幽霊ピアノ

つばめ

幽霊ピアノ

ある日、俺にある仕事が舞い込んだ。

オカルト雑誌を書いている会社に俺は務めているが、その仕事というのは、ある屋敷にあるピアノから、夜な夜なピアノのメロディが聴こえてくるという。

噂では、もしそのピアノがある部屋を覗いたら、あまりのおぞましさに二度と音楽を聴こうとすることが出来なくなるそうだ。

この手のネタは、ガセやいたずらが多い。

だがこのネタは、周辺地域にまるで水面に広がる波紋のように、瞬く間に広まったという。編集長は、俺が多少ピアノの心得があるというだけでその仕事に抜擢したのだが…俺はなぜか、この仕事になんとも言えないものを感じた。何と言うか…そう、惹かれる感じだ。自宅からもそう遠くない場所だ。

俺は二つ返事で仕事を受けた。



某県の某所。俺は深夜に例の洋風の屋敷の入口にいた。

屋敷の持ち主は、あっさりと取材を許可してくれた。

それどころか、数珠や線香。その他ありとあらゆる退魔用の道具をいただいた。

そんなものは持ってこなかったがな。

しかし入社3年目の俺だが、誇れるほどではないが数多くの現場をみた。

多くは何もなかったが、こいつは違う。

重々しい空気を放っている。

しかし、仕事は仕事だ。

俺は警戒しつつなかに入った。

古めかしい雰囲気。張り巡らされた蜘蛛の糸。カビの匂い。一歩いっぽ踏みしめる度に軋む床。

恐る恐る奥へ進む。

そして一番奥の部屋から、驚くべきことにピアノの音色が聞こえる。

明らかに素人ではない、とても完成された音色だ。

恐る恐る、その部屋の扉を開ける。

中は屋敷の他の部分とは違い、まるで新築同様の部屋だ。窓からは月光が優しく降り注いでいる。

そして、部屋の中心のピアノでは、白いワンピースを来たブロンドで長髪の女性が、そのピアノの弾いていた。

彼女は俺に気づくと、天使の様な微笑みを俺に向けてくれた。

だが、明らかに人間ではない。

なぜならその女性、生気が感じられないほど肌が白い上に、足が見えなくもないが透けていたからだ。

「うわあああああああああああ!」

明らかにこの部屋はこの世のものではない。

俺は大声をあげて、脱兎だっとの如く逃げた。

家に帰り、着替えて布団にくるまる。冷や汗が止まらない。ガクガクと身体がふるえる。そして、腰が抜けてしまっている。あの微笑みが忘れられない。もちろん恐怖でだ。

言うまでもないが、その夜は一睡たりともできなかった。

翌日、編集長には何もなかったと嘘をついた。

あんなところに行くぐらいなら、嘘がバレてクビになった方がましだ。

だがその深夜、夢を見た。

例の屋敷のあの部屋に似た、しかしあの屋敷とは違う部屋だ。

部屋の中心では、あの女性がピアノを弾いていた。

すると、部屋に唯一ある扉から、鎧を着た兵士が何人か押し込んできた。

兵士は訳のわからない言葉を発しながら、彼女の胸を、後ろから槍で刺した。

血がピアノにかかる。

そして俺の視野が真っ黒になった。

すると、微かに声が聴こえた。

「独りはいや…。寂しい…。怖い…」

そこで目は覚めた。

時計は12時を指している。

行かねば、あの屋敷に。

そんな衝動にかられ、俺はあの屋敷に向った。



例の屋敷の、例の部屋の前だ。

この間と同じように、だが弾いてる曲は違ったが、ピアノの音色が聴こえた。

俺は恐る恐る扉を開ける。

この間と同じように、彼女は俺に微笑んだ。

多少は恐怖を感じる。

だが、好奇心もいつの間にか俺の心に住み着いていた。

「まあ!やっと私の呼びかけにこたえてくれた!ささっ、入って入って!」

俺は身構えながら部屋に入った。

「そんな険しい顔をしないの」

彼女は俺の顔を軽く叩く。

「君は…いったい…」

「見ての通り、幽霊だけど?」

「君は、俺を呪ったりしないのかい?」

「なんでさー」

彼女はほおを膨らませた。

「せっかく来てくれたのに呪うなんて失礼じゃない。それに」

彼女はピアノの椅子に再び座った。

「私がここにとどまっているのは、ただピアノを弾きたいだけなのよ」

「天国にいけば、いくらでもピアノを弾けるだろ?」

「あーんなつまんないところ願い下げだよ!」

彼女はピアノを弾き始めた。

「なぜ君のピアノを聞くと、ピアノの音を聴きたくなくなるの?」

「さあ?あくまで私の予想だけど、たぶん私に驚いてトラウマになっちゃうんじゃないかな」

彼女は一音も間違えずに、俺の質問にこたえる。

「見事な音色だ」

「そうかしら?テキトーに弾いてるだけよ?」

テキトーだと!!

