第28話 歳の事は言うな

 「もう手をどけても良いぞ」


 魔感紙を持っていたテオフーラが駆け寄って来た2人の言葉を無視して俺にそう言った。


 「は、はい」


 俺はテオフーラの指示通りに魔感紙から手をどける。眩しかった光が消え、俺の前には嬉しそうなアイーラ局長と、アレッサンドロさんを抱いて眩しそうな目のままでこちらを見ているラウラと、そのラウラの手で目を覆われ眩しさから目を護れた代わりに何が起こったのか理解できていないという顔のアレッサンドロさん。そして、駆け寄って来た2人の同じ顔の女性が立っていた。2人の女性は明らかに同じ顔をしていた。この2人が一卵性の双子でないなら分身の術以外ありえないだろう。


 ん? ラウラと同じ顔?


 その2人の顔が2人の少し後ろにいるラウラの顔と同じだった。


 3つ子? 一卵性の?


 だが良く見るとラウラとだけ顔が異なる。それは似ている似ていないと言うよりは年齢的な違いに見えた。ラウラの姉か親戚、そう考えるのが一番しっくりくる。


 「で、なんだ?」


 テオフーラが新たに現れた2人に話しかけた。


 「いや、だから今の魔感紙だよね? それ、私達が使った時から新しくなったの?」

 「今、ものすごく光ってたんだけど? どういう事? 私達の時よりも光ってなかった?」


 ラウラにそっくりな2人がテオフーラに質問する。だがテオフーラはその質問に返答する気は全くないとでも言うかのようにため息をつく。それを傍らで見ていたアイーラ局長が両者の間に歩み出でテオフーラに話しかける。先程までずっと笑顔で見つめられて少なからずドキドキしていた俺だが、アイーラ局長の視線がテオフーラに向いたおかげでそのドキドキから解放されて内心ほっとした。


 この黒髪の女性、アイーラ局長は決して美人というわけでは無いが、切れ長の瞳と真っすぐに通った鼻筋と薄い唇、そして細い顎筋と血管が浮くほどの白い肌がなんとも妖艶だ。地下で初めて会った時にはその事には気づかなかったが、今、太陽の下で見るその姿は大人の女を感じさせる何かがあった。


 「ホ……いやテオフーラ。お前の中では今さらな質問なのだろうが、この2人も一応、この魔法局の局長なのだ。先ほど私が知った事と同じ事を説明してやってくれないか?」


 え? この2人も局長? 局長が3人もいるの?


 という顔をしている俺に気づいたアイーラ局長は、再び俺に微笑みながら話を続ける。その顔で俺を見つめるのはやめて欲しい。


 「で、エルメラ、カルロタ。局長であるお前達2人は何故、このピエトロ・アノバの処刑に遅れてきたのだ?」


 2人を振り返ることなく俺を見つめ微笑み続けるアイーラ局長のすぐ横で、少し焦りを見せる2人の赤毛、いや局長はそれぞれに言い訳をする。


 「なんでかな?」

 「さぁ? 最初からいたんじゃない?」

 「だよね? ただ、ちょっと後ろの方にいただけだよね?」

 「うん、私もそう思う」


 「まあ良い。お前たちが遅れたおかげで、ラウラが連れてきたアレッサンドロの力を見る事ができ、エルコテ魔法学園へのつまらない疑いも晴れた」


 「ん? ラウラが連れて来たって」

 「あれ? そう言えばラウラいつ帰って来たの? 早くない?」


 「昨日だよ。ま、いろいろあって。で、この子が私のアレッサンドロ」


 3人の局長の会話に平気で、タメ口で、割り込むラウラの空気の読めなさ加減に衝撃を受けた俺は、ラウラの放った私のアレッサンドロという台詞を完全にスルーしてしまう。


 「あら、可愛い。その子なら私の息子になってもいいかな」

 「そうね。甥っ子ちゃん、よろしくね」


 2人はラウラの前に行き、アレッサンドロさんの頭を撫でたり、頬っぺたを手でスリスリしだした。


 「ちょっとやめてよ。ママに叔母さん、アレッサンドロに気安く触らないで」


 2人の局長にいじられても、相変わらず自然体のアレッサンドロさんに最早、俺は何も驚きはしないのだが、2人のどちらかがラウラの母親であるという事に驚いた。


 親にしては若すぎないか?


