第4話 秘密と見えないもの

少し遠くにある庭の門がキイと音を立てた。

庭木をかき分けて庭園へと入ってきたのは、見かけたことのある

女棒人間だった。少女を見て、女性は言った。

「ただいま、可愛い我が娘ミルトラス。ここにいたのね。

お土産を持ってきたわ」

明るく笑う、艶のある白系アッシュの髪をおさげにした女性。

確か…。

そうだ、ギートさんの部屋へ来ていたその人に間違いない。

…え、娘ってまさか、この女性がオーナーのナリアと言う人か!

娘の客人である僕を見つけて言った。

「あら、そちらはギートのお客様ね。この庭園はお気に召しました?」

僕は慌てつつも、頷いて言う。

「はい、ライドと言います。この庭園は凄いですね。

各地の花がこんなに集まった庭園は見たことがありません」

僕がキョロキョロと見渡しながら答え終えて、

リクセルのほうを見ると、ボールを自身の影に置いて、

オーナーの方からは見えにくくしている。

隠したいのは、ホテルの為だけじゃない、ということになるな。

リクセルはナリアと言う人の弟子ではないのだろうか?

…いやいや、他人の師弟事情なんて、首を突っ込まない方が良い。

僕の経験則上は。

リリちゃんは母親に甘えているのか、べったりだ。

ナリアさんが僕に向き直って言う。

「あなた、出身はここよりも西だと聞いたのだけれど、

どちらからいらしたのかよろしければ教えて下さる?」

旅人にじかにどこから来たのか尋ねるのは無礼に当たる。

礼を尽くして、遠回しに聞いてきたのだ。

…この母あって、この娘…か。

「僕の出身は、ツリーハウスタウンです」

リリちゃんを抱えたまま、椅子に腰かけるナリアさん。

振り返って、目を輝かせるリリちゃん。

師匠より頭が高いといけないと思ったリクセルは、

敷石の上に座り込み、側に控えた。

ボールをしっかり木の裏に隠してきたらしい。

ナリアさんが期待を込めて質問をしてきた。

「…サナスは元気でいるかしら?」

サナスは僕の養父の名だ。知り合いだったのか?

しかし、仮とはいえ親の名。僕の中に警戒心が生まれる。

「…僕が会った時は元気そうでしたよ」そう濁した。

僕の言葉にナリアさんがゆっくりと嬉しそうに答えて言う。

「…そう。…それはなによりだわ!」

リリちゃんと僕が飲み干したカップを持って、

リクセルは庭から退場した。

リリちゃんはナリアさんが持っていた紙袋を持って、

ナリアさんが入ってきた門へ消えた。

きっと、紙袋の中にはお菓子が入っているんだ。


二人になるのをを見計らってか、ナリアさんが切り出す。

「ところで、うちの娘や弟子が失礼しませんでしたか?」

な、なんていきなりの質問だ。答えかねてどもってしまう。

「え…イイエ」普通に聞こえてますように、と願ったが無駄だった。

「すみませんでした。怪我はありませんわね?痛くはない?」

ナリアさんにすごく慌てられてしまった。

「大丈夫ですよ」僕は額当てフェテルに手を当てて笑顔で言った。

「あの子たちは、私をびっくりさせたくって仕方がないみたいなの。

学問も遅れていないし、礼儀作法もできるので、なかなか

文句が言えなくって」

…そうだったのか。彼女たちは母親へのサプライズを

用意しようとしていたのか。

ターゲットに知られていては形無しだけれどね。


…チリン。この音は。また聞こえた。

庭に入ってからたびたび聞こえているのだが、何処から聞こえているのか?

「…どうかしましたか?」心配そうな顔をして、

ナリアさんが僕の顔を覗き込んでいる。

いつの間にか僕は、音の源を探してキョロキョロしていたらしい。

「…いえ。どこからかかすかに鈴が鳴るような音がしていて」

本当?と言って、目を閉じて音を探すナリアさん。

その間、一、二回聞こえていたが、ナリアさんには聞こえていなかったらしい。

「聞こえないわよ?どこからするの?」

「あっちの方です」

僕たちは音源を探すことにした。


僕が音を聞き逃さないようにして慎重に探すのを、

ナリアさんが足音を消して協力してくれている。

そよ風が頬をなでた後、近くでチリリンと鈴に似た音が聞こえた。

聞こえた方の背の高いひまわりの中へ、慎重に踏み込んだ。


庭の花壇の中へ踏み込んだことで怒られなかったことが、

後から思い返して不思議だったのだが…、それはまた別の話。


幾重にも重なる葉が日光を求めて上向きになっているひまわり畑だったが、

その中に下向きになっている不自然な葉がいくつか見られ、

それらが指す方向にぼんやりとした光があるのが見て取れた。

ひまわりがざざあっという音を立て風になびいたとき、チリンとはっきり聞こえた。

しかし、聞こえた場所には鈴などなかった。あるのは、

柔らかな光をたたえた一輪の花のつぼみだった。

丸く太ったようなそのつぼみは、朝顔のつぼみに似て異なるもののようだ。

踏み込んで来た道を、根元から摘み取ってきた花を持って引き返す。

花壇の外で待つナリアさんに見せるつもりでいた。

「…見せるには花壇の奥過ぎたので、摘み取ってきました」

「…?」戸惑って言葉もない様子のナリアさん。

どうして何も言わないのか。やっと出てきた言葉に僕も戸惑う。

「…何かを持っているの?」

彼女にはこれが見えていないのだ!

「…………」僕はただただ開いた口が塞がらないのだった。


僕はそっと持った花のつぼみを、自分より背の高いナリアさんに

提示した。


手を揺らして、間近で音を聞いてもらった。


軽いが、確かな重みがある花を、ナリアさんの両手に置いた。


伝わらないのか。どうしても。

僕は花をそっと持ち直して、座り込んでしまった。

いいや、足の力が抜けてしまったのだった。

ついには、涙が頬を伝う。

熱い雫が、

ひた、

ひたと

僕の掌を濡らしていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る