第23話 槍姫の頼み
冒険者ギルドのホールへと出た琉斗は、立ちテーブルの一つに着いていた。
そこへ、売店で飲み物を買ってきたレラが戻ってくる。
「どうぞ。お茶でよかったですか?」
「ありがとうございます。おいくらでしたか?」
「結構ですよ。誘ったのは私ですから」
そうはいかないだの何だのといったやり取りが少しあった後、琉斗はレラの好意に甘えることにする。
こうしてテーブル越しに向かい合っていると、改めて彼女の美しさに見とれてしまいそうになる。
レラの身長は、中背の琉斗より少し低いくらいだ。女性としては長身と言っていいだろう。
均整のとれたプロポーションは、まるで華やかな衣装を身にまとうモデルのようだ。
すらりと伸びる手足はしなやかで、服の下からのぞく素肌と肉付きは実に健康的だ。
木製のカップの中の液体をあおる姿にも思わず視線が向かってしまう。
くいとあごを上げ、露わになった白く細い喉に、琉斗の目が釘付けになる。液体を飲み下す喉の動きが妙に艶めかしく思えてしまう。
「飲まないのですか? ここの紅茶はなかなかにおいしいのですよ?」
「は、はい、いただきます」
慌てて手元のカップを手に取ると、それを口につける。勢い余って茶が妙なところに入り、琉斗は盛大にむせてしまう。
さすがの龍皇も、むせるのをこらえることはできないようであった。
「そんなに慌てなくても、お茶は逃げませんよ」
口元に手を当ててくすりと笑うレラに、琉斗の顔が真っ赤になる。
自分はレラのような、いわゆる優しいお姉さんタイプの女性に弱いのだろうか。レラと目が合わないように彼女の手元あたりを見つめながら、琉斗は自問する。
いや、そういうわけではない。目の前のレラが、琉斗の好みと一致し過ぎているのだ。
容姿や性格だけではない。こうして近くにいるだけで、かすかに甘い匂いが香ってくるではないか。化粧や香水の臭いがきついその辺の大人の女たちとは全然違う。
茶を飲みながら、琉斗はレラの質問に答えていく。彼の予想に反し、彼女の質問は王都のギルドの雰囲気はどうだだの行きつけの店はできたかだのという、実に他愛もないものばかりであった。
しばらく会話を楽しんでいると、「ところで」とレラが前のめりに綺麗な顔を近づけてきた。琉斗の首筋を、何か熱いものが駆け上がっていく。
「な、何ですか、レラさん?」
「私に対してそんなにかしこまらなくてもいいのですよ、リュート。レラでいいですよ。話し方も、普通にしてもらって構いません」
「でも、レラさんは敬語だし、俺は後輩ですし」
「私のこれは何といいますか、性分みたいなものです。気にしないでください」
そう言って、レラは穏やかな笑みを見せるのだ。こんな顔をされてまいらない男など、この世界にいるはずがない。
琉斗はやや声を震わせながら答えた。
「わかった、それでは、レ……レラ、これからもよろしく」
「こちらこそよろしくお願いしますね、リュート」
にこやかに笑うと、レラはカップのお茶を一気に飲み干す。
「それにしてもリュート、あなたの剣の腕は本当に素晴らしいですね」
いよいよ本題か。琉斗は若干気を引き締める。
「それを言うなら、レラだって槍の達人なんだろう?」
「そうですね、私も槍ではそうやすやすと他人に後れをとることはないと思っています」
見た目の印象とは異なり、意外に勝気なところがあるのだなと琉斗は思った。下手な謙遜をしないあたり、いっそ清々しくて好感が持てる。
「実は、私はあなたの剣にとても興味があるんです。私の槍と、いったいどちらの方が上なのか、と」
「なるほど。つまりレラは、俺と手合せをしたいということか」
「さすがリュートですね、話が早いです」
レラが嬉しそうにうなずく。
正直、この笑顔を見られるのであれば手合せくらい百本でも千本でもつき合いたい気分になってくる。
「俺は構わないよ。それじゃどこでやる? ギルドにそういう部屋があったりするのか?」
「いえ、そうじゃないんです」
意外にも、レラが首を横に振る。
「せっかくですから、あなたとは最高の舞台で、全力で戦ってみたいのです。ギルドの施設で手合せというのでは、何とももったいない」
「別に俺は手を抜いたりはしないぞ? それに、最高の舞台って言うけど、どこかいい場所でもあるのか?」
琉斗の問いに、レラの瞳が妖しく輝いた。
「あるんですよ、それが」
そう言うと、彼女は――琉斗の右手首を左手で握ってきた。突然のことに、琉斗の心臓がゴム毬のように跳ね上がる。
「行きましょう、リュート!」
「え!? ちょ、ちょっと!?」
困惑する琉斗をよそに、レラは強引に彼の手を引きながら駆け足で彼を外へと連れ出そうとする。
周りの冒険者たちが何事かと二人を注視する中、空いた手で慌てて剣を手に取ると、琉斗はレラに引きずられるようにギルドを後にした。
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