第43話 世界を救うのは……
――2024年12月7日、9時00分、沖縄県、那覇基地――
宮本は、松田涼子との電話の後で、しばらくの間考え込んだ。
彼女には話を分かりやすくするために、戦争の可能性を話して聞かせたが、宮本自身にはどうにも腑に落ちなかった。
「一体、どこの国と戦うというんだ?」
国会議事堂爆撃は、その後もずっと謎のままで、それを行ったのが国なのか、テロリストかさえも分からない。犯行声明もなかれば、政府に対する脅迫もない。
日本はどこにも報復も、抗議することも出来ないままだ。国連に提訴したみたはいいが、国連だって犯人が分からないものを動きようが無い。
「もしもアメリカに対しても、同じ対応だったとしたらどうなる?」
アメリカは、振り上げた拳を振り下ろす先を失うが、それを良しとする国柄ではない。アメリカは国会議事堂爆撃は中国の仕業と考えているが、それは政治的な駆け引きの道具としてやっているだけ。当事国でないからこそできる事だ。
「自分が当事国になって中国を疑えば、どうなる?」
中国の戦闘機がホワイトハウスを攻撃したのならまだしも、まさか、疑いだけで戦争は起こすまい。イラク戦争やアフガニスタン紛争でもう懲りているはずだ。となれば2大強国同士のにらみ合いで、一触即発の緊張状態が続くことになる。
「まるで、東西冷戦時代に逆戻りだな」
米中冷戦というのは、言葉遊びのようでピンとこないは、それはそれで戦争よりましかもしれないなと、宮本は思った。
――2024年12月15日、00時30分、岐阜県、
涼子はバウとの電話以来、吹っ切れたように、『ホワイトハウス爆撃作戦』に真剣に取り組みはじめた。
前回の『国会議事堂爆撃作戦』の時のような、チームワークを再び呼び戻すことができれば、きっとまた自分たちは一番になれる。つまりデモンストレーターの座を獲得できるのだと涼子は思っていた。
仲間たちも涼子につられて、次第にログイン時間が多くなっていった。
この日も涼子は学校から帰ると、日課のトレーニングを手早く済ませ、すぐに『テンペスト』にログインをした。
涼子は謎のパイロット、フェニックスの事をこのところよく思い出す。フェニックスの教えに最も影響を受けたのは涼子であろう。フェニックスのアドバイスはいつも的確で、涼子はすぐにそれらを体得した。戦績も見る見る上がって行った。
「君は俺が教えたパイロットの中で、2番目に優秀だ」
フェニックスは涼子に、そう言ってくれた。
涼子が「1番目は誰?」と聞くと、「ボイドって男だ」とフェニックスは答えた。涼子はボイドという人物の事をもっと知りたいと言ったが、フェニックスはそれには答えてはくれなかった。その代わりとでも言うのだろうか――
「センスという面では、君はボイド以上だ。もしも君が実機に乗るようになれば、いつか君はボイドを追い越すかもしれない」
そう、付け加えてくれた。
涼子はフェニックスを見習い、自分が体得した飛行技術を、惜しみなく仲間に分け与えた。仲間は天才的なフェニックスの言葉を直接聞くよりも、一歩も二歩も自分たちに近い涼子の言葉の方が、理解しやすかったのだろう。涼子が一度咀嚼してからのアドバイスを得ると、仲間の腕はメキメキと上がっていた。仲間は涼子に感謝をした。そしてファントムチームの絆はますます強くなっていった。
フェニックスはこのところ、全くログインしてこない。涼子はもっと彼から色々と教わりたかったと思った。いなくなると分かっていれば、マニューバについて聞きたい話がまだまだ沢山あった。
後になって気が付くのもおかしな話だが、フェニックスという彼のTACネームが、フェニックス・アイの社名と被っていたのは何か意味があったのだろうか? それともただの偶然だったのだろうか?