 「ピエトロ・アノバ。一応、説明しておくと、この双子の姉妹、姉のエルメラ・ダララと妹のカルロタ・ダララはこの魔法局の局長であり、そしてそこに居るラウラ・ダララの叔母と母親だ。ラウラ・ダララの不遜な態度や言動、そして強力な魔法は全てこの2人の血筋を受け継いでいる」


 嬉しそうにアイーラ局長が俺に説明してくれる。


 「そ、そうですか」


 急にそんな説明をされてもと思ったが、一応、納得したという返事をしておく。謎は多いがラウラと双子の局長の関係だけははっきりした。双子の女性がやたらと若く見える事などはプライバシーの問題なのでそっとしておくことにしよう。それにしてもアイーラ局長は何故俺を見て嬉しそうに微笑むのだろう。


 意味の分からない笑顔ほど不気味なものはない。先ほども感じたこのドキドキは、照れではなく恐怖なのかもしれない……。


 「話が逸れたな。テオフーラ、ここに魔感紙を出してやってくれ。それからエヴァンジェリスタ、ブレーズ、ダニエルこちらに来なさい」


 アイーラ局長が足元に手をかざすと地面から白い柱が生える。


 氷? にしては冷気を感じないが? 水晶の様な物なのかもしれないが、こんな物をいきなり生み出せるなんて魔法がすごいのか、このアイーラ局長がすごいのか……まあ、どっちもすごいのだろう。その柱の上にテオフーラが魔感紙を乗せる。紙を乗せても水分による染みなどが何もつかない事から氷などではないようだ。


 「これは魔感紙といって、この上に手を置いた者の魔力の性質を知る事ができるものだ」


 アイーラ局長のその言葉に呼び寄せられた3人の局員が口々に質問する。


 「え? あの、局長それって失われた秘術なのでは?」


 金髪で爽やかそうな少女の顔が驚きで歪む。


 「確かに……魔法が生まれる前、まだ魔術だった頃の技だ……」


 褐色の肌に黒髪の少女が険しい顔をして押し黙る。


 「さすがアイーラ様。この様なものをお持ちとは」


 細身で色白の男性がアイーラ局長にお辞儀をする。


 「お前達、順に魔感紙の上に手を置いてみなさい」


 アイーラの指示で3人は順に片手を神の上に置いた。1人目の金髪の少女は薄い緑色の光、2人目の黒髪の少女は赤味がかったオレンジの光、最後の3人目の細身の男性は濃い黄色の光だ。3人の光は色は違えどその光の強さは大体同じぐらい、置いた手の周りを包み込む程度の光量だった。


 「あの、これは?」


 最後に紙の上に手を置いた細身の男性がアイーラ局長に質問する。


 「この光はお前たちの魔力の特性と強さを示すものだ。それが魔感紙というものだ」


 「すごい」

 「これが魔術というものか」

 「しかし……」


 3人が自分たちの手を見つめながら口々に言葉を漏らす。


 「どうした、ダニエル?」


 アイーラ局長が顔を顰めた細身の男性に語り掛けた。


 「はい。先程、その異端者が触れた時と、私が触れた時の光の輝きの違いが納得が行きません。私は魔法局局員として、自分の評価を決して低くは見ておりませんので」


 「フッ……」


 ダニエルと呼ばれた男性の言葉をテオフーラが鼻で笑う。それに気づいて不快感を表したのは、ダニエルだけでなく、同じくその場に呼ばれた2名の少女達だった。


 「まあまてお前達、では、エルメラとカルロタ、お前達も魔感紙の上に手を置くのだ」


 「よし! 前よりは強くなった事を教えてあげるわ!」

 「あなた達、目を瞑っておいた方が良いわよ。眩しすぎて目がつぶれないようにね!」


 アイーラ局長の指示に従い、双子の局長も順に手を置く。どっちがどっちか分からないが、最初の局長の光は燃える様に濃い赤で、次の局長の光は深緑と言える緑色だった。その光は先程の3人とは明らかに異なり、紙から溢れ出すほどの光量だった。


 「なんで!?」


 双子の局長の反応はどちらも同じだった。単純に光の量に対し不満がある様で、その後俺を睨み付けてきた。双子の局長のその態度に呼応するかの様に呼ばれた3人も俺を睨んでいる。


