第27話 アレッサンドロさんのスーパーセル

 ディカーン歴504年3月4日

 フシュタン公国歴107年3月4日


 翌日の早朝、俺は処刑場に立っている。正確に言うなら、扇形の処刑場の扇の角の部分に立っている。左右には石を積み上げた壁があり、それが扇の2辺となって俺のいる場所から広がっていく。そしてその先に弧を描く観客席の様な段になった座席がたくさん並んでいて、そこに魔法局の局員らしい白いローブを着た者達が座っている。観客席までの距離は20m程なので彼らの顔もそれなりに確認できるし、声も良く聞こえた。


 「処刑って何年ぶりだ?」

 「俺、異端者なんて初めてたぞ?」

 「あ! あいつ、ラウラが連れてきた奴だぞ?」

 「ほ、ほんとだ! やっぱり異端者だったのか! あいつの腕の太さは異常だったからな……」

 「ああ、あれはやばかった……」


 左右の高い壁に反射するせいなのか、特に声は良く聞こえる。


 「これが、死に際の集中力かのかも知れないな……」


 絶対に逃げ出すなとだけ俺に命令した局長が、その観客席の前に立ってこちらを見ている。隣にはテオフーラの姿もある。


 「処刑だなんて……どうしてこんな事に」


 観客席のど真ん中に居るのはアレッサンドロさんと赤毛の少女、確かラウラだったかな? アレッサンドロさんの表情は分からないが、その声だけは聞き取ることができた。


 「静かに! 今から異端審問官……新しい名前はなんだった?」


 局長が隣に立つテオフーラに名前を確認する。


 「テオフーラだ」


 テオフーラは邪魔臭そうに答える。


 「異端審問官テオフーラ・ストスフォン・ホエンハイムにより、ピエトロ・アノバは異端者と判定された。よってここに処刑を行う」


 「おおお!!」


 局長の言葉に観客席がどよめく。その為に集められたという事が分かっていても、それでも局長の言葉となると重みが違う様だ。


 「異端者の処刑の方法は決まってはいない。どのような方法でも構わないわけだが、より確実な処刑方法をと考えた結果、私は魔法を用いる事にした。つまり、異端者ピエトロ・アノバは魔法殺とする」


 「うおおおおおおぉぉぉおおおぉおぉぉ!!」


 魔法殺? やたらと観客が盛り上がっているが魔法殺ってなんだ?


 「ホエンハイム、処刑人は誰が良い」


 「テオフーラだ。そうだな、誰でも良いができるだけ強い魔力を持つものが良い。アイーラ局長や他の局長でもいいぞ」


 観客が盛り上がる中、局長とテオフーラが何かを相談しているようだが、その内容を聞き取る事はできなかった。


 「皆、静粛に」


 局長がそう言うと、観客達は直ぐに静かになった。


 「役職にある者達以外で、最も魔力が強い者は誰だったかな?」


 局長がそう言うと、観客席の中央に居るラウラが無言で立ち上がった。


 「ラウラか……まあ、確かに……他に我こそはと思う者は居るか?」


 局長のその問いに、数名の観客が立ち上がる。


 「うん、なるほど。中々良い顔ぶれだ」


 立ち上がった者達を見て、局長は誰にするか決めあぐねている様だ。


 「何故だ? 何故、だたの局員にやらせる?」


 テオフーラの声が響く。


 「私は出来るだけ魔力が強い者と言ったんだぞ? こんな青二才どもにそれが務まるのか?」


 「おいおい、なんだよあいつ」

 「このメンバーの何が不満なんだ?」

 「それに、あの言葉使い……おかしいだろ?」


 テオフーラの言葉に観客席の者達が騒めきだした。


 「ホエンハイム、心配するな。今の魔法局の局員に弱い魔力の者達など居ない。誰もが将来有望な若者達だ」


 局長がそう言うと、観客席の騒めきが一瞬にして消えた。


 「テオフーラだ、忘れるな。人選は局長にまかせる」


 「わかった。では、そうだな……エヴァンジェリスタ、ブレーズ、ダニエル、最後にラウラ。4人は前に出ろ」


 「はい!」

 「はっ!」

 「御意」

 「はーい」


 4人の局員が観客席から前に出てきた。金髪の爽やかそうな少女。褐色の肌に黒髪の女性。細身で色白の男性。そして、アレッサンドロさんを抱っこしているラウラ。ってどうしてあの赤毛の少女はアレッサンドロさんを抱っこしたまま出てきたんだ?


