第12話

 その後、ダフニは様々なことを試してみた。四則演算はもちろんのこと、プログラムを実行したり魔法を発動してみたりした。その結果、興味深いことが分かってきた。


 まず、光の明滅は数字だけでなく文字でも反応があるということだった。文字のパターンを把握するのは数字より時間はかかったもののパンチカードの類推で把握できた。


 また、新たな光点を自分の意志で作ることもでき、明滅させたり動かしたりすることも可能だった。最初は少しの間明滅させたり動かしたりするだけでも大変な集中力が必要で終わった後はぐったりしていたが、だんだん簡単に操作することができるようになってきた。


 さらに、魔法を使うとき呪文を詠唱する代わりに光点の明滅で呪文を表す文字列を作ってやることでも魔法を発現することができることも分かった。


  ――これは確かに興味深い現象ですな。しかし、これだけでは大した役にも立たないですな。何か他に使い道はないですかな?


 謎の現象についてクロエにも詳細を話して図書館でいろいろ調べてもらっているが未だ手がかりになるような記述は見つけられなかった。尤もこの現象が魔法使いが盲目にならなければ見つけられないとすれば、文献に残っている可能性は低いだろう。


 やはりダフニが自らこの謎現象を解き明かす他はないに違いないと朝から晩まで光点と格闘する日々が続いた。そんなある日、ふとこれまでにない現象が起きていることに気が付いた。


 ――おかしいですな。やはり勝手に動く点があるですな。


 これまで光点は計算やプログラムの結果かもしくはダフニ自身の意志に従って動いたり明滅したりしていたと思いこんでいたのだが、実際には時々そういうものとは無関係に動いたり明滅したりする光点が混ざっていることがあるのだ。


 最初は何かしらの法則に従って規則的に動くものが一見するとランダムに見えているだけなのではないかと様々な条件を仮定して実験してみたがどうしても意味のある規則を見つけることはできなかった。むしろ調べれば調べるほどその後ろには単なる法則を超えた複雑な系、ある種の人工知能のようなものがあるのではないかという疑念が湧きあがってきた。


 ――試してみるですな。


 この自由に動く光点の背後に知能のあるものが存在するなら、計算のような単純な応答だけじゃなくてもっと複雑な「会話」が可能であってもおかしくない。そう考えたダフニはその仮説を検証してみることにした。


 会話の手段には無詠唱呪文の発動の時のように文章を念じてもよかったのだが、計算式や単純なプログラムとは違って呪文は安定して発現できるようになるまで練習が必要なことが多いことを考え、パンチカード方式で文字を入力することにした。


 『私 ダフニ お主 誰?』


 すると予想通りダフニの意志とは無関係に光点が出現して明滅を始めた。はやる心を抑えながらその明滅パターンを解読するとある言葉が読み取れた。


 『リ ピ カ』


 その名には確かに聞き覚えがあった。というより、忘れようもない名前だった。それはダフニが契約した精霊の名前だった。


 ――これは、精霊と会話できるですかな!? ぱないですな。


 『お世話なり よろしく』

 『よ ろ し く』

 『お主 今まで ずっと?』

 『そ う』


 ――やはり前から何か動いていた光点はリピカだったですな。なかなか返事をしなくて悪いことをしたですな。


 『ごめん 何か用?』

 『エ ー テ ル か い の こ と』

 『エーテル界?』

 『チ ャ ネ ル』

 『チャネル 何?』

 『チ ャ ネ ル か え る リ ピ カ み る』


 ――チャネルを変えてリピカを見るのですかな? リピカが見えるようになるですかな!? それはすごいことなのですな。


 チャネルといえばテレビやラジオでいうところのチャンネルを思い出すが、それは周波数の異なる電波を使い分けることで実現している。1つのチャンネルは特定の周波数帯域にのみ情報を流して、別の周波数帯域には干渉しないようにしているのだ。


 もしかすると、今ダフニが見えているのはほんのわずかな周波数帯の「光」だけで、もっと広い周波数帯の光を見ることができればリピカを見ることができるということかもしれない。もちろんリピカ以外の精霊たちも。だけど、どうやって可視周波数帯を広げることができるのか?


