第31話

 「にんにん。そんな力ではそよ風に当たっているようなものでござる」

 「……」


 ランタンと超合金の相撲は熾烈を極めていた。ランタンは軽口を叩いて超合金を挑発するが、その表情は真剣そのもの。対する超合金は顔色も変わらず声も出さないが、やはり死力を尽くしているのか公爵の魔法はいまだに止まったままだった。


 「すごいじゃん、リピカの契約者さん。ダフニさんだっけ?」


 突然、ルキの側に立ってそれまで一言も話さなかった謎の人物が口を開いた。何の面識もないはずの人がリピカのことまでも知っているという事実にダフニは警戒を強めた。


 「お主は何者ですかな?」

 「失礼。俺はカーリ。この地に破壊と再生をもたらす者だよ」


 話しかけられてようやく気付いたのだが、このカーリと言う人物は人間ではなかった。エーテル界にのみ存在して物質界に肉体を持っていなかったのだ。


 「君は面白いね。俺が見える人間ってだけでも珍しいのに、さらに神話級ミシックランクの精霊と契約して希少級レアランクの精霊と契約なしに交流してる。それに、その魔法様式は初めて見るタイプだね」

 「お主がルキお兄さまやマルクお兄さまをあんな風にしたですかな?」

 「んー、そうとも言えるし、そうじゃないとも言える」

 「どういうことですかな」

 「彼らの変化は彼らが望んだことだ。俺はそれをちょっと後押ししてやっただけだよ」


 カーリが話している間、ルキはそのそばで静かに話を聞いていた。その姿は主に使える従者のようで、そこには主従関係が成立していることがうかがわれた。


 「あれはデモンだよ」


 リピカがダフニの耳元でそうつぶやいた。


 「デーモンですかな?」


 デモンあるいはデーモンと言えば一般的には悪魔のことだ。しかし、コンピューターの世界ではシステムプログラムのことを指し、その語源はギリシャ神話に下位の神々を指す言葉だった。


 「他人の魔力を横取りして生きてるだけのつまんない連中さ」

 「あいつがルキお兄さまたちをおかしくさせたのですかな」

 「多分、そうなんじゃない?」

 「だったら許せないですな」


 リピカの話を聞いてダフニはカーリを睨んだが、カーリはそんなことは意にも介さない様子で陽気に話しかけてきた。


 「ところでさ、君のその魔力って一体どこで手に入れたんだい?」

 「何のことですかな?」

 「あら、自分じゃ気づいてないのか。じゃあ、そっちの精霊なら何か知ってるかな?」

 「デモンと話す気はないね」

 「つれないなぁ」


 リピカはそう言うとまたどこかへすっと隠れてしまった。


 「お主、ルキお兄さまを元に戻すですな」

 「どうして?」

 「こんな風に人を殺すなんて狂っているからですな。公爵もマルクお兄さまもみんなおかしくなっているですな」

 「何を言うかと思えば。人間は人間を殺すのが大好きな生き物じゃないか」

 「な、何を馬鹿なことを言っているですかな!」

 「だってそうだろう? なにせ人間を殺すのが魔力を増やす一番手っ取り早い方法だからね」

 「何の話ですかな……!?」

 「もう一回聞くけど、君のその魔力、一体どこで手に入れたんだい?」


 カーリは同じ質問をもう一度繰り返したが、2度目の質問は1度目の質問とは違う重みがあった。


 ――人を殺すと魔力が増えるとはどういうことですな!? 私の魔力は誰かを殺して得たものだと言うですかな。


 一般に精霊契約すると保有魔力の半分くらいは契約した精霊に取られると言われているが、ダフニはそれを知識として知っているだけで体感したことは一度もなかった。これまでどれだけ魔法を使っても魔力切れを起こしたことがなかったからだ。


 そのことについてダフニは疑問に思ってはいなかったが、カーリの話を聞いた後はそれが重大な意味を持つことのような気がしてきた。


 「私は魔力のために人を殺したりしないですな」

 「君の魔力を手に入れるは少なくても300人くらいの生贄が必要だよ。その歳でたった一人でそんなに殺したなんてその歳でとんだ殺人狂だね」

 「殺してないですな!」


 そう叫んだ瞬間、ある光景が脳裏に浮かんだ。藤沢奈都としての最後の記憶。墜落する飛行機の中の絶望的な一コマ。あの時の大量の死がダフニの中に魔力として残っている可能性はあるのか?


 「そんなムキになって否定しなくていいんだよ。俺は別に君を非難したいわけじゃない。むしろ称賛しているんだからね」


 そう言ってカーリはダフニに近づいて肩に手を乗せてきた。ダフニは苛立ち紛れにその手を強く払いのけたが、逆に腕を掴まれて引き寄せられてしまった。


 「君は自分のことをもっとよく知った方がいいんじゃないかな」

 「……何を……したですかな」

 「君が素直になれるように少しね」


 ――く、目の前がぐるぐるするですな。体の力が抜けるですな。


 ダフニの視界でカーリが離れていく様子が見えたが、それを追うことも引き止めることもできず、ただ膝をついて背中を眺めることしかできなかった。


 「……う、うぅ……う……」

 「ダフニ様っ!」


 明らかに様子のおかしくなったダフニを見て、クロエが駆け寄ろうとするが側にいるイリスに押し留められた。もっとも、もはやダフニにはそんなことに気づくだけの余裕も失われていたのだが。