 「成長しているな」


 そんな空気を全く気にしないとでも言うかのようにテオフーラが双子の局長に話しかけた。


 「あれは何年前だったかな? あの時より確実に光の量も増え、色も濃くなっている」


 「ああ、そのようだな」


 アイーラ局長も頷きながらそれを認めた。


 「そう? でも、結局負けてるけどね」

 「うん、異端者に負けちゃぁね……」


 強くなったという評価に対しふてぶてしい態度を示すのは、複雑な心境の為なのだろう。


 「局長よりも強い光を放つなんて……」

 「失礼ながらアイーラ局長、その魔感紙は信ずるに値する物なのでしょうか?」

 「確かに……地下で何をしているのか分からないその者の言葉を鵜呑みする事はできかねます」


 不満を感じていた3人がアイーラ局長に異を唱え、そしてテオフーラを見下す様に見下ろした。


 「これだから何も知らん若造は……」


 テオフーラは3人の言葉を無視して柱の上の魔感紙を片付けようとする。


 「待って! 私もやりたい! あと、アレッサンドロも! ね?」


 「え? あ、はい。僕もやりたいです」


 テオフーラが片付けようとするの魔感紙の上にラウラが手を置いた。ラウラからは真っ赤な赤い光が放たれるその光は紙からはみ出すほどではないが、最初の3人よりは明らかに強い光だった。それを見てラウラは直ぐに3人に向き直り、にやりと笑った。


 このラウラという少女は本当に性格が悪い。天然なのだろうが、それがさらに周りを苛立たせるのかもしれない。ラウラに振り返られた3人は、俺を睨むよりももっと濃い怒りを込めてラウラを睨んでいる。


 次にアレッサンドロさんが紙に手を置いた。薄い黄緑がかった色の光が双子の局長に匹敵する程光っている。


 「ほう……お前、名は何と言う?」


 アイーラ局長以外の誰にも興味を示さなかったテオフーラがアレッサンドロさんの光を見て語り掛けた。


 「ぼ、僕はアレッサンドロ・ロンヴァルデニと申します」


 「ロンヴァルデニ? ……そうか」


 名前を聞いて一瞬だけ眉をひそめたテオフーラは魔感紙を懐にしまうと、すぐにでもこの場を離れようという勢いで歩き出したが、すぐにアイーラ局長に腕を掴まれ阻止された。


 「まだ話の途中だ。どこに行く?」


 「いや、急用を思い出したのでな」


 「だめだ、まだここにいろ。皆への説明が終わっていない」


 「後の事はアイーラ局長に任せた。私はもう戻る」


 「だめだ。ここには主だった局員がほぼ揃っている。今後の為にもお前の事は、今日、この場で皆に知ってもらうぞ」


 「……断る」


 「だめだ。この後の局の運営にお前は不可欠だ、地下に籠られても困るからな」


 「チッ……」


 テオフーラの舌打が処刑場に響く。2人の様子をただ黙って見守っていた者達からテオフーラに対する批判の言葉が口々に投げかけられ、観客席にいた局員達が一斉に詰め寄って来た。


 おお! 大乱闘でも始まるのか!?


 「そこまでだ! お前達!」


 アイーラ局長の良く通る声で局員達の動きが一瞬止まる。


 「ですがアイーラ局長! その者の局長に対する態度は常軌を逸しています!」

 「そうです! 一局員でありながら許しがたい!」

 「その赤毛の小娘よりも不遜な者がいるとは……我が魔法局の恥です!」


 何気にラウラも槍玉に挙げられている。


 「このテオフーラについては、私が長い間情報を公開せずにいたのだ。お前たちがそう考えるのも分かるが、まずはその情報を聞いてもらう。その場で整列せよ」


 「は、はい!」


 アイーラ局長の言葉を聞いた局員が静かに整列した。扇形のそれ程広くない処刑場にみっしりと局員が整列する。1列10名程の列が横に20程、縦に2列並ぶ。総勢400名は居る様だ。


 「では、先ほどの続きからだ。テオフーラ、この魔感紙の光の意味は何だ?」


 アイーラ局長は全員の前に立ち、テオフーラに質問する。整列した局員の前に立っているのはアイーラ局長、その隣にテオフーラ、その横に双子の局長だ。ラウラやアレッサンドロさんや3人の局員はどこかで並んでいる様だが人が密集しているので見つける事ができない。赤毛なので見つけやすそうに思うのだが、パッと見つける事はできなかった。


