第14話

 「遅いぞ。復帰初日から遅刻か、ダフニ」


 教室のドアを開けるなり高圧的な態度で声をかけてきたのは案の定マルクだった。だが、マルクの言い分はどうにもおかしかった。


 「まだ始業まで5分あるですな」

 「このクラスは始業10分前に集合と決まっている」

 「そんなルールはないですな」

 「お前がいない間に決まったのだ」

 「そんなの分かるわけないですな」


 身勝手な言い分にダフニはいつものように突っかかるが、マルクはいつになく余裕の表情を見せていた。


 「お前もだ、イリス」

 「はいはい」


 イリスの方はいつものことなのか嫌そうに顔をしかめて教室の中へと入っていった。しかしマルクはわざわざそれを呼び止めて文句を付けた。


 「いい加減俺に負けたことを認めたらどうだ?」

 「私がいつ負けたっていうの?」

 「俺はもう精霊契約をした。お前はまだだ。そういうことだろう?」

 「それなら上級に行けばいいでしょ。焦って契約して外れでも引いたんじゃないの?」

 「侮辱する気か!」


 元々険悪だった2人の雰囲気がさらに険悪さを増してきてもはや一触即発という感じになってきたところへ、空気を読まないことでは定評のあるダフニが早速割り込んだ。


 「お、マルクお兄さま契約したのですな。どんな精霊ですかな?」

 「役に立たない精霊と契約したお前と俺を一緒にするな」

 「リピカは役に立つですな。試験の時とかですな」

 「少なくともダフニの目は精霊のおかげで見えるようになったわ」


 ダフニに対する意外な援護射撃はイリスのものだった。ダフニがイリスに笑顔を向けると、イリスはふんと鼻を鳴らして横を向いてしまったが。


 それにしても、契約をしたというマルクの精霊の姿がどこにも見当たらないのはどういうことだろうとダフニは考えていた。精霊契約をするほどの精霊ならそれなりに珍しくて目立つと思うのだけれど。


 「それも実際どのくらい見えているのか疑問だな」

 「むしろ前より目がよくなったくらいですな」


 その言葉を聞いてマルクはにやりと歯をむき出して嘲笑するような態度をとった。


 「なら確かめてやろう」

 「何をですかな?」

 「お前の目と、精霊の力の両方だよ」

 「ふむ。どうするですかな?」

 「試合だ」


 ということで、ダフニとマルクの試合が決まった。試合の形式はイリスとクロエの時と同様に頭の上の風船を割るというものだが、ハンディキャップはなしとなった。


 「この試合でお前が負けたらお前は俺の言うことに絶対服従だ。いいな」

 「ふむ。それなら私が勝ったらお主はクラスの中であまり威張り散らさないようにするですな」

 「ふふ。この俺に勝てると思っているのか」


 自信満々なマルクの様子を呆れた様子で一瞥したイリスがダフニに寄ってきてささやいた。


 「大丈夫なの?」

 「問題ないですな」


 なおも何か言いたげなイリスが疑わしげにクロエを見るが、クロエも自信を持って頷いているのを見て何も言わず戻っていった。


 試合はその日授業が全て終わってから行われることになった。


 マルクが何の精霊と契約したのかは試合直前になっても分からなかった。マルクがそのことを自分から話すことはなく、周辺を探してみてもそれらしい精霊は見当たらなかったのだ。


 試合の審判はイリスが担当した。


 「準備はいい?」

 「もちろんだ」

 「よいですな」

 「では、始め!」

 「誓約にて共にする精霊に請い願い奉る」


 開始直後にマルクは呪文を唱え始めた。ダフニは無詠唱だからいちいち唱えなくてもいいが、今回は魔法を発動せずに様子見をすることにした。マルクが魔法を発動すれば精霊が姿を現すと思ったからだ。


 「我、汝に一つの求めあり。眼前の敵に向かい土礫つちつぶての回廊を作りたまへ。コール」


 ――マルクお兄さまはあれと契約したですかな!?


