路商のカムリ

伊藤ゆう

路商のカムリ

 城門へとまっすぐのび、大きな馬車も通れるようにと広くひらけた通りがあった。

 城の主の名がついていたのは昔の話で、今は「あきない通り」というのが、この場所を思わせる名前となっている。

 人通りも多くて、名家の出入りもあったその通りの端々では、めいめい持ちよったものを売る路商がたくさんいて、毎日祭事のようなにぎやかさだった。


 カムリも路商の一人で、今日は隣町で仕入れた風呂敷いっぱいの水タバコを待って友人のウネリとあきない通りに来ていた。

 まだ夜明け前で暗く、人もカムリと、ウネリと、あと五、六人ほどいるくらいだった。


「ウネリ、この間そこの角でパイプを売った男はトーマス家を客につかまえておおきく儲けたらしい。」

 カムリがそう言うと、今度はウネリが反対側を指差してこう言うのである。

「その前の日には、あっちの方で葉巻がわんさか売れて畑をひとつ買えるほど儲けたやつがいるらしいね。」

「そうなんだよウネリ。わかるかい?ここ最近は嗜好品がものすごく売れているんだ。」

 カムリは水タバコが詰められた風呂敷をウネリの前でゆさぶった。

「しかし、カムリ。そんなにたくさん、よく仕入れのお金が間に合ったねぇ。」

「借りたのさ。300ルペほど。なあに、半分でも売れれば1000ルペにはなる。全部売れれば2000はこえるぞ。しかしウネリ、きみは何を売るんだい?」

「畑にできた春のキャベツがいい頃合だったから。家にいくつか残して余った分を持ってきた。帰りにきみにもひとつあげるよ。」

「ありがたい!かあさんも喜ぶ。」

 ウネリも、かついだかごの中のキャベツをカムリに見せた。キャベツを使った、あれがうまい、これがうまいを話しながら、二人ともぐうと、少し腹を鳴らした。


 あきない通りでは、日が落ちてからの商売は禁止されていて、広い大通りが、夜にはその半分が立ち入り禁止となる。おかげか、ここで行われる売買は健全なるものばかりであった。


 日が頭をだし、横切る風も少し暖かくなってきたころ、荷物をかついだ路商たちがぞろぞろと通りへとやってきた。

 通りの開放を待つその先頭に、カムリたちは立っていた。

 役人は、日が完全に顔をだしたのを眩しげに確認すると、通りの入口をふさいでいた鉄格子をよいしょとどけた。路商がどっと通りになだれ込み、行き交う声々が、その日の活気ある通りのはじまりを告げた。


「どこにする!」

 ウネリがその頭だらけの中にいるはずのカムリの頭に向かって叫んだ。

「角だ!また夕方前に!じゃあ!」

 カムリの大きな声がする方に、頭の中から生えるようにのびて振っている手が見えた。

「わかった!じゃあ!」

 ウネリも手をのばし、大きく振った。


 通りが終わるその角っこに 、カムリは滑り込んだ。ふうと息をつき、姿勢を整えると、風呂敷を広げ、水タバコをひとつひとつ、丁寧に並べていった。

「さあ、売るぞ。」

 すうと息を吸い込み、雑踏の中に向かって大きく声をだした。

「いらっしゃい!」



 昼が過ぎても、カムリの水タバコは売れなかった。

 少し、不安がカムリの胸をよぎる。

 売れなかったら、仕入れの時にした借金の返済はどうしよう。悪いイメージが、悪い結果を招くかもしれない。カムリは大丈夫と心に言って、また声を張り上げた。

 売れたら、かあさんの好きな果実を買って、ウネリのキャベツを使った料理をかあさんと食べよう。そんなことを考えていると、まだまだ大きな声をだせた。


 昼が過ぎてしばらく経った。

 カムリの水タバコはまだひとつも売れていなかった。

 こんなことがあろうか。もし売れなかったら、借金をしたことをかあさんになんて言ったらいいんだ。きっと、かあさんは悲しむ。

 言えない。お願いだ。売れてくれ。

 カムリは焦った。ぐるぐるとよぎる不安な気持ちと、現状への怒りが、カムリの鼓動を激しくさせていった。

 大丈夫、大丈夫。カムリは何度も自分のなかでつぶやいた。それでも、いっこうに売れない現状に苛立ち、行き交う人のささいな行動が気になった。

 例えば、さっきからうろうろと色んなものを見て回っている男。値段交渉に失敗すると舌打ちをしてまた次の店へを繰り返している。胸ぐらを掴んで、殴りつけてやりたいとカムリは思った。

 また、買い食いをしては食べ物が入っていた包みなどをその辺にぽいと捨てる男。拾いあげてその男の顔面に投げつけてやりたいとカムリは思った。


 あれから、声もだした。値段も下げた。

 なのにカムリの水タバコはまったく売れなかった。

 そろそろ、日が落ちる頃になっていた。

 もう、なにをしても売れる気がカムリにはしなかった。

 絶望感がカムリの胸の中を満たし、自分への嫌悪が頭の中いっぱいになっていた。

 なにもかもが嫌になり、死にたいとすらカムリは思っていた。


 それでも時は過ぎる。

 そろそろ、日は完全に落ち、通りが閉まってしまう。

 カムリは、ふらふらと売れ残った水タバコを風呂敷にまとめ、片付けをしていた。


 がっしゃあん!


 隣で大きな音がして、カムリは驚いて目をやった。

 おもちゃなどを売っていたおばあさんがブリキの箱に入っていたコマやら人形やらをぶちまけたのだ。ものはそこかしこに散らばり、おばあさんはわたわたとあわてて、うまく動かせないのであろう足をひょこひょこさせながらそれらを拾っていった。

 カムリは、自分の前に転がってきたものも、ちょっと先まで飛んでいったものも、丁寧に拾いあげておばあさんのところへ持っていった。

 おばあさんへ渡すと、自分はなにもネコババしてないことを示すように両手をひろげ、ポケットも全部ひっくり返して見せた。

「ありがとう。ありがとう。」

 おばあさんは、なんども、なんども繰り返し言った。

 いえと言いながらカムリは自分の帰り支度にもどり、それを終えるとおばあさんに会釈をして、その場を後にした。


 カムリは、不思議な気持ちだった。

 さっきまで胸の内を占めていた絶望感が少しやわらいだ気がしていた。


 通りの入口まで戻ると、ウネリが待っていた。

「やあ、どうだった。カムリ」

「いや、まったくだめだった。いかんなぁ、おれは。」

 カムリの顔はやわらかだった。

 ウネリは、かごからキャベツを取り出すとカムリに渡した。

「おいしいよ。うちの春キャベツは。カムリのかあさん、料理うまいからな。もっとうまくなるぞ。」

 ウネリのかごは、カムリにキャベツを渡してからっぽになった。

「やあ、ありがとう。腹がへった。さあ、帰ろう。」


 その晩、夕食の前にカムリは母に言った。

「すまない、かあさん。少し借金をしてしまった。ほんと、ばかげたことをしてしまったよ。すまない。」

 少し、母は黙ったがスープのはいった鍋を手に振り返り笑っていた。

「あらま。カムリはすぐなにかにあつくなるからねぇ。かあさんのお給料、少し出せるよ。後でわたすから、さ、ご飯食べよ。」

 カムリの母は、それ以上なにも聞かなかった。


 春キャベツのはいったスープがおいしくて、おいしくて、カムリは涙がでそうになった。

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