 「ラウラ、何をしている?」


 局長が質問する。


 「この子、アレッサンドロが最初に魔法を放つのよ」


 「え?」


 え? アレッサンドロさんに俺を処刑させるというのか!? 鬼だ、あのラウラという赤毛の少女は鬼の様な奴だ!


 「あ、あの……僕はその……」


 アレッサンドロさんが戸惑っている。そりゃそうだろう、アレッサンドロさんと俺は筋トレ仲間だ。筋トレ仲間は家族と言っても過言ではない。つまり心の友だ。


 「あの……僕の魔力は、そんなに強くありません」


 そっち!? 俺との友情じゃなくて、そっちで戸惑ってたの? ちょっと! 頼むよアレッサンドロさん!!


 「ラウラ、すぐにその者を降ろして処刑位置に進め。1人ずつ順に魔法を放ってもらうのだからな」


 局長がラウラに命令する。


 「ラウラ、何をしているの? その小さな子が気に入ったのはわかったから早くこっちに来てよ」

 「つまらん真似をするな。我らを愚弄する気か?」

 「そうです。アイーラ様の命に従い、ここに並びなさい」


 ラウラ以外の者達も局長の命令に従うように促す。


 「いやいや、別に邪魔したいわけでも、馬鹿にしているわけでもないから。これ、本当だから。この子、マジで魔力やばいから。ね、アレッサンドロ!」


 ラウラはそう言って抱っこしているアレッサンドロさんの頬っぺたに自分の頬っぺたを擦りつける。それに対してアレッサンドロさんは、されるがままの様に見える。アレッサンドロさんは年上の女性に抱っこされ慣れているというか、その状況に特に違和感が無い様だ。恐らく、あの姉のせいなのだろう。


 「ラウラさん、でも僕の魔力は……」


 「大丈夫だから! さっきも言ったでしょ。新しい魔法も覚えたんだから思いっきりそれを試してみようよ! ね? 大丈夫だって、あの頑丈なあいつなら当たってもへっちゃらだって」


 「確かに、ピエトロさんはとても強い方です。僕如きの魔法でどうにかなる方ではありません。何せ、あのアダマンタイトを素手で破壊された方ですから」


 「そうだね。その話はちょっと眉唾だけど、アレッサンドロがそう言うんだからそれくらい強いんだよね」


 「本当です! 僕はこの目で見たんです!!」


 ラウラとアレッサンドロさん以外の3人がその話を聞いて馬鹿にした様に両手を広げ、首を横に振る。


 「その子の魔力が強いってだけなら、まだ可愛い嘘で済まされるけど、アダマンタイトを素手で砕くって……そんな事誰が信じるのよ」

 「つまらん事を言うな。我等を愚弄する気か?」

 「そうです。戯れ言はやめて、ここに並びなさい」


 しばらく黙ってそのやり取りを見ていた局長は、意外な事をラウラに命じた。


 「まあ、良いだろう。エルコテ魔法学園の生徒同士の処刑というのは、あまり趣味が良くないが、そうすることでエルコテ魔法学園が異端者をかくまっていたという疑いも晴れるであろう。この際、魔力の強さは置いておいて、まずはその少年に魔法を放ってもらおう。皆、すまないが、そういうことだ」


 局長がそう言うと、ラウラとアレッサンドロさんに対し怪訝な表情を見せていた3人は局長に向き直り、同じ動作をして頭を下げる。どうやらそれが局員の挨拶的なもののようだ。


 「じゃあ、アレッサンドロ。前に出てあの魔法を放つのよ」


 「は、はい……でも、僕にできるでしょうか?」


 「出来るって、ね!」


 何だか新しい魔法を使う様だ。どんな魔法何だろう。っていうか、俺に魔法を放つことはもう決定事項なのか? ま、まあ、局長のいう様に学園の無実の為なら仕方ないのかも知れないが……。


