残せないが一応見ておくか。手鏡を頭の上に掲げてオデさんを眺める。


 「モキュキュ」


 薄茶色のぼさぼさの俺の髪の毛の上は円錐形の黒い塊がある。黒い塊には3つの赤く燃える様な目があり、その下に横一文字に避けたような口が見える。モキュモキュというその声はその口が開いたり閉じたりする時に鳴っているようだ。円錐形の頭部の下には生々しい肉っぽいピンク色の触手が伸びている。その触手を俺の髪の毛に絡ませて落ちないようにしている姿はやはりどことなく可愛げがあった。


 「これ食べるかな?」


 俺は町で貰った食料を取り出す。入っていたのはそのままでは食べれそうに無い程硬いパンの様な物6本と、日持ちのするチーズの様な物6個が入っていた。俺はその硬いパンを1本、鞄の中から取り出す。長さは50cmぐらい、太さは10cmぐらいだ。とりあえず真ん中で折って見て中が柔らかければ、その部分を千切って与えてみるか。そう思って手鏡を置いて両手でパンを掴んだ瞬間、そのパンにピンクの何かが巻き付いた。


 ん? なんだ?


 そして俺の手からパンを奪い取る。


 シュバッ!


 「モキュモキュモキュモキュ」


 パラパラパラ


 俺の頭の上で激しくなるモキュモキュという咀嚼音。そしてその音に合わせてパラパラと降り注ぐ砕けたパンの粉。俺は慌てて手鏡で頭の上を確認する。するとそこには長い触手を器用に使ってパンを1本端から順にかじっているオデさんの姿があった。


 その触手はそんなに伸びるのか。


 パンを丸々飲み込む様に食べる事よりも、俺の髪の毛に絡みつくぐらいしかできないと思っていた触手が俺の手元にある物を奪い取れるほど長く伸び、素早く動く事に驚いた。結局その日、1日でオデさんは6本のパンを全て食べきってしまった。



 3月22日


 操られた御者によって夜通し走り続けた馬車は、テオフーラの目的地に到着した様だ。辿り着いた場所はバラートという場所らしい。国としてはディカーン皇国の一部らしいが、その国土のほぼすべてがアルゴナイト鉱山だという。その言葉通り、見渡す限り大地に巨大な穴が空いていた。


 「元々はトナンと同じ独立した国だったが、ディカーン皇国に喧嘩を売って返り討ちにあった馬鹿な国の成れの果てだ」


 この大陸で初めてアルゴナイトが発掘された場所らしいが、採掘量は年々下がってきているという。


 「ここでアルゴナイトが手に入るのですか?」


 「ああ」


 「どうやって手に入れるのですか?」


 「ああ」


 「僕たちお金持っていないのですが」


 「ああ」


 馬車から降りて目の前にある鉱山へと歩き出したテオフーラは俺の質問に全て生返事してくる。どうやら発掘されたアルゴナイトを盗む気の様だ。


 国が管理する鉱山にそんなに簡単に出入りできるのか?


 と思っていた俺の心配は杞憂に終わる。


 良く分からないがテオフーラが鉱山の入口で門番に話しかけ、しばらくすると中から馬車がやって来て鉱山の応接室の様な場所に案内され、そこで所長だと言う者が自ら一抱えもある様な量のアルゴナイトを持って来た。


 「元十賢者であられるホエンハイム様のご命令とあれば……」


 「うむ」


 そんなやり取りを俺はポカンと見つめていた。


 「この国では十賢者という肩書は、下々の者にとっては皇帝に匹敵するのだ。愚かな事だがな」


 そう言って重そうに持ち上げたアルゴナイトが入った袋を俺に手渡した。それなら何故捕らえられたのか? と聞いてみると、できるだけ身元がバレる様な事はしたくないのだという。情報を出し入れするタイミングが間違っている様な気がしたが、そこには触れ無い事にした。


 「今日はここに泊まる。石工の長老についても情報を探って来る。お前は邪魔だから部屋に居ろ」


 そう言ってテオフーラはどこかに行ってしまった。


 「お供の方、お食事が出来ています」


 部屋から出すなというのは鉱山の者達にも伝わっている様で食事は直接部屋に届けられた。大きなジャガイモと人参が入ったスープ。それが大きなお椀いっぱいに入っている。汁物か……これを頭の上のオデさんに食べられるとポタポタとこぼれて来て大変そうだな。


 ポタポタポタ


 ん?


