第7話 昨夜の森の影

突如とつじょ、数十メートル先のナヨ竹のしげみが爆散ばくさんした。

こちらへ来る。

ナリアさんが素早く駆け、叫ぶ。

「私が受ける!」

ぎりりと耳障りな音が前方から風に乗って届いた。焦げ臭いにおいはきっと枯れ草が焦げた匂いだろう。


先ほどより見通しがよくなった草原に見える二人の姿。相手の姿が、ナリアさんの影からであるが確認できる。


間違えようもない。

あの独特の藍色あいいろの髪、自分と相対するための唯一の剣法。うつろな目で叫んでいる。

「…どけ、女。…ライド!お前を殺す!俺の刃で!!」

不慣ふなれな太刀を握りなおしたところで、甲高かんだかい音がした。

「ライド君、あぶない!!」


ナリアさんのそばからこぼれたきらめきを必死で受け止めた。

「ここで何してるんだ」


それは、

「こっちの台詞セリフだ、レフト」

かつてのライバルと鍔迫り合いつばぜりあいになる。


「ちっとは信じた俺もバカだったな。壊滅状態かいめつじょうたいなのに平気でいるなんて下衆げすのやることだ。そうだろ、被疑者ひぎしゃライド。」


「…!?どういうことだ?」

「白々しい!裏切者のくせに!」



同時刻どうじこく。戦闘のはるか前方の森の中では奇妙きみょうな影が観戦かんせんしていた。

「面白いねぇ。ファンになっちゃおうかな…新しいおもちゃを手に入れたみたいにわくわくするよぉ。森の中で見つけてよかったぁ」

彼女がこう言っているのにはわけがある。



「ああ…いいにおいだねぇ…何の残り香のこりがだろうねぇ…」

暗い森の中。フクロウの歌う、昨夜さくやの事。そよ風のように宵闇よいやみ彷徨さまよう者がいた。


「つまらないね…うらみもつらみも何の役にも立ちゃしないよ…」

体をくねらせ、けむりのように木にまとわりついては、つまらなそうにれた木の葉このはむ。


「ううむ。今度は違う匂いだね…すぱいしーな香り…」

木の裏からしのびつつふわりと木を登り、長い髪をかき抱いて、けもの道をのぞき込む。

「あら」

そこへ一人の旅人が。黒い衣をまとい薄汚れた帽子を深くかぶった、これはまた奇妙な少年だ。


「あらあらあら…まあ」

サメのように旋回せんかいして、夜のような色の髪をながめながらつけていく。


振り返ろうともしない少年が気に入ったようで、大きな杉の木に腰かけてくつろいだ。

その狂気きょうきを観察するように。


そして何かに思い当たったようで、首をひねって何かを思案しあんする格好かっこうになった。

「なぁんだろうねぇ」

躊躇ためらいもなく森の闇に飛び降りた。


今度は旅人の前で後ろ歩きをしながら、旅人の顔をっつく真似まねをした。

ぽよん、ぽよんと弾力がある感触かんしょくを彼女はとらえた。二人の間に柔らかいかべがあるようだ。

「このへんてこりんな魔法!面白いわ、発動から時間がたってもこんなに定着してるなんて…」

観察に夢中な彼女がとうげを越えたときだった。

「あらま。あれはリリ様の転生体てんせいたい

それは、ナリアの住まいで眠る少女リリの事だ。


「いいことを思いついちゃった。ククク。楽しそう。イタズラしちゃお!」

後ろから旅人におそかる格好で彼女は旅人の頭に手をかざした。


「フフ…もーっと面白くなりそう」

そういって夜明けの光を浴びる寸前すんぜんに闇にけた。

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