 「ピエトロさん。つたない僕の魔法で申し訳ございません。頑張りますので、全力で頑張りますので見守っていてください!!」


 アレッサンドロさんは自分が何を言っているのか分かっているのだろうか? 俺に当てる魔法を俺に見守れって……どういう事なのだろう。ま、まあ、これもアレッサンドロさんがとてもまじめで良い人なんだという事なのかな? 多分、そんなんだろう……そう思う事にしておこう。


 「大丈夫だって。うまく行くって」


 ラウラがアレッサンドロさんの頭を両手でこねくり回している。


 「は、はい」


 アレッサンドロさんはそう言って一歩前に出た。


 「では、まいります」


 アレッサンドロさんが俺にお辞儀をする。これから処刑をしようという者が、処刑されるものにお辞儀をするという状況に対し、観客席から軽く失笑に近い声が漏れるが、アレッサンドロさんには聞こえていない様だ。


 集中しているのか、それとも緊張しているのか、両手を顔の前で握り目を閉じている。


 「おいおい、早くしろよ」

 「ちょっと、可愛い男の子に意地悪言わない!」

 「そうよ。見守りなさいよ」

 「ははは……何してるんだあれ」


 しばらく同じポーズのまま動かなかったアレッサンドロさんは、ゆっくりと目を開き、そして両手を空に向けて大きく掲げた。その小さな手の先には薄い雲が少しかかっているだけの青い空が広がっている。


 「ス、スーパーセル!!」


 アレッサンドロさんが魔法を唱える。その魔法の名を聞いて観客席だけでなく、前に出ている3人、テオフーラ、局長も驚きを隠せないでいる。


 「スーパーセルだと?」

 「そんな巨大魔法、成功するはずがないだろ?」

 「失敗確定だな」


 その話の内容からするに、スーパーセルというのは難しい魔法の様だ。魔法が失敗すれば命を落とす危険から逃れる事ができるわけだが、アレッサンドロさんの事を考えると複雑な気持ちだ。だが、その複雑な気持ちの中、俺の目に飛び込んできたのは魔法を唱えたアレッサンドロさんの背後で自信まんまんの顔で腕を組んでいる赤毛の少女、ラウラの姿だった。


 なんだあの自信は?


 ゴゴゴゴゴオォオオォゴゴゴオォゴゴゴオオウゴオウオゴゴゴゴオオオオォォォォ


 「な、なんだ!?」

 「お、おい……あれ……」

 「うそでしょ? うそよねあれ?」


 青い空が捻じれるかのような渦が空を包み、その渦がみるみる内に膨れ上がり視界全てに広がっていく。


 「うわ!」

 「きゃあっ」

 「けふぅ」


 上空から豪風が局地的にこの処刑場めがけて吹き降ろしてきた。その風の奥で渦となった雲が激しく光っているのが見える。


 あれって雷だよな?


 巨大な蛇、いや竜が空の上で渦を巻いている。そんな雲の中心部が光り続ける幾万の雷のせいで、その雲自体が雷で出来ているように見える。


 「あれ、出来てるよな」

 「あ、ああ……」

 「あのさ、ここに居たら危ないんじゃない?」

 「あ、ああ……」


 渦の中心の光の球が徐々にこちらに向かって降下してきた。雷の塊が確実に俺に近づいてくる。あれを俺にぶつける気か? アレッサンドロさん……気は確かか? あの中に一体どれほどの雷が詰まっているのか、考えるのも嫌になる。


 「俺、ちょっと用事が……」

 「わ、私も……」


 観客席の局員達がゆっくりと立ち上がりどこかに行こうとしている。


 「なにしてるの? まだ処刑中だよね」

 「まあ、逃げたくなる気持ちもわかるけどね」


 「エルメラ局長! カルロタ局長!」


 「魔法局の局員で居たかったら、ここに居るのね」


 観客席で何かのやり取りがあった様だが、頭上に雷の塊がある俺にはその声は届かない。


 ジジジギジギギジジジジジジギギギジジギジジジジジジジ


 激しく電気が流れる様な音が徐々に近づいてくる。ああ、もうすぐあれが俺の上に落ちて来て、俺はあの塊に包まれるのだろう。俺は生き残れるだろうか?