何れにせよこの日の段階で、4つのチームの中では、ファントムチームのレベルが頭一つ突き抜けてきたのは確実で、その事を涼子も仲間達もはっきりと認識をしていた。
――2024年12月15日、09時00分(日本時間12月15日、23時00分)、アメリカ、バージニア州、マクレーン――
CIA本部の長官執務室で、ウィルバックは電話中だった。電話の先にいたのは、上司にあたるジョシュア・ネヴィル国家情報長官だ。
「そうですか、終わりましたか。これで一安心です」
ほっとした面持ちで、ウィルバックは受話器を置いた。電話の内容は、地対空ミサイル、パトリオットの東海岸への再配備が終わったと言う知らせだった。
ウィルバックはこのところ、ワシントンDCを中心とした東海岸の、対空防衛網のがなかなか強化されないことを気に掛けていた。空軍は本件の当事者。海軍も既に片足を突っ込んでいるので動きが早い。しかし、なぜか陸軍の動きが悪いのだ。
本来ならば国防は、四軍の長たるスティール国防長官の担当。諜報畑の自分など出る幕ではないのだが、当のスティールが思惑だらけの綱引をしていて、一向に進展が無い。綱引きの相手は、ギャラガー首席補佐官だ。
自分たちが掴んだ情報が本当ならば、合衆国が直接攻撃を受ける危機的事態までに、もう10日もないというのにだ。
「困ったものだな」
ウィルバックはため息をついた。本件に最も影響力のある二人が、見当違いの動きをしているとあっては、最も事情を知る当時者、つまり自分が動かざるを得ないではないか。
ウィルバックは結局、政治的な駆け引きをすることにした。ネヴィル長官から、ギャラガー首席補佐官に直談判をしてもらい、大統領の意志として、国防副長官にパトリオットの移動を行わせたのだ。
スティールがその事を知れば、当然、越権行為だと自分をののしるだろう。しかし、可及的速やかに、国を守らなければならない時だ。仕方がない。しかも、先程の電話でネヴィル長官から聞いたところでは、もうすぐウィルバックは
「あの顔を見なくて済むようになれば、せいせいするな」
ウィルバックはフウと息をついて、安堵の顔を見せた。
――2024年12月18日、17時30分、岐阜県、各務原市――
「バウ、何とかなりそうです」
涼子は電話が繋がるなり、弾んだ声を上げた。
「それって君が、『ホワイトハウス爆撃作戦』のデモンストレーターに選ばれそうって事か?」
電話の先でバウが、嬉しそうに訊いた。
「そうです。ファントムチームのレベルが上がったのもあるけれど、今日、突然、2位だったトムキャットチームが、別のシステムの動作テストを割り当てられたみたいなんですよ」
「3位とは随分差があるのか?」
「はい、今は差が開く一方なので、もう大丈夫だと思います」
「そうか――、本来なら、おめでとうと言ってあげたいところなんだがな……」
涼子は、バウの声がくぐもるのを感じた。バウは自分を気遣ってくれているのだ。
「わたしなら、大丈夫です。もうふっ切れています」
「それなら良いんだがな。パインツリーにだけ重荷を負わせて、申し訳ないと思っている」
「バウこそ、わたしが相談を持ちかけなければ何も知らずに済んだのに――。謝るのは私の方です。巻き込んでしまってごめんなさい」
「とにかく今は、我々がここで踏ん張るしかない。アメリカを直接当事国にした戦争が始まれば、恐らくそれは日本も――、下手をすると世界をも巻き込こまれるだろう」
「それを回避できるのは、私だけってことか……、責任重大ですね」
「重荷か?」
「いいえ、もうふっ切れたって、さっき言いましたよね。わたし、自分が世界を救うヒーローだと思って頑張ります」
涼子はそう言って屈託なく笑った。電話の向こうから、バウの笑い声も聞こえてきた。
――2024年12月19日、18時45分、沖縄県、那覇市――
那覇基地からアパートに戻る道すがら、宮本は松田涼子に電話を掛けた。昨日彼女の方から電話が来たばかりだったが、どうしても話しておきたいことがあった。
電話に出た松田涼子は、日課のランニングの最中だったようで、息が荒かった。こんな時期にもかかわらず、自分のルーティーンを崩さないとは見上げた根性だ。繊細な神経とタフな心臓を併せ持つことが、優秀なパイロットの条件だと宮本は思っているが、その面から見てもなかなかの逸材だ。
「どうしたんですか、バウ?」
「ちょっと提案したいことがあるんだ、パインツリー」
と宮本は、神妙な口調で前置きをしてから、話しはじめた。
「例のクリスマス・イヴの日、日本時間ではもうクリスマスの日だが、君の家に行っても良いか?」
「えっ、どうして?」
「俺たち戦友だろう。君が戦うというのに、離れて結果を待つわけにはいかないよ。せめてそばで応援させてくれ」
「側にいてくれたら、それは嬉しいけれど、バウは今、沖縄でしょう?」
「何を言ってるんだ。飛行機なら僅か2時間余りの距離じゃないか。パインツリーが好きなF2で、アフターバーナーを焚いたら、30分も掛からずに着くんだぞ。近いもんだよ」
「えっ! F2で来てくれるの?」
F2と聞いたとたんに、松田涼子の声は華やいで聞こえた。まったくこいつは掛け値なしの飛行機好きだと宮本は思う。
「馬鹿野郎、私用でF2を使ったら軍法会議ものだ」
宮本は笑い、彼女も笑った。
「行って大丈夫か?」
「もちろんです。うちのラフにも会ってやって下さい。きっと喜びます」
ラフというのは、彼女の家で飼っているゴールデンレトリーバーだ。宮本は彼女が自分の家に来た際に、愛犬のピーチーが頭突きを見舞ったことを思いだして苦笑いをした。
「それじゃ、デモフライトの時間に合わせて、早朝にお邪魔するよ」
「分かりました。お待ちしています」
そこで電話は終わった。
実は宮本には、もう一つだけ、松田涼子に伝えたいことがあった。だがそれは言わないでおいた。盗聴している誰かには聞かせる必要はない。会った時に彼女にだけ、直接話すべきことだと思ったからだ。
――第10章、終わり――
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