550文字の世界「お注射しましょう」
参加した学会で注射の練習をすることになり、普段から針を扱う人とそうでない人がごちゃ混ぜになってペアを組まされた。
私は慣れていない部類の人間だったから、凄腕として有名な知人の男に相手を頼んだ。
なにしろ初めての学会である。下手な相手に下手なことをしてつまはじきにされたら、この商売はやっていけない。
意外なことに、外国人の姿もちらほらと窺えた。
彼らはいかにも慣れた様子で、笑みさえ浮かべている。
注射器を右手に持って自分の右腕に打つ者を見て、私は呆れる思いであった。
「なんで自分に刺す必要があるんでしょうか。それに、反対の手を使ったらいいのに」
「お前はまだまだひよっこだな」
私の静脈に針を刺しながら、男は苦笑した。
「どう頑張っても右腕しか使えない状況を考えたことは?」
「あっ、そうか」
不測の事態はいつ起こるとも分からない。
おそらく「自ら解毒剤を打つ場面」を想像していたのだとようやく合点がいった。
まあ、結局は「敵に拘束され未知の薬を打たれた場合の対処」を求められるわけだが。
ぐわんぐわんと歪んでいく視界の中、あちこちで押し殺した悲鳴や嗚咽が飛び交い始める。
私はなんとか踏ん張って、伝い落ちる脂汗を舐めとった。
さて、この状況をどう打破しようか。
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