 ギギギジギギギギギギジジジギギギギギジギギギギギギギ


 頭皮や顔、肩の辺りの皮膚がピリピリして来た。徐々に近づいてきている様に見えたのはかなり上空にあった為であり、近づけば近づくほど、その落下速度は増していく。


 ギビギビギビギビギビビビビビビビギギギビビビギビギビ


 最早、何の音なのかもわからない。そして光が眩しい。


 ビガギビガガギギガビガビガビガビギガガビビギギガビガ


 そしてそれは俺に降り注いだ。少し前からすでに光で視界を奪われていた俺には何が起きているのか見ても分からない。ただ、全身に何か熱く鋭い物で貫かれた様な痛みが広がった。


 「痛たたたただただたたたたたああぁぁぁあ!!」


 本当に痛かったので俺は大声で叫んでいた。


 「あああぁあぁぁぁああ……あ? あれ? ああ……あうん?」


 最初に感じた全身の痛みが徐々に引いていく。これは体が電撃で麻痺している為か、それとも俺の悲鳴でアレッサンドロさんが魔法を弱めてくれたのか、何にも見えないので状況は分からない。でも、もう痛くは無い。ちょっとした低周波治療器的な感じだ。


 あ、そう言えば、これでも筋トレできたりして? 電気で筋トレする奴ってあったよな?


 俺は雷の塊の中でいい感じの刺激があるところに腹筋が来るようにポーズを変えてみた。


 おお! なんか、筋肉に来ているぞ! そうそう、ここ、ここで! 腹直筋にキてる! 腹斜筋にもキてる!


 頭の後ろで腕を組み、腹回りを重点的に雷に晒した。


 おおぉぉおお! 筋肉がいい感じに傷ついているぞ! 腹回りを鍛えるのは中々時間がかかるが、これならかなり効率が良さそうだ!


 が、俺のそんな夢の様なお手軽筋トレタイムは長くは続かなかった。アレッサンドロさんの魔法によって生み出された雷の塊が消えてしまっていたからだ。


 「おい、お前、何をしている?」


 頭の後ろで腕を組み、腹筋の位置を調整するように腰をくねらせていた俺にテオフーラが声をかけてきた。


 「え? あ、これはその……雷の刺激が丁度良かったので、筋トレをしていました」


 「何を言っているんだ? まあ、予想通り生きてはいる様だな……しかし、スーパーセルをまともに食らって生きているとは……お前が破壊神である可能性がぐっと高くなったぞ」


 そうだ、俺はアレッサンドロさんの魔法を何とか耐えて生き残ったんだった。


 「ピエトロさん! 良かった、生きておられましたか! さすがです!!」

 「はぁー……死なないとは思ってたけど、殆ど無傷って……下手したら町ごと吹っ飛ぶ魔法なんだけど、スーパーセルって」


 アレッサンドロさんと赤毛の少女ラウラが俺に話しかけてきた。


 「処刑は失敗したけど、魔法は大成功だったね。さすがアレッサンドロ!」

 「は、はい。ありがとうございます! あの魔法が使えたのはラウラさんのおかげです!」


 ラウラに後ろから抱っこされたアレッサンドロさんは、首だけで振り返ってラウラにお礼を言っている。あの姿を見ておかしいと違和感を感じる俺の方がおかしいのか? と勘違いしてしまいそうだ。


 「生きているのか……そうか。おい、テオフーラ、早く確認を」


 アイーラ局長が何かをテオフーラに命じる。


 「ああ」


 テオフーラが地下で使っていた紙を俺の前に出した。


 「これに手を置け」


 「は、はい」


 俺は前と同じように手を置いた。


 「くっ、やはりか!」


 その紙に描かれた模様が白く眩しく光った。


 「おい、テオフーラ! 光の量が全く変わっていないではないか!?」


 「ああ、つまり、予想通りほとんど傷を受けていないという事だ」


 「……そうか」


 俺の顔を嫌そうに見上げるテオフーラと、その横でうれしそうにしているアイーラ局長の顔が対照的だった。そこに2人の女性が観客席から飛び込んで来た。


 「な! 何! 今の何!!」

 「それ、魔感紙だよね! 何!? 今の光!!」


 テオフーラとアイーラ局長の間を割ってやって来た女性2人は同じ顔の女性だった。

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