第3話 庭園の三人

外へ出るにはどうしたらいいんだろう、とロビーを見回す。

方向感覚はかろうじて失っていないので、一階のその方へ出られる

出口を探していたのだが、どうやら、この

関係者以外立ち入り禁止と、南東文字で書かれた看板の

向こう側らしい。扉の側に立っている警備員ににらまれている。


どうしても行けないかと思っていると、扉を開けて入ってきたのは、

窓から見た、あの二人に間違いない。

片方の背の高い少年は見たことがある。


警備員が二人に気付くと言った。

「リリお嬢様!どうされましたか」


リリお嬢様と呼ばれた小学生くらいの少女が、板についた

にこやかな態度で答える。

「この方が、お遊びのボールを持ってきて下さったの。

おつとめありがとう」


僕は慌てて会釈をした。

「リリさんのボールを拾いました。どうぞ」


リリという少女はボールを受け取り、また笑顔で言う。

「ありがとうございますっ!

あ、そうだ。あなたも遊びましょ!

…ええと、名前をお聞きしても?」

大人びた言い回しをする、と思いながら名乗る。

「ライドと呼んでください」

「分かったわ、ライド。行きましょ、お庭に連れて行ってあげる」

三人は一階南側、封鎖中の庭園に向かった。



ここでちょっと種明かしをしよう。

旅人に名前を訪ねていいか聞くのは、はっきり言って常識だ。

中には自らの名前が嫌いな人もいる。しかも、

生まれたときの名前や、十八歳の成人の儀式で貰う名前には、

特に信力リーブルという魔力の一種が集いやすかった。



庭園を横切るとき、鈴の鳴るような音が、

…チリン…チリン……と幽かに聞こえた。


こんな不思議な庭があるのか。



庭園の木陰にあるテーブルに集まった。

「今日は暑くなりそうですね。冷たい飲み物を用意しました」

例の見たことがある少年は、お盆の様な木を磨いた板に

ガラスのコップに入った飲み物を持ってきた。

彼が動くたびに氷が軽快な音を立てる。


「私、ライドさんの名前は聞いたけれど、

私はまだ名乗ってなかったわね」

斜め前に座った少女がこちらを見上げて言った。

「私はリリ。このホテルなどを経営、監督するグループのオーナー、

ナリアの娘。ちなみに名前は元始の魔導士に由来します」

と、言うことは本名だ。

ここまで知識を持ちながら本名を名乗るとはどういうことだ。


「初めてではありませんが…。リクセルと言います、

…昨日の今日で重ねて申し訳ありませんでした」

そうだ。彼は、昨日廊下でぶつかった人物であったのだ。


「改めて、よろしく。ライドと言います。

怪我はありませんから、心配はいりません」

お世辞だろうが何だろうが丁寧に返しておく。

後腐れを作りたくないのは、一般人も旅人も同じだ。

「リクセルさんはこのホテルの従業員ですか?」

オーナーの娘と行動を共にする、落ち着かない少年に、

当たり障りのない言葉を選んで質問する。

「いいえ。…オーナーナリアが旅人だったころからの弟子です

今は、このリリ様の家庭教師みたいなものですが」

彼は、十四歳だと言った。僕は十三。一歳上で家庭教師を務めるか。

自分にはない才能だと思う。


…そうそう見られないこの虹彩の色が気になって、嫉妬どころ

ではないが。

瞳の色が闇で染まっていないのは病気ではなく、

特殊な目の構造にあると聞く。


僕も、そういう目だ。


…彼はリリちゃんの後ろに立って、しきりに例のボールを

布でこすって磨いている。

「…どうして、そのボールが五階の部屋まで来たのです?」


これが本題だ。これを聞かなければ納得できない。


「っ!」リクセルの手が一瞬止まる。そしてまた、磨きだす。

リリちゃんは質問で返した。

「聞くことができたら、誰にも話しませんね?」

良い言い回しだ。

「はい。わざとでは無いようですし」もちろん、そのつもりです。

僕の言葉に答えたのはリクセル。

「では、簡潔に話しましょう。…原因は、リリ様の

サイコパワーによるボールの暴走と、私の監督不行き届きに

るものです。

ホテルへの風評被害には発展させたくない事案なのです。

どうか、内密にしていただきたい」



このころのサイコパワーはまだ未熟な面もあり、発展途上の、

危険のある力だった。



「…そうですか…サイコパワーであの出力は尋常ではないですが…」

そもそも、サイコパワーなんて麦藁一本を

手の上でくるくる回して浮かせる程度のものだ。


「リリ様には天性の才能がおありですから、未熟な内は

暴走してしまうでしょう。そして、その暴走をお止めするのが

私、リクセルだったという訳です」

なかなか消えないボールの焦げ跡と格闘しながらリクセルは言った。


ちらちらと時計を見ているのは、それだけ焦っている

ということだろうか。

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