第48話 告白



 場内が歓声に包まれる中、ミルチェが興奮した調子で叫ぶ。


「な、ななな何とぉ――! リュート選手、突如乱入してきた魔物を返り討ちに――っ! 彼のおかげで、敵は無事に撃退された――!」


 観客の嵐のような拍手に、琉斗はどうしていいかわからず、とりあえず手を上げて応えてみる。


 やや照れくさくて頭をかいていると、琉斗に向かって駆け寄ってくる人影があった。


「リュート――!」


 エルファシア姫を守っていたレラは、駆け足で琉斗の目の前まで近づいてくると、手にした槍を放り投げ、そのまま琉斗の胸に飛び込んできた。


「よくご無事で! あなたに何かあったら、私……!」


「ああ、俺は大丈夫だ、ありがとう」


 そのまま彼女を抱きとめる。

 余程心配だったのか、レラは力強く琉斗に抱きついてくる。彼女を安心させるように強く抱きしめ返すと、すっと彼女の身体から力が抜けた。


 しばらくそうして抱き合った後、二人は身体を離す。


 彼女が駆けてきた方へと目をやると、その先にはエルファシア姫の姿があった。観客が逃げ終わるまでその場に残るつもりだったのだろう。王族として正しい行動なのかはわからないが、心優しい彼女らしい判断だと琉斗は思った。


 そのエルファシア姫と視線が合った。軽く会釈をすると、彼女も優しく微笑む。


 レラへと視線を戻すと、弱々しく微笑んでくる。連戦で疲れているのだろうか。


 と、彼女の身体がぐらりと傾いた。そのまま前方へと倒れ込む。


「レ、レラ!?」


 慌てて琉斗が彼女の身体を受け止める。見ればレラは気を失っているのか、目を閉じたまま力なく頭を垂れている。


 彼女を両腕で抱き上げると、琉斗は騒然とする場内を後にした。












「……私はいったい……」


 レラが目を覚ましたのは、闘技場の一室に移動してからしばらくしてのことだった。

 ベッドから半身を起こすと、隣に座っていた琉斗に気付く。


「目を覚ましたか」


「私、いったいどうしてここに……」


「戦いが終わった後に気絶したんだよ。今日は試合が続いた後にあんな化物が出てきたもんな。レラも奥義を二度も放ったんだし、相当疲れてたってことだろう」


「そうでしたか……」


 悔しそうにうつむくレラに、琉斗は声をかける。


「レラが気にすることなんて何もないと思うぜ。あれだけの激戦を戦い抜いたんだからな。むしろ、あれだけ戦って最後まで意識を保っていたのはさすがだと思うよ」


「…………」


 その顔にはいつもの笑みはない。



 しばらく黙ってうつむいていたレラだったが、やがて顔を上げると琉斗に頭を下げた。


「あの時は守っていただいてありがとうございます。不甲斐ない姿を晒してしまい、申し訳ありませんでした」


「とんでもない。レラが気にすることはないさ。俺もレラを守ることができてよかった」


「優しいんですね、リュートは」


 そうつぶやいたまま、再び口を閉ざす。


 それから、意を決したように琉斗に問いかけてきた。


「リュート、あなたに聞きたいことがあります」


「……ああ、何でも聞いてくれ」


「ありがとうございます。それでは、一つだけ答えてください。リュート、あなたは――いったい何者なのですか?」


 ついに来たか。琉斗はレラの顔を見つめる。


 レラは真っ直ぐに琉斗の目を見つめていた。どんな答えが返ってこようと受け止める、そんな強い意思を感じた。


 彼女なら――わかってくれるかもしれない。琉斗は彼女の目を見て思った。

 今まであまりにも荒唐無稽すぎて誰にも語ることのできなかった自分の正体。だが、目の前の女性は、信じるとまではいかずとも、少なくとも琉斗の話を真剣に聞いてくれるのではないか。


 琉斗も、覚悟を決めた。


「レラ、龍皇の話を知っているか?」


「龍皇? あの龍皇ですか?」


「ああ、多分その龍皇だ。レラはどんな風に聞いている?」


「はい。何百年も前に突如この世界に現れ、多くの神々を滅ぼして世界を手中に収め、その後世界を破滅の淵へと追いやった最強最悪の存在だと私は聞いています」


「そんな風に伝わっているのか、あいつは」


 思わず苦笑する。いきなり出鼻をくじかれた格好だ。本当に話してしまっていいものか。


 だが、今さら話をやめることは琉斗にはできなかった。せめて、彼女にだけは本当のことを知っておいてほしい。


「驚かないでくれよ。いや、驚くなと言う方が無理か……。とにかく聞いてくれ。今、俺に宿っている力が、その龍皇の力なんだ」


「……は……?」


 さすがのレラも、理解が追いつかないのかぽかんとした顔で琉斗の顔を見つめる。


 無性に恥ずかしくなってきた琉斗は、あれこれと口を動かす。


「い、いや、お前が信じられないのも無理はない。何せ俺だって未だに信じられないところがあるんだしな。この力を得たのもせいぜい十日前のことだし、まだ力の制御が全然わかってないから、そんな弱い龍皇がいるわけないと思うのも無理はないけど……」


 必死に訴える琉斗に、レラは目を丸くしたかと思うと、口元に片手を当ててくすりと笑った。


「あ、やっぱりおかしかったか、今の話?」


「いえ、そうじゃないんです、ごめんなさい。リュートがあまりにも一生懸命だったものですから、つい」


 それから、レラは琉斗の目を真っ直ぐに見つめてきた。


「確かににわかに信じられるような話ではありません。ですが、もしその話が本当であるとすれば、今までのあなたの言動の数々に説明がつくというのも、また事実です」


 そこまで言って、レラが微笑みかけてくる。


「それに、リュートがこんな時にそんな冗談を言うような人ではないということくらい、私はわかっているつもりです」


「レラ……」


 レラは琉斗の目から視線を離さずに言った。


「私は信じます。あなたが……龍皇だということを」



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