第6話 王国の姫君



 最後の魔物を容易く斬り捨てると、琉斗はバツの字に剣を振るい血を払う。

 周囲がしばし静寂に包まれる中、騎士たちは半ば呆然と、目の前に佇む少年の姿を見つめている。




 やがて、弾かれたように隊長とおぼしき人物が前に歩み出ると、琉斗に声をかけてきた。


「す、助太刀感謝する。君……あなたは冒険者か?」


「ええ、そんなところです」


 軽くうなずきながら、琉斗は騎士を観察する。


 周りの騎士たちも意匠を凝らした立派な鎧を身につけているが、目の前の騎士は一際豪奢なマントに身を包んでいる。おそらく自身も身分の高い男なのだろう。


「おかげで無事に魔物を撃退することができた。心より感謝する」


「いえ、もう少し早く到着すればよかったのですが」


「いやいや、とんでもない。あなたが気にすることはない」


 そう言うと、騎士は琉斗に近づきやや声を落とした。


「ところで、冒険者登録証をお見せいただけるだろうか? ギルドを通して謝礼をお渡ししたいのだが」


「いえ、礼には及びません」


「そうは参らぬ。ぜひ礼をさせていただきたい」


「ですが、その冒険者登録証を持っていませんので」


「何と、それは困りましたな……」


 一歩引いて、騎士が少し考えこむ。


 別に褒美がほしいというわけではないが、どうして自宅に持ってくるなり場所を指定して呼び出したりしないのか、というのが琉斗には気になった。


 冒険者登録証を見たがったということは、間に冒険者ギルドを挟んで謝礼を渡したいということだろう。それはつまり、琉斗と直接接触することを避けたいということなのだろうか。

 それとも、そもそも謝礼を渡す気などなく、冒険者登録証を見て琉斗が何者なのかを確認したかっただけなのだろうか。


 察するに、どうやら今回の件はあまり表に出したくないようだ。それも当然かもしれない。王族が襲撃されたなど、それだけでどれほどの騒ぎになるかわからない。


 まして、目の前にいるのは彼らにしてみれば素性の知れない人間なのだ。そんな人間を相手に、うかつなことは言えないだろう。本来、褒美どころではないのかもしれない。


 この場で口封じに消そうとしてこないだけ、彼らは親切なのかもしれないな。


 半ば他人事のようにそんなことを琉斗は思い、直後、他ならぬ自分の頭の中から出てきたその恐ろしい考えに慄然とする。騎士たちに襲われる恐怖ではない。そんなことがさらりと思い浮かんだ自分に対する恐怖だ。


 自分はこんなことを思いつくような人間ではなかったはずだ。クラスでの友達関係や力関係といったものには元々疎いタイプだ。まして、邪魔者を消すだの消さないだの、そんなことは考えたこともない。




 琉斗が何者かに自分の思考を侵食されているような恐怖に襲われているところへ、馬車の方から可憐な声が聞こえてきた。


「よいではありませんか」


 それは柔らかく、可愛らしさを残しつつもよく通る、何とも印象的な声であった。琉斗が馬車の方へと視線を移すと、扉が開き一人の女性が降りてくるのが見えた。


 年の頃は琉斗と同じくらいだろうか。豪奢でありながら清楚さを感じさせるデザインのドレスに身を包み、実に優雅な足取りでこちらへと歩み寄ってくる。


 指輪や髪飾りはその手の装飾品に疎い琉斗の目から見ても高価で凝ったものだとわかる。

 そして、それ以上に、飾られている本人の美しさは想像を絶するものがあった。

 最高級の陶磁器を思わせる白くきめ細やかな肌、吸い込まれそうなほどに碧い瞳、うっすらと紅色に彩られた唇。

 手入れの行き届いた柔らかな金髪が、風を受けさらりとたなびく。その長髪が夕日を浴び、幻想的な輝きを見せる。



 あまりに絵画的なその光景に、琉斗だけでなくその場にいた誰もが魅入られたかのように固まっていたが、我に返った隊長らしき騎士が慌てて少女へと駆け寄った。


「で、殿下! 危険でございます!」


「何が危険なのです? 脅威はあなたたち騎士団とそちらのお方によって取り除かれたでしょう」


 少女が穏やかな笑みを騎士へと向ける。


 騎士は明らかに琉斗の存在を念頭に「危険」と口にしたのだろうが、少女にそう言われ、素直に引き下がった。

 否、そうしなければならない気にさせる何かがこの少女にはあるように琉斗には思われた。




 琉斗の眼前までやってくると、少女は優雅に一礼する。


「旅の方、わたくしどもを魔物たちからお救いいただき、感謝申し上げます」


「いえ、ご無事で何よりです。亡くなられた皆さんには申し訳ありませんが」


「お気になさらないで下さい。あなたのお気持ちは、きっと彼らにも届いているはずです」


「そう言ってもらえるとありがたいです」


 琉斗は軽く頭を下げる。目の前の女性は、こうして顔を合わせているだけで心をなごませる何かを持っているようであった。


「よろしければ、あなたのお名前を教えてはいただけませんか?」


「琉斗……皇琉斗すめらぎりゅうとです」


「リュートさま、ですか……。素敵なお名前ですね」


 美しい少女に自分の名を褒められて喜ばない男などいない。


 琉斗が柄にもなく頬を染めていると、少女が柔らかく微笑みながらふっくらとした艶やかな唇を開く。


「わたくしの名はエルファシア。マレイア王国の第一王女です」


 美しい少女は、その美しい顔に微笑を湛えながらそう名乗った。



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