第7話 親愛の証
目の前の少女、エルファシアは、自分がマレイア王国の第一王女であると名乗った。
琉斗が思った通り、やはりこの馬車の一団は王族とその一行だったのだ。ゲームや漫画、小説ではこういうシチュエーションはもはやお約束と言ってもよかったが、まさか自分がその当事者になろうとは。
王女は柔らかな笑みを浮かべたまま、琉斗に話しかけてくる。
「騎士団があれほど苦戦した魔物たちを、見事に退けましたね。名のある冒険者の方なのですか?」
「いえ、これからギルドへ登録に行くところです」
「まあ。では、その剣や魔法は独力で身につけたものなのですか?」
「ええ、そんなところです」
エルファシアと、そして側に控えた騎士隊長が驚いた顔をする。
「その若さでその強さ。しかも独力で身につけたとおっしゃる。わたくし、そんな方がいらっしゃるとは存じませんでした。リュートさまは、どちらのご出身なのですか?」
「はい、マレイアの出身です」
「まあ、そうでしたか。でも、でしたらどうして今まで冒険者ギルドに登録してらっしゃらなかったのですか?」
嫌な質問だ。王都に家はあると聞いているが、まさかこんなところであれこれと聞かれるとは思っていなかったこともあり、自分の設定についてはまだ突っ込んだところまで考えていなかったのだ。
少し考え、琉斗は答えた。
「俺、各地を転々としていたらしいんですけど、実は記憶が曖昧なんです。すいません」
これも手垢が付くほどに使い古された設定だ。だが、この世界についてまだほとんど何も把握していない以上、うかつなことを言うわけにもいかない。
やはりと言うべきか、騎士隊長が一瞬怪訝な顔をする。いくら命の恩人であるとはいえ、素性の知れない人間を警戒するのは当然のことであった。
だが、エルファシアは少し悲しげな顔をしながら言った。
「そうでしたか……。リュートさまは、苦労されていたのですね……。不躾(ぶしつけ)な質問、どうかお許しください」
「いえ、気にしないでください」
申し訳なさそうに琉斗は頭を下げる。
事実、申し訳ないと思っていた。この美しい王女が悲しそうな表情をするだけで、罪悪感で胸が一杯になる。自分の素性がはっきりしていれば、いくらでも喜んで答えているのだが。
そんな琉斗に、エルファシアが微笑みかける。
「いずれにせよ、あなたはわたくしたちの命の恩人です。わたくしからも、ぜひお礼をさせていただきたいと思います」
「別に構いませんよ。お礼がほしくて加勢したわけじゃありませんから。それに、あまり事を公(おおやけ)にはしたくないんでしょう?」
「そんなわけには参りません。謝礼は後日、必ずお渡しいたします」
その言葉に、隊長の表情がわずかに歪む。だが、王女がそう言った以上は渡さないわけにはいかないだろう。
エルファシアは続ける。
「それはそれとして、あなたには今この場で感謝の気持ちをお渡ししたいと思います」
「感謝の気持ち?」
琉斗がオウム返しに繰り返すその目の前で、彼女は首にかけていたネックレスをはずす。
手にしたネックレスには、いかにも高価そうな宝石が飾りつけられていた。
「こちらをあなたにお渡ししたいと思います。王家の紋章が入っている品物ですので、しかるべき場所で示せば王族や大貴族、高官と面会することが可能です」
「で、殿下!」
隊長が思わず叫ぶ。得体の知れない者に、そんな重要な品を渡すことが信じられないのだろう。
何か言おうとする隊長を、エルファシアは片手を上げて制する。
「よいのです。わたくしはリュートさまにこの命を救われた身。そのお礼としては、これでも足りないくらいです」
そう言うと、彼女はネックレスを差し出してきた。
「リュートさま、どうか受け取ってはいただけませんか?」
「……喜んで受け取らせていただきます」
一瞬本当に受け取ってもいいものかどうか考えた後、琉斗はうやうやしくそれを受け取った。
王女を救った行為そのものには何らやましいところはないのだ。問題などどこにもない。
琉斗にネックレスを手渡すと、エルファシアは嬉しそうに笑った。
「受け取っていただきありがとうございます」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
琉斗が一礼すると、エルファシアがたずねてきた。
「ところでリュートさま、これから王都へ向かわれるのですか?」
「はい、そのつもりです」
「それでしたら、ぜひわたくしたちとご一緒しませんか?」
「殿下!」
隊長の抗議を、エルファシアが遮る。
「こうしてお会いできたのも、きっと何かのご縁でしょうし。それに」
そう言って、王女は少し悲しげな顔で後ろを振り返る。
「護衛の数も減ってしまいました。できれば腕利きの護衛がいた方が、わたくしとしましては安心できるというものです」
「わかりました。喜んでお供させていただきます」
エルファシアの申し出を、琉斗は二つ返事で受け入れた。かよわい美少女にこのように頼られて、断れる男などそうはいない。
こうして、琉斗は王女の一行と共に王都へ向かうことになった。
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