第11話

鉄男の鬱憤の鬱積に貢献した人物は他にもいた。

次男の典史である。

典史は鉄男の三つ上で、やや個性の強い性格だった。勝気で、喧嘩も強く、年上の相手を泣かせたりもした。


この典史は、自分が楽しい気分であれば、相手も楽しい気分のはずだと思い込むタチで、鉄男をそれでよく困らせた。

鉄男が一人でガン消し相撲に熱中しているところに、陽気に絡んできて、大一番の大切なところを台無しにしたりした。それでいて、自分は弟を楽しませて“やった”つもりでいるのである。


また、自己中なところもあった。鉄男が“小”の用事でトイレの扉を開けたところに、後からやってきて、「わしは“大”だからわしが先」といって、平気で割り込みをしてきた。この時、鉄男は、「“小”よりも“大”の方が偉いから、致し方あるまい」と無理やり納得した。

別の日に鉄男が“大”の用事でトイレの扉を開けると、また後からやってきて「わしは“小”が我慢できないからわしが先」といって、平気で割り込みをしてきた。この時、鉄男は納得できなかったが、兄が怖いので、これは鬱憤として胸に収めた。


また、典史は浪費家で、貯金というものを一切しなかった。対して鉄男は倹約家で、お年玉やお小遣いをよく貯めていた。

ある時、典史が提案してきた「お前の金を、ゲームを買う金に遣おう」

鉄男は、自分の貯金に対して、金銭としての価値以外のものを感じていた。徐々に自分が貯めていった金を、どこか、徐々に自分が“育てた”ような感覚になっていた。

いわばそれは、嫁入り前の自分の娘のような感覚で、その嫁ぎ先を、典史が勝手決めてしまおうとしたのである。

それだけは許せなかった。これは泣きながら“母親に”訴えて、なんとか難を逃れた。


三歳までの経験で、その人間の人格が決定付けられるという。そこの記憶は鉄男には思い出せない。その思い出せない記憶の中に、この典史が、自分にどのような“トラウマ”を残したのかを想像すると、絶望するばかりであった。


「母親は、典史のことを一番大事に思っている」と、鉄男は感じていた。

その理由は『名前』『兄弟構成』『母の日のプレゼント』の三つである。


まず『名前』

これは三兄弟に、それぞれ誰が名前を付けたのか?ということである。

長男は、父方の祖母が『龍一』と名づけた。次男は母親が名づけ、三男は長男と同じで、父方の祖母が名づけた。

この点で、「自分で名づけた子供は一番可愛いに決まっている。嫁、姑の関係にある母親と祖母は、関係がギスギスしている可能性が高い。だとすると、その祖母がつけた名前を呼ぶたびに、嫌な印象がよみがえり、その子供に対しても嫌な印象が刷り込まれていくに違いない」と、鉄男は考えた。


次に『兄弟構成』

母親は三姉妹であり、蓼崎兄弟の性別を、そのままひっくり返した構成だった。母親は次女である。

龍一と典史とは、歳が一個違いのため、話も合い、基本的には仲がよかった。

しかし、鉄男が典史に感じているエゴのようなものを龍一もわからないでもなく、その点で、鉄男と龍一とで分かち合える、暗黙の同盟のようなものが築きあげられていた。典史にとって、それは疎外に感じられ、悩みの種でもあった。いつもの恨みとばかりにその同盟の威圧を鉄男は典史に与えていた。

そして、この図式が、まったく母親姉妹の間でも展開されていたのである。

典史はこの悩みを、一番の理解者である母親に、度々相談した。

鉄男は得意の邪推で、これに尾ひれをつけて察知していた。


最後に母の日のプレゼント。

これは、母親が、鉄男のプレゼントよりも、典史のプレゼントを喜んだ。そのように見えたというだけの話である。これも得意の邪推によるものであった。


以上、三つの理由で、母親は典史を一番大事にしていると決定付け、それが鉄男の鬱憤にプラスされた。

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