 「……」


 テオフーラはそっぽを向いてアイーラ局長の質問に答えない。


 「機嫌を直せテオフーラ」


 アイーラ局長はテオフーラの背中にそっと手を伸ばし、軽く背中をさすった。テオフーラはまんざらでもないという顔をしてその手の動きに身を任せ、しばらくして口を開いた。


 「……魔感紙とは、その者が持つ魔力、つまり生きる力の強さと特徴によって色と光量が変化する物だ」


 「つまり魔法を使用できるかどうかに関わらず、その者の単純な生命力と魔法を使う際の得意な属性を示すものという事だな?」


 「そうだ。まだ魔法が魔術であった頃、人々が自分の能力を知る為に開発された失われた秘術だ」


 「で、その魔感紙でこの者達の光はどういう評価だったのだ?」


 アイーラ局長がそう質問すると、その場にいた全員の視線がテオフーラに集まる。


 「そうだな。局員、局長ともに優秀であることは間違いないな」


 テオフーラの意外な評価に局員達がどよめく。


 「詳しく聞きたいのだが?」


 アイーラ局長がそう聞くと、どよめきはぴたりと止み、息を殺してテオフーラの返答を皆が待った。


 「常人が魔感紙に触れた場合、その光はこの図形を輝かせる程度だ。だが、最初の3人の局員は手を覆いつく程の輝きを見せた。そして局長達やあの子供はさらに強い光であった。正確な数値はここではわからんが、常人の強さを10とすると、3人の光の強さはその100倍、1000以上はある」


 「100倍!?」

 「俺たちがか?」

 「やはりな……」

 「私もかな?」

 「ああ、あいつらがそうなら、俺だって」


 整列している者達が100倍という言葉に反応して、その表情に薄っすらと笑みが浮かぶ。


 「そして、局長やあの子供はさらにその10倍はある。つまり10000以上だ」


 「10倍……」

 「まじか」

 「さすがだが、あの子供も同じとは……」

 「まあ、可愛いからありかな」

 「そうね。可愛いもんね」


 局員が1000で、局長が10000、この話は確か地下でも聞いたような気がする。


 「でだ、この異端者はその10000以上はあるだろう子供の魔法をまともに受けても怪我一つない。これがどういう意味かわかるな。それがあの光の強さだ」


 「数で言うとどれくらいなのだ?」


 アイーラ局長も聞いていたはずだが、俺と一緒で忘れたのだろうか?


 「……覚えているだろう? まあ良い。この男、ピエトロ・アノバの光はそうだな。その局長の10000倍、1億というところだな」


 「はあ!?」

 「い、1億!?」

 「そんな事ありえるわけ……」

 「でも、あの魔法を受けてピンピンしてるんだぞ?」

 「いやでも1億って、おかしくない?」


 ああ、そうだった。そう言えば、そんな数字だった。あまりにも大きな数字だったので聞き間違いだと思っていたんだった。


 「1億は言い過ぎよね?」

 「アイーラ、こいつ大丈夫? 地下に籠りすぎて変になってんじゃない?」


 双子の局長が小柄なテオフーラ越しにアイーラ局長に不満を漏らす。


 「まあ、そう言うだろうと思っていた。だがな、私はテオフーラの言葉を全面的に信頼している。何故ならこの者は元十賢者の1人だからだ」


 「十賢者様!?」 

 「え?」

 「嘘だ!」

 「十賢者様が何故ここのロマに?」


 「十賢者って、それほんと?」

 「フィロートじゃなくてロマに居るってどういう事?」


 局員だけでなく双子の局長も驚いている。


 「このテオフーラ、今はなんだったかな……そう、テオフーラ・ストスフォン・ホエンハイムと名乗っているが、元は違う名だった。その名はフェリプス・アウレオルス・テオフラストス・ボンバストス・フォン・ホエンハイムという」


 アイーラ局長がテオフーラの長い名前を言った直後、局員の列の奥で小さな声が上がる。


 「きゃ」

 「うわ」

 「なんだ?」


 何者かが前にやってこようと列を掻きわている様だ。


 「通してやれ」


 アイーラ局長の言葉に周りの局員が数歩横にずれ道を空けるとその奥から飛び出した者がいる。それはアレッサンドロさんだった。


 「我らが大いなる母、キッカ・ロッカ様の唯一の弟子であり、魔法学の第一人者であり、2代目の十賢者の1人であり、そして我らがチリャーシ八家の初代様である八聖の師であったお方ですね。まさか……まさか伝説の様なお方に直接お目通りが叶うとは……ロンヴァルデニの本家に連なる者として、これ以上の喜びはございません!」


 アレッサンドロさんがテオフーラの前に跪き、その足元にキスをするかのように頭を下げた。前に立つテオフーラの表情は分からないが、邪魔臭そうに頭をかいてアレッサンドロさんを見下ろしている。


 「……そ、そうか」


 テオフーラの声が軽く裏返っていた。どうやら照れくさいようだ。そのアレッサンドロさんの言葉を聞いて局員達も息を呑んだ。


 「2代目って、200年以上前よね?」

 「あ、ああ……そうだな」

 「っていうことは、あの人200歳?」

 「200歳って何? それ何?」


 局員がボソボソと話しているのを聞いて裏返ったままの声でテオフーラが叫ぶ。


 「歳の事は言うな!!」


 テオフーラは歳の事を言われるのが嫌らしい。

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