 『れ ん し ゅ う あ お』


 ――練習、青ですかな?


 目を凝らしてみるとぼんやりと淡く青い光の線のようなものがあるような気がした。ただ、それは不安定で気を抜くとすぐに見失ってしまうほど曖昧な感覚だった。


 『あ か』


 今度は曖昧な赤い円が視界に映った。しかし、やはりぼんやりとした感覚ですぐに見失ってしまった。


 『み ど り』


 緑の光は伸縮しながら動く何かだった。目を凝らして見ていると途中で形や色を変えながら移動を続けていた。ダフニはたびたび見失いながらもなんとかその動くものを追い続けた。


 『が ん ば れ (・∀・)v』


 ――なんか最後に変なのが見えたですな。


 そしてその言葉を最後にどれだけ問いかけてもリピカからの返事はなくなった。ただ、青赤緑のぼんやりとした光はいつまでも消えずに残っていたので、ダフニはそれを目で追いかける練習を毎日続けることにしたのだった。


 始めのうちは見えると言ってもほんのかすかに気配があるという程度にしか見えなかったのだが、毎日追い続けるうちにわずかずつではあるもののよりはっきりとその存在が感じられるようになって目で追うことが楽になってきた。そして、ある日朝目覚めたとき、変化は突然起きた。


 「やあ。ようやく会えたね」


 これまで暗闇に光の点や図形が少し見える程度だったはずの視界は急に明るくなっていて、目の前には見たこともない生き物が座っていたのだ。


 その生き物は一見長毛種の猫のようだが、耳はウサギのように長く垂れ下がっていた。毛はウェーブがかかっていて色は赤と白。それに緑のチョッキを着ているのでクリスマスにしか見えない。さらに前にだらしなく伸ばした足の長さからするとかなりの短足のようだった。


 そんなクリスマス猫に目覚めと同時に話しかけられて何が何だか分からなくなり、とりあえずこれは夢だと結論づけて再びダフニは寝ることにした。


 「こら、寝るな」


 ぽよぽよの肉球に平手打ちをされて再び目を開けたダフニだったが、やはりそこにはさっきと同じクリスマス猫が居座っていた。


 ――一体この生き物は何ですかな? そもそもどうして目が見えるのですかな? それに、さっきから頭の中に流れ込んでくるこの言葉は何ですかな?


 頭の中に流れ込んでくる言葉と表現した通り、さっきから聞こえているこの声は普通の音声ではないようだった。むしろ暗算をするときに答えが頭の中に突然浮かんでくる感じと似ているが、それよりももっと表現力に富んだ不思議な感覚だった。


 三度寝はできないと思ったダフニは思い切ってこのクリスマス猫に話しかけてみることにした。しかし、おそらく普通に声をかけてもダメだろうと考えたダフニは一瞬パンチカード方式で話しかけることを考えたが、直感的にクリスマス猫がするやり方をまねて話しかけてみた。無詠唱魔法に似ているが、文字でなく音声をねじ込むような感じというと近いニュアンスになる。


 「……お主は……誰……ですかな?」

 「僕はリピカさ。君はダフニだろ?」

 「そう……ですな」


 どうやらこのクリスマス猫が数日前に話しかけてきた精霊本人だったようだ。見た目もアレだが話し方も妙に軽くてダフニが想像していた精霊のイメージとちょっと……かなり違った。


 ちなみにダフニのしゃべり方がたどたどしいのは別に緊張しているわけではなくて単にこのしゃべり方(以後、念話と言うことにする)に慣れていないからだ。


 「いやー、それにしても契約相手が運よくたまたま視力を失ったおかげでエーテル知覚に目覚めるなんてとんだ偶然もあったものだよねー。久しぶりの契約でばっちり当たりを引くなんてやっぱり僕は相当持ってるタイプだよね」

