第9話 王都へ



 エルファシア王女を魔物から救った琉斗は、王女の一行と共に王都へと向かうことになった。


 戦いの中で倒れた者たちを道の脇へと寄せ、聖職者らしき者が祈りの言葉を唱える。後ほど、王都から遺体を回収に来るそうだ。


 壊れた馬車や遺体の仮処理を済ませると、一行は王都へ向けて出発した。




 ひょっとすると王女と同じ馬車に乗れるか、とほのかな期待を抱いたりもしていたが、そう物事はうまくいくものではない。

 案の定と言うべきか、王女の馬車の御者となった騎士の馬が空いたので、琉斗はそれに乗ることになった。


 生まれてこのかた乗馬どころか馬に触れるのも初めての琉斗であったが、馬には特に手間取ることもなくあっさりと乗ることができた。

 手綱の取り方なども、身体が勝手に反応してくれる。これも龍皇の力とやらの一端なのであろう。先ほどの戦闘での剣技もそうであったが、およそ戦いに必要と思われる技能は琉斗の身体が覚えているようであった。





 日はもうほとんど沈みかけていたが、夏場なのかまだ熱気が残っている。軽装の琉斗はともかく、中装の鎧を身につけた騎士たちはいかにも暑そうであった。


 琉斗は護衛騎士の隊長であるシュネルゲンと馬を並べていた。王女と会話していた時には警戒心を露わにしていた彼であるが、今はそれも薄れたのか、時折あれこれと尋ねてくる。


「それにしてもリュート殿、あの剣技は本当に目を瞠るものがありましたぞ。あれもお父上から学ばれたのですかな?」


「ええ、そうだと思います」


 記憶喪失という設定で押し通すことにした琉斗は、あいまいな答えを返す。


「あれほどの剣を教えられるとは、お父上も相当の達人だったのでしょうな。リュート殿、差しつかえなければお父上のお名前をお聞かせ願えませんかな?」


「父の名、ですか」


 一瞬ためらった琉斗だったが、特に問題ないだろうと思い答えることにする。


「弘斗です。皇弘斗」


「ヒロト殿、ですか……。残念ながら存じ上げませんな。国内外で名を知られた強者の名はある程度知っているつもりなのですが……世の中にはまだまだ無名の達人がいるということですな」


 彼が知らないのも無理はない。何せ琉斗は父から剣の訓練など受けたこともないし、そもそも父はこちらの人間ではないのだから。

 食品メーカーの研究所勤務であった父を思い出し、琉斗は思わず苦笑する。


「して、魔法の方はリュート殿の独学ということなのですかな?」


「だと思います。もしかすると師がいたのかもしれませんが、詳しいことは思い出せません」


「なるほど……。私は魔法には疎いですが、素人目にも先ほどの魔法が並みの魔法ではないことはわかりましたぞ」


「そんな大したものではないと思いますが……。ありがとうございます」


 琉斗が礼を言うと、シュネルゲンは笑顔で返す。


「リュート殿ほどの腕であれば、すぐにでも王都で指折りの冒険者になれるでしょうな。ひょっとするとあの『槍姫』とさえ、すぐにでも並ぶかもしれません」


「槍姫?」


「さよう。我が国唯一の一級冒険者にして、マレイア王国最強の槍の使い手です。リュート殿の剣の腕前は、その槍姫に匹敵するものとお見受けいたしました」


「さあ、それはどうでしょう」


 琉斗は確かに龍皇の力を受け継いではいるが、はたして純粋な剣の腕がどれほどのものであるかについては疑問視していた。

 もちろん先ほどの戦いで並みの剣士よりは上だということがわかったが、その道の専門家に勝てるかどうかは今の琉斗にはわからない。


 だが、少なくともシュネルゲンには、琉斗の剣の腕がその槍姫とやらに匹敵するもののように思われるらしい。


「ご心配めされるな。リュート殿であれば、すぐに冒険者として頭角を現していくことでしょう」


「そうなれるよう、がんばります」


「その意気ですぞ」


 シュネルゲンの励ましに、琉斗も笑顔を返す。


「報酬については、リュート殿のご自宅に改めて使者を送ることになるかと思います。受け取りに際して何かご要望などはありますかな?」


「要望と言いますと? 俺はどんな形でも構いませんが」


 というより、すでにエルファシアからお礼の品なら受け取っている。これ以上の褒美など別に必要もないのだが。


「言い方がわかりにくかったかもしれませんな。受け取る際に、金貨がよいか、それとも宝石などの方がよいかということです」


「ああ、そういうことですか。そのあたりはお任せしますが、やはり貨幣の形が扱いやすいでしょうか」


「そうですな。では、報酬は金貨でお渡ししたいと思います」


「よろしくお願いします」


 そんな調子で、二人は会話を続ける。




 太陽が地平の彼方へと沈み、夜空に星々が瞬き始めた頃、琉斗の行く先に王都が見えてきた。


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