 ポタポタポタ


 熱い!


 俺の目の前のお椀の中からジャガイモや人参が次々に消えていきその都度、俺の頭に何かがポタポタと落ちて来る感触があり、それが額や耳の辺りに垂れて来ていた。


 「オデさん! 垂れてます! 垂れてますよ!!」


 「モキュキュモキュモキュ」


 「モキュモキュ言ってる場合じゃなくて! うわわわ!!」


 結局、具が全部なくなるまでその惨劇は続き俺の頭はスープの汁でべとべとになった。具の無くなった汁だけのスープを残して俺は部屋の洗面所に行き、ずっと流れ続けている水を両手に汲み取り顔を洗った。そしてそのまま頭も洗おうとした時、オデさんから悲鳴の様な声が鳴り響く。


 「キュギィィィィキュッキュギィィィ!!」


 あ、そういえば、オデさんは水が苦手だった。泳げないから嫌いなのだと思っていたが、濡れるだけも否やのか。という事は俺の頭上でジャガイモや人参の汁をはらってから食べていたのかも知れないな。そうだとして、その汁に触手を突っ込むのは良いのか? 触手は使い捨てみたいなところもあるから別に濡れても良いという事なのだろうか? 良く分からない事は多いな。


 結局俺が頭を洗い、髪の毛が渇くまでの間、オデさんは頭の上から俺の背中に避難していた。背中や脇の下、横っ腹をオデさんの触手が這いまわるたびに俺は体をよじって奇声を発していた様で、数時間後に戻って来たテオフーラから気味悪がられていた。



 3月23日


 鉱山を旅立った俺達は乗って来た馬車に再び乗り込み何処かに向かって走り出した。


 「何処に行くのですか?」


 「石工の長老達が集まる場所だ」


 「え? それは何処ですか?」


 「西バラート商会だ」


 「西バラート商会?」


 「この辺りのアルゴナイトを鑑定し各地への配分を調整する場所だ。正式名称は異なるが、バラートの西側にあるから通称としてそう呼ばれている」


 「そこにミシェルさんの仲間が居るのですか?」


 「居るだろうな」


 「見つけてどうするのですか?」


 「情報をいただく」


 「なるほど」


 何処までも続く鉱山を横目に馬車は西に向かって走って行く。来た時よりも馬車が結構揺れた為、テオフーラは馬車の座席に座っていた。そして、俺の頭の上のオデさんを眺める。


 「その魔神は何を食うんだ?」


 「パンやスープを食べました」


 「ほう。スープの具はなんだったかな」


 「ジャガイモと人参でした」


 「肉は食わないのか?」


 「どうでしょう。僕が最初に出会ったオデさんは主に肉を食べていましたが」


 「なるほど。肉でも野菜でも穀物でも何でも食べるのだな」


 「はい、そうだと思います」


 「つまり、人も食うと」


 「人!? ですか!?」


 確かにオデさんは最後に俺を食おうとしていた。だがそれは俺が強くなったからだ。だが、そう考えるとこの小さいオデさんは自分より強い者を食べようとする可能性もある。この場で言うなら俺やテオフーラだ。


 「否定をしないという事はその可能性をお前も感じているという事だな」


 「は、はい」


 「そうか……もし、身の危険を感じたら即座に始末するからな」


 「わかりました」


 俺の頭の上で何をしているのか分からない小さいオデさんだが、今のところは汁物のご飯を与えなければ害のない可愛い存在だ。水が怖いという事は雨が降ったらどうしようかな、などと考えながら俺は馬車に揺られながら西バラート商会へと続く道からの景色を眺めた。

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