 「エーテル知覚……ですかな?」

 「ん? 何かな?」

 「今、言った……ですな。エーテル知覚……とは何ですかな?」


 機嫌よさそうにしゃべりだしたクリスマスウサギ猫、リピカ、の口から聞きなれない言葉が出てきたので話を遮って聞いてみた。さっきからこの精霊はダフニが知らないことを説明もしないで話すので全体的に何を言っているのかよく分からない。しばらくは順番に質問して語彙を更新しないと会話にならなさそうだ。


 「エーテル知覚はそのままさ。エーテル界を知覚するってことだよ」


 案の定、すぐに知らない言葉が出てきた。


 「エーテル界……とは何ですかな?」

 「エーテル界はエーテル界さ。要するに世界のことさ」


 ――こいつ、致命的に説明が下手くそですな。


 「精霊が住む……世界という……ことですかな?」

 「住んでるのは精霊だけじゃないよ。全てが住んでいるのさ」


 こんな調子で要領を得ない会話を何十往復も重ねた結果、ダフニはエーテル界なるもののおぼろげなイメージをようやく掴むに至ったのだった。


 まず、人間が通常知覚している世界は物質界と呼ばれる世界だ。可知世界と言い換えてもいい。人間を含む多くの生き物はこの世界に属していてこの世界に属するものだけを知覚することができる。


 しかし、世界とは物質界だけで構成されるわけではない。本当の世界はもっと高次元の存在であって物質界は高次元の世界を知覚可能な低次元の世界に投影したものだということなのだ。この高次元の世界がエーテル界である。


 高次元の世界を低次元の世界に投影すると元の世界にあった情報が欠落する。例えるとラジオのチューナーが特定の周波数帯だけを拾うことで他の周波数帯の情報を捨てててしまうようなことだ。あくまで例えだけれど。


 それに対しエーテル知覚とは低次元に投影することなく高次元のエーテル界をそのまま理解する能力のことだと思えばいい。同じ例えを使えばラジオの全てのチャンネルを同時に把握し、その上ラジオ以外の周波数帯、つまりテレビ、無線、Wifi、レーダー、可視光、紫外線、赤外線、マイクロ波などあらゆる周波数帯の情報も同時に理解する力と言える。


 もっとも、そこまで完全なエーテル知覚を持つことは難しいので、現実的には知覚できる周波数帯が広がる程度に留まるのが普通だそうだ。そもそもエーテル知覚がある時点で普通でないのに、その中での「普通」って何?という疑問は脇に置いておく。


 「ということは、エーテル知覚があれば物質界を見ることもできるのですかな?」

 「当たり前さ。ま、ちゃんとチューニングできればだけどね」


 さすがに長いこと話し込んでいる間にダフニの念話技術も上達してスムーズに話ができるようになっていた。なにせ、これだけ情報を得るために朝から話し始めてもう日が暮れる直前なのだ。もっとも、目が見えないダフニは夢中になっているとすぐに分からなくなってしまうので今が何時かよく分かっていなかった。


 こんなダフニに対して今日もクロエはお世話をしているが、朝起きてから話しかけても全く返事をしないダフニに対して、クロエはよく辛抱して付き合っていると客観的にみたら思うのではないだろうか。


 「ふぁぁ。もう眠くなったよ。じゃあね。お休み。zzz」

 「早いですな!」


 話の最中に突然リピカが欠伸をして眠気を訴えたかと思うと、その数秒後には寝息を立てていた。まるまって寝ているところはまるで駄猫だ。クリスマスウサギ駄猫。耳でも引っ張っていたずらしてやろうと手を伸ばしたが、指先は駄猫の耳をすり抜けた。


 ――あ、精霊は物質界には存在しないのでしたな。私の体は物質界にあるから……おや、ですな?


 そこまで考えて、ダフニはふと視界に大きな違和感を感じた。


 ――どうして私の手が見えているですかな?

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