 「う……うぁ……ぁ……もっ…………もぅっ……もうユニットテストは書きたくないですな!!」


 しばらく床に膝をついて苦しんだ後、突然ダフニはそれまでの苦しみが嘘だったかのように立ち上がって叫び始めた。


 「C++しーぷらは最悪の言語ですな。コードレビューも面倒ですな。スタイルガイドとかいらないですな。コメント書けとかうるさいですな。でも他人が書いたコードは読みやすくメンテしておいてほしいですな。ドキュメントは誰か他の人が書いてほしいですな。古いドキュメントを放置しないでほしいですな。読んだ後に気づくとか最悪ですな。でも私はドキュメントの書き直しとかしたくないですな」


 ――一体、私はどうしたですかな? どうしてこんなことを叫んでるですかな?


 「ふふ、君が今しゃべっているのは心の奥にある願望なんだよ。……なんだか、君はちょっと複雑な願望を持っているみたいだね?」


 ――意志とは無関係に口が動くですな。まるでコンピューターウィルスに感染してしまったみたいですな。


 「作りたいものだけを好き勝手に作りたいですな。偉い人の説得はPMプロジェクトマネージャーがやればいいのですな。1日中プログラムだけ書いていたいですな。つまり、身分保障があって責任がなくてプログラムを好き勝手書ける今の環境は最高なのですな!!!」

 「…………」

 「…………」

 「…………」

 「…………あと、お腹いっぱいケーキを食べたいですな。ダイエットしても痩せるのは胸ばかりなのですな…………」


 何か心の中に大きな達成感を感じたダフニは、一気にしゃべって乱れた息を整えながら周りを見て、全員がぽかんとした様子でダフニを見ていることに気づいて自分のしゃべった内容を思い出し恥ずかしくなった。


 「あー、C++もいい言語だと思うですな。ある意味ではですな」

 「君には人並みの物欲や権力欲はないのかい?」

 「……偉くなっても面倒しかないですな。そういうことは偉い人に押し付けるのがライフハックですな(どや」

 「……君とは友達になれるかと思ったのに、どうやら君は俺が見込んだのとは違う人間だったみたいだね」


 急にカーリの態度が変わったと思ったら、ルキの下へと歩み寄って話しかけた。


 「ルキ、この男、殺しちゃいなよ」


 そうしてカーリは公爵の方を指さした。公爵は魔法が使えなくなったショックからまだ立ち直っていないようだった。使えない呪文をいつまでも繰り返している様子は正常な思考能力を保っているようには見えなかった。


 「ま、待つですな」


 ダフニはカーリとルキと公爵の間のただならぬ雰囲気に不安を感じて慌てて止めようとしたが、それより早くルキの魔法が公爵の胸を貫いた。


 くずおれる公爵を呆然と見るダフニだったが、すぐに公爵の体に異変が生じるのに気づいた。もやっとした霧状のものが体から立ち上がるとその一部がルキの体に吸収され、さらにその10分の1くらいはカーリにも吸収された。残りはほとんど大気中に四散していったが、その場にいる人全員もほんのわずかな量は吸収したようだ。


 ――あれは魔力ですかな?


 いつも見るタブレット状のものとは違う不定形の何かは魔力というよりも魔力のもとあるいはアニマ生命力と言う方が適切なのかもしれないとダフニは考えた。カーリが言っていた人を殺すと魔力が増えるというのはこの現象を指すのかもしれない。経験値的なものだろうか。


 ――あれが私の中にもあるですかな?


 エーテル界はいくつものチャネルに分かれている。その数は無限で未使用のものも多くあり、エーテル知覚を得たダフニも全てが見えているわけではない。だが、そこに存在すると知っているものを見ることはそれほど難しくはなかった。


 周囲の人を見てアニマの見えるチャネルを探し、その所在を確かめてみると体の中心部分にさっきの霧状のものが集まっているのが見えた。人によって濃さが違うが、それが魔力の強さに反映しているのだろうか。他の人々に比べてルキやカーリのアニマはかなり濃く、ダフニにはそれが光を持っているように感じられた。


 自分のはどうなっているのかとダフニが視線を下げて見ると、ルキとは比較にならないほど強い光を放っていることが見て取れた。


 ――もしかして精霊たちはこの光を目印に集まってくるですかな。


 精霊のことを思い出して視線を上げると、いつの間にかランタンと超合金の戦いにも決着がついていたようだ。何が起きたのかよく分からないが、どうも戦いの後に友情が生まれたようでハグをして健闘を称えあっている風だった。


 「ダフニうじ、拙者これからデスパールうじとどろんさせていただくでござる」


 ダフニの視線に気づいたランタンがそんなことを言ったかと思うと肩を組んだ超合金と本当にどろんと消えてしまった。あの雰囲気では日本ならこの後駅前の居酒屋で酒でも飲み明かしそうなところだ。


 ――あの超合金はデスパールという名前だったですな。


 「来たか」


 ルキが呟いた言葉に我に返ったダフニはルキの頭上に現れた精霊の姿に目を奪われた。それは青い色のイルカで尻尾の部分だけ金色に輝いていた。


 ――カイ君ですな!


 「ヴリトランよ」

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