第32話

 ――まさか、ヴリトランですかな!?


 ダフニはルキの言葉に耳を疑った。その名前は現在知られている精霊の中でも最上位に位置する伝説級レジェンダリーランクの精霊の名前と一致していた。


 ルキは恍惚とした表情で頭上に現れた精霊に向けて手を差し伸べていてこちらの様子を全く見る様子はなかった。


 「クロエ、イリス、すぐに皆を連れてここから逃げるですな!」


 そう叫ぶや否や、ダフニはルキに向かって4つのレールガンを全て発射した。


 SHOOP SHOOP SHOOP SHOOP


 弾丸のコースから直撃すればルキは死んでしまうと思ったが、伝説級レジェンダリーランク精霊の無差別攻撃を未然に防ぐにはそれくらいのことをしなければいけないと躊躇している余裕はなかった。


 ZDGUNN ZDGUNNNN ZDGUNNNNNN


 しかし、そんな心配をしている余裕は始めからなかった。発射された弾丸は空から降り注いだ光の矢によって全て蒸発してしまったからだ。しかもそのうちの1本の矢はまっすぐにダフニに向かってきていた。


 「ダフニ様!」


 クロエが叫んだ瞬間、ダフニは自動回避の発動で辛うじて直撃は回避していたが、光の矢の速さが速すぎるため回避が完全には間に合わず右手が肩から千切れてなくなっていた。もちろん、それは自動回復によって1秒も待たずにきれいに元に戻ったのだが。


 ――やばいですな。なんて威力と速度ですかな。


 光の矢の直撃を受けた大理石の床は完全に粉々になり吹き飛ばされその下の地面まで深くえぐれていた。ランタンや超合金の攻撃と比較してもその威力は桁が違っていた。しかもその速度。今回はかすったのが腕だったからよかったが、これが頭や胸だったら今頃生きてはいなかっただろう。


 ――しかも、自動回避の間合いはもう読まれているのですな。次はないのですな。


 ダフニは急いで自動回避のプログラムを呼び出して修正をした。


Dodge-Magic-Auto

> import System.Random

> import System.Random.Shuffle

> main = let loop = do_wait >> do_move >> loop

>    in loop

>  where

>   do_wait = do

>    me <- locate "私"

>    is_timeout <- callWait 1 $ do

>     for me "攻撃魔法を発動される"

>     returning False

>     or

>     timeout 3600

>     returning True

>    if is_timeout then do_wait else return

>   move_target direction distance =

>    direction ++ "へ" ++ show distance ++ "メートル"

>   do_move = do

>    [l0, l1, l2, l3, l4, l5] <-

>     sequence . replicate 4 $ getStdRandom (randomR (0.0,4.0))

>    [here, rignt0, right1, left0, left1, up0, up1] <-

>     mapM locate ["ここ",

>           move_target "射線右" $ l0 + 3.0,

>           move_target "射線右" $ l1 + 3.0,

>           move_target "射線左" $ l2 + 3.0,

>           move_target "射線左" $ l3 + 3.0,

>           move_target "上" $ l4 + 5.0,

>           move_target "上" $ l5 + 5.0]

>    places <- shuffleM [right0, right1, left0, left1] >>=

>         return . (++ [up0, up1])

>    is_cleared <- mapM (check_cleared here) places

>    case [x | x, c <- map places is_cleared, c] of

>     [] -> return

>     place:_ -> callMove 2 $ to place

>   check_cleared here there =

>     return . (all cleared) =<< lineArea here there

>    where

>     cleared v = consistOf "空気" v


 今度のバージョンは移動距離を乱数で指定するようにした。本当は方向もランダムにしたかったがその修正には時間が足りないのでせめて距離だけでも変化させたのだ。


 ZDGUNN ZDGUNN ZDGUNN


 プログラムの修正が完了したとたんにまた光の矢が降ってきた。間一髪でプログラムを切り替えて攻撃を回避したところ、案の定測ったように左右5メートルに所に光の矢が着弾したが、プログラムの修正のおかげでダフニは直撃を免れた。


 ――死ぬかと思ったですな!


