第26話 槍姫とのひととき
翌日、琉斗は冒険者ギルドの向かいにある喫茶店の前でレラを待っていた。
少し気負い過ぎたかもしれない。約束の時間より、まだ三十分近くも早い。いてもたってもいられず、家を飛び出してきたのだ。
実のところ、琉斗は今までデートなど経験したことがない。もちろん仲のいい女子の一人や二人はいたが、彼女たちとの間に恋愛感情が芽生えることはなかった。
本当に、こんなことは初めてだ。これが恋愛感情というものなのだろうか。さっきから、いや、昨日からずっとレラのことばかりを考えている自分がいる。
とは言え、昨日に比べれば随分と落ち着いたように思う。おそらく昨日ほどどぎまぎするようなことはないだろう。
人々が行き交う大通りを見つめながら落ち着かない様子で待ち続けることしばし。
二十分ほどがたった頃、大通りから一人の女性が近づいてきた。
「お待たせしました」
「や、やあ」
レラは昨日の勇ましい姿とはうってかわって、清楚なブラウスと長めのスカートに身を包んでいた。こうしてみると、大人っぽさの中にも少女のような可憐さが見て取れる。
実際、まだ若いのだろう。高校生だった琉斗よりは上だろうが、おそらくは二十歳前後、女子大生くらいの年ではないだろうか。
色素が薄い柔らかな金髪は、ポニーテールにまとめて後ろへと垂らしている。それもあってか、軽く後ろで髪を結い上げていた昨日よりも温和で活発そうな印象を受ける。
半袖のブラウスからしなやかに伸びる白い腕は、鍛えられていながらも女性らしさを残した肉付きをしていた。スカートから覗くふくらはぎも引き締まっていて美しい。
レラの健康的な美しさに見とれていた琉斗だったが、女性を前にいつまでも黙っているわけにもいかない。
だが、レラのような女性にどのような言葉をかければいいのか。何の照れもなく「綺麗だ」などと言えるほど琉斗は大人ではない。
「今日は武装していないんだな」
結局、こんな言葉しか浮かばない自分が恨めしい。
「私だって女の子なんですよ。こういう服だって着ます」
レラが苦笑する。
「それに、今日は誰かに襲われても、頼もしい護衛がついていますから」
「それは任せてくれ」
少し顔を赤くしながら、琉斗が笑顔でうなずく。
ふとギルドの方を見れば、こちらの方に目を向ける冒険者の姿も多く見かける。王国一の冒険者が余所行きの服で男と話し込んでいるのだ。注目も集めるだろう。
ここを待ち合わせ場所にするべきではなかったか、と琉斗は若干後悔の念に駆られる。だが、琉斗がこの町に疎い以上、他の場所を待ち合わせ場所に指定したとしても肝心の琉斗がたどり着けそうにない。
「そろそろ場所を移そうか」
「そうですね。まずはどこに行きましょうか」
「とりあえず、少し食事がしたいかな」
「わかりました、それではいくつか候補を紹介しますね」
笑顔でうなずくと、レラは大通りを西へと歩き始める。琉斗も彼女に続いた。
三件ほど店を紹介され、琉斗は肉をメインとした店を選んだ。
食欲をそそる匂いが立ち上る鶏肉の皿が前に並び、レラが嬉しそうな声を上げる。
「こちらのお肉、焼き加減が絶妙でとってもおいしいんですよ」
「レラは肉が好きなんだ?」
「はい。でも、おいしいものは何でも好きですよ」
「えらいな。俺は好き嫌いが多くて」
「何でも食べないと成長しませんよ。リュートはまだ育ち盛りなんですから」
そうだな、とうなずいた琉斗の視界にレラの豊かな胸が入ってくる。これも好き嫌いなく食べて成長した結果なのだろうか、などと下らないことを思いつつ、思わず目が吸い寄せられる。
「私に何かついていますか?」
「い、いや! 別に、何でも」
慌ててレラの胸元から目をそらすと、二人は食事の挨拶をして皿へと手を伸ばす。
料理の味について一通りあれこれと評した後、レラが琉斗に尋ねてきた。
「ところでリュート?」
「ああ、何だい?」
「少し、あなたのことについて尋ねてもいいですか?」
「……ああ」
来たか、と内心で琉斗は身構える。
レラのような名のある冒険者が、昨日会ったばかりの新米冒険者に単なる親切で接近してくるはずがない。初めから、琉斗の力について探りを入れるのが目的だったのだ。
わかっていたはずなのに、つい浮かれていた自分が恥ずかしい。気を引き締めながら、レラの表情を注意深く観察する。
レラはと言えば、特に緊張した様子もなく、微笑をたたえたまま琉斗へと尋ねてくる。
「それではですね、リュート」
「何だ」
「あなたが好きな食べ物、何ですか?」
「……は?」
「今度お会いする時は、あなたの好みに合わせた店を選んでおこうと思いまして」
呆気にとられる琉斗に、レラはにこやかに笑いかけてくる。
「他にもいろいろと聞きたいことがあるんですよ? 趣味は何かとか、ギルドにはいつもいつ頃に来るつもりなのかとか。あ、お酒はどのくらい飲めるのかも聞いておかないと」
「待て、そんなどうでもいいことでいいのか? 昨日の俺の剣技についてとか、大事なことは他にいくらでもあるだろう?」
その言葉に、レラはいかにも不思議だといった調子で、はてと首をかしげる。
それから、少しいたずらっぽい顔でこう言うのだ。
「それは、別に今聞く必要もないことでしょう。聖龍剣闘祭で、あなたの剣に直接伺えば済む話なのですから」
レラの目は、とても嘘をついているようには見えない。純粋に、琉斗の人となりに興味を持っている様子だった。
「あ、でも、もう少し踏み込んだ話をお聞きしてもいいのなら、あなたのご家族やあなたが巡ってきた国の思い出話なども聞かせてほしいですね」
無邪気に笑うレラ。
少し考え過ぎだったかもしれない。琉斗は肩の力を抜く。
こんなに直接的に異性から誘われたのは初めてで、思わず警戒してしまった。もちろん油断するつもりはないが、少々神経質になり過ぎていたようだ。
琉斗はレラに笑みを返す。
「俺はやっぱり肉が好きかな。魚や野菜は苦手だ。特に香味系の野菜は嫌いなものが多いな」
「そうでしたか。それでは次回はそのあたりに気をつけないといけませんね」
そう言って、レラは一口大に切った鶏肉を口へと運ぶ。
ここは素直に食事を楽しむとしよう。そう決めると、琉斗も香ばしく焼き上げられた鶏肉へとフォークを突き立てた。
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