第46話 F15C イーグル
――(25日)07時30分、岐阜県、
――17時30分、アメリカ、ワシントンDC――
涼子は勉強部屋のTVを点けた。
画面の中では、古賀太一のMCによる『世界初公開・驚異のフライトシミュレーター・本日ホワイトハウスを撃破』という、長いタイトルの番組が始まったばかりだった。
古賀の周囲には軍事評論家の赤木を始めとして、『報道トゥナイト』でお馴染みの経済学者や科学ジャーナリストが居並び、その両サイドを人気アイドル歌手と若手お笑い芸人が固めていた。
「さあ、皆さん。今日は
涼子はTV画面を一瞥しただけで、精神集中のために、すぐに
――12時35分、アメリカ、ハワイ――
――17時35分、アメリカ、ワシントンDC――
ヒッカム空軍基地に入ろうとしたボイドの車は、ゲートの衛兵に止められた。ボイドは空軍のIDを見せたが、カークは当然それを持っていなかった。
ボイドは強引に車を発進させようとして、衛兵たちと揉みあいになった。
「馬鹿野郎、大統領を殺すつもりか?」
ボイドは大声で叫ぶが、融通の利かない衛兵は全く取り合わない。不意に助手席側にいた上官と思われる衛兵が、カークの顔に気付いた。
「あなたは、もしかして、あのカーク大佐でありますか?」
「いかにも、そうだ」
「大変に失礼をいたしました」
衛兵は直立となり、運転席側にいた衛兵と、詰所にいる衛兵に目配せをした。
その瞬間に、跳ね上げ式のゲートが上がり始めた。
「私の息子の写真に、オートグラフ(サイン)をいただけませんでしょうか?」
当の衛兵は、一枚の写真を胸のポケットから取り出した。
「息子の名前は?」
「ジェームズであります。3歳です」
カークは衛兵の差し出したペンを手に取ると、フレディ・カークと書き記し、親愛なるジミーへと書き添えた。
上がり切ったゲートをくぐり、ボイドは基地の中へと車を進めた。
――12時45分、アメリカ、ハワイ――
――17時45分、アメリカ、ワシントンDC――
格納庫脇にピックアップトラックを止めたボイドは、基地の整備員に「準備はできているか?」と訊いた。整備員は「はっ」と短く敬礼で返事をした。
カーライル少将からの緊急電話を受けた際、ボイドはカーライルに、ヒッカム空軍基地に対して、2機の戦闘機の離陸準備を指示してくれるよう依頼していた。
本来ならば、民間人となったカーク元大佐が空軍基地に入り、戦闘機に搭乗するなど論外の事である。しかしボイドは、そうする以外に危機を回避する手段は無いと思っていた。
ハワイがストライク・ペガサスの攻撃を受けた場合、その相手はカークが『テンペスト』で鍛え上げたパイロット達だ。生半可な腕では太刀打ちできるはずがない。確実に戦力になるのは、自分とカーク以外には有り得ない。
「どの機だ?」
と、ボイドは訊いた。
整備員が「あちらです」と申し訳なさそうに向けた視線の先には、既に旧式機となった、F15Cイーグルが2機待機していた。
「他に無いのか?」
ボイドは訊ねたが、整備員からは、「緊急のスクランブル発令によって、解体整備中以外の全てのF22とF35は、離陸してしまいました」という返事が返ってきた。
「こいつで十分だ」
カートはボイドの方を向いてにやりと笑うと、「世界最強の戦闘機は何だと思う?」と訊いた。不意の質問にボイドが面喰らっていると。カートは「教えてやろう」と言った。
「世界最強の戦闘機はな――、俺が操縦するF15Cだよ」
カートはニヤリと口角を上げた。
そうだ、F15Cはカート元大佐が、空軍生活の中で最も長く搭乗した機体で、操縦を極めつくしたものだ。最高速度だってマッハ2.5で、ラプターを上回る。ステルス性を考えなければ、今でも世界最高の機体の1つであることに、間違いはない。
「久しぶりに、お手並みを拝見します」
ボイドは短く答えると、カークと共に、プレッシャースーツに着替えるために、ロッカールームに急いだ。
――(25日)07時55分、岐阜県、
――17時55分、アメリカ、ワシントンDC――
涼子の部屋では、TVからはMCである古賀の勢いのあるトークがずっと流れていた。
『さあ、いよいよ予定の時刻まで5分を切りました。日本時間の8時丁度、ワシンンDCの18時丁度に、インヴィンシブル・ウィング社のフライトシミュレーター《テンペスト》がそのベールを脱ぎます』
発表会場となっている秋葉原UDXの2Fホールには、仮設舞台が設けられ、そこには4台の大型ディスプレイが並べられていた。
まだ電源が入っておらず、真っ黒な状態の各モニター上には、4人のパイロットのTACネームを示すものとして、『TAC:ゴールド』、『TAC:リバー』、『TAC:バード』そして『TAC:パインツリー』という文字がパネル書きされていた。
古賀の解説によると、モニターのそれぞれには、4人の
ゲストの芸能人や学者たちのトークが、ヒートアップする中、古賀がひときわ大きな声を上げてその発言を制した。
『いよいよ10秒を切りました。秒読みです!』
カメラは会場内を一舐めした。TVにはゲストや観客が、期待に胸を弾ませる様子が映し出された。緊迫感を煽る、ドラムロールの音が響き始めた。
『5』
『4』
『3』
『2』
『1』
『ゼロ!』
舞台上の大型ディスプレイに火が入ると、そこには美麗なCG画像が表示された。
『わー、まるで本物みたい!』
それは本物のように見えるが、どこか実在感に欠ける映像だった。美しすぎて、現実味が無いとでも言うべきだろうか。
CGにはノイズが無い。光の反射は単純なものではない。計算上では物質表面の反射だけを計算すれば良いが、現実のものはそうではない。
表面に汚れの油膜がまばらにある。そこでは光は油の表面で反射するものと、一度油膜を(屈折しながら)通過し、物質表明で反射するもののミックスだ。自動車などでは何層ものクリアコートを経るので、何重にも光が反射する。
CGではそこまでの計算をしないために、どこか空々しい映像になってしまう。
芸能人たちの歓声がTVから響く中、
涼子は頷き、「どうするバウ」と訊いた。
実写でないとすると、実機を操縦していない可能性が高い。
しかしまだ疑いが残っている。CGを使って実機を操縦している可能性も、まだ僅かにあるからだ。
一体どちらだ!?