 その後、ダフニはクロエ達が逃げる時間を稼ぐため果敢に攻撃を続けた。レールガンだけでなく様々な攻撃呪文を試してみたが、結果は全て同じで光の矢に攻撃が掻き消されるか、あるいは魔法発動前にルキの攻撃が先に届いて魔法がキャンセルされてしまうかのどちらかだった。


 ルキが契約したイルカの精霊は頭上にぷかぷかと浮いて金色の尻尾をふりふりしてダフニの苦戦を見下ろしていた。その間ルキの体からイルカに向けて大量の魔力が吸い上げられているのが見えていたが、そのペースはかなり大飯食らいのリピカが霞むほどのハイペースな食べっぷりであった。


 ――ん、あれは何ですかな?


 何度目かの攻撃の後、ダフニはふと違和感を感じてルキの体を少し注意深く観察した。ルキの手が始めの時より短いような気がしたのだが、実際注意深く見て見ると手首から先が消えてなくなっていた。


 「ルキお兄さま、手が」

 「あら、もう壊れてきちゃった」

 「カーリ、お主何を言っているですかな!?」

 「君がいなきゃもうちょっと時間をかけて魔力を体に慣らしていくつもりだったけど、まあこれも運命かもね」

 「質問に答えるですな!」

 「ルキはね、急に魔力を使いすぎたせいで体が崩壊してるんだよ」


 カーリの言葉にはっとしてもう一度ルキを見ると、崩れかかっているのは手だけでなく、体中のあちこちが欠けたり崩れたりし始めていた。しかし、その状態になってもルキの戦意に変わりはないようだ。


 「ルキお兄さま、もうやめるですな。そのままでは死んでしまうですな」


 ダフニは叫んだが、ルキはまるで言葉が聞こえていないようだった。体の表面だけでなく脳神経の方にも問題が出ているのかもしれない。


 「ダフニ様」


 クロエの声に我に返って周りを見るとどうやら全員脱出できたようだ。


 「クロエも早く逃げ……」


 そう言いかけたとき、再びルキの光の矢がダフニに向かって放たれた。即座に自動回避が発動してダフニは無傷で回避したが、今回はたまたまその射線上にクロエが立っていた。


 「クロエッ!」


 光の矢が直撃するかと思われた瞬間、横合いからイリスの手が伸びてクロエを突き飛ばした。


 ZDGUNNNN


 「ッッッアアアアア」

 「イリス様!!」


 そのまま光の矢はクロエとイリスの間を通過し、イリスの両腕と右肩をごっそりとえぐりとって行った。切れた動脈からは血がどくどくと流れ、肩のけがは肺にまで達していると見られ、間違いなく致命傷だった。


 「イリス! しっかりするですな、イリス!」

 「……」


 ダフニが駆け寄ってイリスに呼びかけるが、イリスは意識がなく呼び掛けに全く反応しなかった。


 その後ろでは、ルキが人知れず地に倒れ息を引き取っていた。急激な魔力の消費の副作用によって身体の崩壊が限度を超えたためだった。本来ならもう少し前に限界が来ていたはずだが、ここまでそれを支えたのは土壇場で計画をつぶされたダフニに対する恨みだったのかもしれない。


 「あーあ、死んじゃった」


 その横でカーリは冷徹な表情でルキを見下しながらそう言った。ルキが死んだことで解放されたアニマの一部を取り込んでいるのだ。これまで何人も人を殺してきたのでルキのアニマは大量に集まっていた。それこそ伝説級レジェンダリーランク精霊と契約できるくらいには。カーリはそのアニマを最大限まで回収していた。


 「さて、この辺が潮時かな。もうちょっと稼げると思ってたんだけど、案外うまくいかないものだね。それじゃ、聞いてないと思うけど、いつか会うことがあったらその時はまたよろしくね」


 ダフニの背中に別れの言葉を告げると、カーリは音もなくその姿を掻き消すようにいなくなった。その様子を見ていたのは陰に潜むダフニの精霊のリピカだけだった。


 「リピカッ」

 「何さ?」


 ダフニが呼ぶとリピカはさっと姿を現した。


 「イリスのこと、力を貸すですな」

 「もちろんいいよ。だけど、何をキーにするつもりだい?」


 イリスのことでリピカが助けられることと言えば、イリスが元気だった時の姿を思い出してそれを復元に使うということだということはすぐに分かった。しかし、クロエと違ってイリスには都合よく名前付けられた出来事がない。


 「リピカ、お主の能力はインデックスアクセスだけですかな? シーケンシャルアクセスも可能なのではないですかな?」

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