 現れたのはタケノコだった。わりとあちこちで見かける地面から飛び出してきて跳ねまわるにぎやかなやつだ。


 ――なんと残念なのですかな。タケノコはわざわざ契約しなくてもどこにでもいるですな。精霊殿なら他にもいろいろ精霊はいたはずなのにですな。


 竹細工の銃をダフニに向けたタケノコが引き金を引くとダフニに向かって硬い土の塊が飛んできた。だが、銃を構えるところから見えているダフニには射線を避けることは造作もなかった。タケノコは動作がとろいのだ。


 「コール」


 精霊魔法の便利なところは、対象を変更しない場合2回目以降の発動は呪文を省略できるという点だった。この時、精霊は一度生成した銃をそのまま連続で使うので、呪文の短さと合わせて連射速度がかなり上がる。


 ――と言っても避けられないほど速くはないのですな。


 まるで幼児を相手にするようにすいすいと土礫を避けてマルクに近づいてい行くダフニだった。いや、ダフニが近づいていたのはマルクではなくタケノコの方だった。


 「これは何ですかな?」


 タケノコの側まで来るとダフニは手に魔力のサプリを何個か体から出してタケノコに見えるように差し出して見せた。言葉は通じないがタケノコは食い入るように覗き込んできた。


 「リピカ、お主は見なくていいですな」

 「べ、別に僕は見てなんかいないよ」

 「タケノコ君、いいですかな。さあ、取ってくるですな!」


 タケノコの視線が魔力のサプリに釘付けになっているのを確認して、ダフニはそれを遠くへ放り投げた。慌ててタケノコがその後を追いかけ、空中で散らばった魔力を残さず拾おうとぴょんぴょんと跳ねていった。下級精霊は思考が単純なのでこういう手にすぐに引っかかる。


 ――リピカ、お主がなぜうずうずするですかな。


 「コール」


 マルクがまた呪文を唱えたが、精霊が遠くに行ってしまったので魔法は発動しなかった。


 「コール。コール」

 「無駄ですな。精霊は今、留守ですな」

 「っ、お前、何をした!」


 それに答える代わりにダフニが手をかざすとそよ風が一吹きしてマルクの頭上の風船がはじけた。無詠唱でかまいたちを起こして風船に穴をあけたのだ。


 「勝者、ダフニ」


 即座にイリスが手を挙げて試合終了とダフニの勝利を宣言した。


 「お前、一体何をしたんだ!」


 マルクが今にも掴み掛からんばかりの勢いでダフニに詰め寄ってくる。襟元を掴もうとした手を横からイリスが掴み上げた。


 「見苦しいわよ」

 「うるさい。手を離せ、無礼者」

 「大したことをしたわけではないですな。魔力のサプリを投げてタケノコの精霊に取りに行かせただけですな」

 「お前は何を言っているんだ!?」

 「お、ちょうどタケノコ君が帰ってきたですな」


 話をしているとさっき魔力を取りに跳ねて行ったタケノコがまた跳ねて帰ってきた。満足げなタケノコの表情を見て、リピカが何を思ったのかダフニから魔力を次々と引き出してやけ食いを始めた。ダフニが見ると顔を背けるので何か拗ねているようだ。


 「ダフニ様は精霊が見えるようになったのです。それでマルク様の精霊を一時的にどこかに追い出したのだと思います」

 「もうタケノコ君が帰ってきたからマルクお兄さまの魔法も使えるですな」


 イリスとマルクはまだ今一つ信用していないようだったが、マルクが精霊魔法を使うと今度は普通に発動できたので不承不承に引き下がった。


 「ねえ、マルクの精霊ってタケノコなの?」


 イリスがそっと近づいてきてひそひそ声で話しかけてきた。


 「そうですな。今もこの辺を跳ねているですな」

 「それって珍しいの?」

 「珍しくはないですな。どこにでもいるですな」

 「ふーん」


 そう言って何かを納得したようにうなずくイリスの表情は嗜虐的な笑みに彩られていた。

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