嘘だ。即興にしては完璧すぎる。だが、今まで聴いたことのない曲だ。

「おっと、そろそろ夜明けだよ」

「ああ、そうだな」

「また明日も来てくれる?」

「気が向いたらな」

そう言いながら、俺は屋敷を出て、帰路についた。


翌日の深夜。

「あーあ。結局また来ちまったよ」

俺はまた、屋敷にいた。

これで三日目だ。

そして俺は、あの部屋に入る。

「まあ、また来てくれたのね!嬉しい…。さあ、何を弾いて欲しい?」

俺はもう、彼女の音色に引き込まれてしまった。

それから毎晩、俺は屋敷に通いつめた。

だいたいは彼女のピアノに浸り、時にはピアノを教えてもらったりした。

驚いたことに、彼女はピアノに関する知識はそれほどなかったが、弾くセンスだけはプロ以上だ。

そして最近、新たな発見があった。

同僚が、俺から生気が抜けてるという。

実際に鏡を見たところ、自分でも驚くべきほどに白かった。だが、こいつは呪いとかそう言う霊的なものじゃない。

単なる寝不足だ。

となれば対策は簡単だ。

俺は有給休暇をとり、一日中寝込んだ。

その日の夜だ。

深夜12時、俺は突然目を覚ました。

寝起きとは思えぬくらい頭が冴えている。

が、体が動かない。

金縛りとはまた違う。

自分の体じゃないようだ。

すると不意に、目の前にあのピアノの幽霊が現れた。

彼女はすぅと俺の中に入る。するとどうだろうか、なんと手足が勝手に動いている。

いや、動かされているというのが正しい。

俺はそのまま服を着替えさせられ、そのままあの屋敷のあの部屋に連れてこられた。

あの部屋に入るや否や彼女は俺の体からでた。

「ごめんなさい。手荒な真似をして…。どうしても来て欲しくて」

「どうしてだ?」

「実は私、まだあなたに打ち明けてないことがあるの…」

「打ち明けてないこと?」

「うん…それはね…」

彼女はピアノに座ると、静かな曲を弾き始めた。

「私の死因」

「君の…死因」

「そう」

ピアノの曲調は優雅なものに変わっていく。

「私はね?生きてる頃はとある国の姫だったの」

「姫?」

「そう。けど、おとぎ話のようなお姫様じゃない。ピアノが置いてあった部屋に、私は閉じ込められてたの」

「なぜ?」

「良くわかんない。父上は大事だからーとか言ってたけど、ホントはきっと権力のためよ」

「それで?」

「ある日、外が騒がしくなったの」

ピアノの曲調は、だんだんと激しいものに変わっていく。

「その日のことは、今でも覚えてる。私はねその日も閉じ込められてた。人っ子ひとり来ない部屋。寂しかった。死にたいくらいに。でも、そんな日々も終わりを迎えるかと、そう思った。私はいつものようにピアノを弾いていた。私の存在を知って欲しくて…。そしてついに、部屋のドアが開いた!やっと自由になれる!そう思った。けど、ちがかった。部屋を開けたのは兵士。クーデターだったのよ。私はそれでもピアノを弾き続けた。そして」

「そして…?」

「この胸を、槍が貫いた…」

ピアノの音が突然とまる。

「こんな理不尽な人生を強いられて、悔しくて悔しくて…。私の時は、止まったの…」

「そう…か…」

何も言えなかった。

いや、俺には口を挟む資格すら無かった。

俺は、嫌な仕事ですらこの上ない不幸と感じていたからだ。

だが、彼女の人生はどうだ?自由をしらず、ただかごの中の鳥のような生活を送り、クーデターによって死んだ…。

俺には、この話は重過ぎたのだ。

「あのね?」

彼女が話し出す。

「聴いて欲しい曲があるの」

彼女はピアノに再び指をかけた。

「私はこのピアノとともに、様々な世界を渡り歩いた。そうしていろんな音楽に出会った。ジャズ、ポップス、ロック、そしてクラシック。その中でも一番好きな曲。ショパンの革命のエチュード」

彼女は話しきると、早速弾き始めた。

流れるところは、まるで清流のようにながれ、激しいところは、まるで稲妻のような激しさをもっていた。

弾き終わるや否や、彼女は椅子から落ちた。

胸からは大量の血が流れている。

「これで…永久の苦しみも終わる…」

「おい…大丈夫か!?」

「止まっていた時が…再び動き出す…ごほっ!」

彼女は口から大量の血を吐いた。

「悲しまないで…時は…再びワタシたちを…巡り合わせてくれるから…」

彼女の姿が、薄くなっていく。

「泣かないで…。直ぐにあえるから…。今は…サヨナラ…」

ついに彼女は消えてしまった。

気がつくと、あたりはさっきの綺麗な部屋とは違う。

壁は破れ、窓ガラスは割れている。

ただ一つ、ピアノだけは新品のような輝きを放っている。鍵盤にこびりついた、血痕を除いては…。

俺はしばらく放心し、帰路についた。



数日後、あの屋敷の所有者から電話があった。

なんでもあれからピアノの音が聞こえなくなったとか。

お礼がしたいと言うことなので、俺はあのピアノを譲ってもらうことにした。

また会えるってあいつが言ってたし、分かり易いようにこのピアノを家に置いておくのも悪くない。

そしてあのピアノを、ちょうど空いていた部屋に置いた。もちろん、防音対策も完璧だ。

あれから毎日、俺はとある曲を練習している。その曲はもちろん、ショパンの革命のエチュードだ。

















ある日のことだ。

この日は仕事が長引いて、深夜帰りだった。

玄関にたったその時だ。

ピアノのある部屋からピアノの音色がする。

この曲は…革命のエチュードだな。

靴を脱ぎ捨て、急いでピアノのある部屋に向かう。

そこには…

「やあ、久しぶり!」

「ずいぶん待ったよ」

「寂しかった?」

「ああ…」

「ごめんね?」

「いいさ、こうして君が戻ってきてくれたことだし…」

「あれ?泣いてるの?」

「泣いてねぇし!目にごみが入っただけだし!」

「ふふふ、ねえ」

「ん?」

「どんな曲聴きたい?」

「そうだなー」

「うんうん」

「革命のエチュードで」

「りょうかいしましたー」

久々に聴く彼女の音色は、実に心地よかった。

彼女のはやはり、俺の最高の人だ。

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