522文字の世界「トイレの花子さん」
小学校の頃、いじめられっ子だった私はいつも一階のトイレに逃げ込んでいた。
タイル張りのトイレは常に湿った臭いがして、時には息を止めたほうが楽なくらいだったが、他に逃げ込む場所がなかった。
ある日、いじめっ子たちがトイレの中まで追ってきた。私はたまらず個室に逃げこんだ。
彼女たちはドアをひっきりなしに叩きながら言った。
「はーなこさん、あーそびーましょっ」
私は急に怖くなって、思わず耳を塞いだ。
すると、ドアの向こうで悲鳴がして、慌ただしく足音が去っていった。
恐る恐る出てみると、しかしそこには何もない。
変化があったとすれば、空いていたはずの隣の個室が閉まっていることだけだ。
―――トイレの花子さん。
恐怖が舞い戻り、私は廊下に飛び出した。
以降、一階のトイレに立ち入ることなく卒業を迎え、遠くの学校に進学し、遠くの会社に就職した。
過疎化に伴い校舎が取り壊されると知ったのは偶然だった。
私は有休をとって帰省すると、まっさきに小学校へ向かった。
正確には、小学校一階のトイレにだ。別に用を足すためじゃない。
中は相変わらず湿った臭いがした。
その一番奥、個室の扉が閉まっていた。
ノックを一度、二度三度。
「はーなこさん、あーそびーましょっ」
直接言いたいことがあるんだ。
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