確認する必要がある――
「しばらくはそのままで」
それが、宮本からの指示だった。
『さあ、いよいよ特殊部隊の出撃です』
古賀の声と共にファントムチームは、母艦から垂直に離陸した。まずは海面すれすれの水平飛行だ。
TVには現実のチェサピーク湾の中継映像が時折重なっている。CGと現実の風景がいかに近いかを比較する演出だ。
陽が落ちた掛けた湾内では、画面の端には赤と白の横縞に塗られた灯台が光を放っているのが分かる。それを見た宮本の脳裏に名案が閃いた。
「パインツリーそっちから灯台は見えるか? 恐らく西の方だ」
「見えます」
「湾への進入コース上だな?」
「そうです」
「そいつを、バルカン砲で撃って見ろ。それで今操縦している機体が、実機かどうかわかる」
「はい」
涼子は短く答えた。緊張のために、両手にはうっすらと汗が浮かんできた。
4機がチェサピーク湾の入り口に差し掛かった時、『TAC:パインツリー』のパネルの掛かった画面だけが急に左旋回をして、正面に灯台を捉えると、バルカン砲を短く掃射した。
灯台の上には火花が散った。CGとは思えないような、リアルな炎のエフェクトだった。TVの画面上では、右隅に小さくチェサピーク湾の実写映像が表示されているが、実写の灯台には、全く何の変化も起きなかった。
『おお、早速、素晴らしいパフォーマンスが出た。《テンペスト》はあの灯台のような小さな建造物も、きちんと認識しているんですね。素晴らしい!』
TVからは古賀の絶叫が聞こえた。
「パインツリー、君が操縦しているのはシミュレーターだ。間違いない」
宮本の声が聞こえた。涼子は小さく頷いた。
――13時05分、アメリカ、ハワイ――
――18時05分、アメリカ、ワシントンDC――
オアフ島沖東方30㎞の深く沈みこんだ海底からは、まるでシロナガスクジラのような形の、しかもその10倍以上もあろうかという黒い巨体が浮上し始めていた。そしてその巨体が、海面に黒い突起物を突き出したところを、低空を飛行していた海軍の対潜哨戒機P3オライオンが、MAD(磁気探知機)で補足した。
やがてその巨体は、丈夫を水面上に上部を晒した。突起物は明らかに司令塔であり、巨体は潜水艦であることが疑いようがなかった。
P3オライオンのパイロットがその潜水艦を目視確認し、ソノブイを投下しようとした正にときの事だった。急に機の多目的パネルはホワイトアウトし、全機能を失った。と同時に、機内にはロックオン・アラートが鳴り響いた。
表示パネルの機能が失われたのは、P3オライオンだけではなかった。周囲を哨戒飛行中のF22、F35を始め、その範囲は半径100㎞におよび、オアフ島全てを飲み込んだ。
一瞬辺りは夕暮れ時のように暗くなり、再び明るくなった時には、家庭用の大型ディスプレイはもちろんの事、PC類も機能を失っていた。辛うじて難を逃れたのは、小型のスマートフォンか、家電に組み込まれた表示機能程度だった。
P3オライオンは回避行動をする間もなく、あえなく対空ミサイルの餌食となった。海面にはばらばらに飛散した機体の部品が散らばったが、すぐに僅かな浮遊物だけを残して海底に没した。
周囲の機影が消えたことを確認したのか、黒い巨体は悠々と浮上して、後部にある巨大なペイロードの扉を開いた。その中には、4機のストライク・ペガサスが悠々と収まっていた。
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