Happy Birthday

 謳歌を使われていない部屋へと案内し、引っ越しの荷物類を運び入れた。彼女にはそのままゆっくりしていてくれと伝えたのだが「お料理はしたことありませんが、今後の生活のためにも勉強させてください」と言われたので一緒にキッチンに入ることにした。


 「悪いな、晩御飯の支度を手伝ってもらって」


 「そんな事ないですよ。それにお料理するのは初めてなので逆にご迷惑をおかけてしているのではないかと」


 確かに玉ねぎを皮をむかずに切ろうとしたり、卵を割る時にボールに入れて横にあったすりこぎ棒を手にガツガツと割潰したり、ご飯を炊く時に、お米を潤かさずに生米のまま炊こうとしたりとetc……。まぁ指摘しようと思えばあと数個あるのだがその概要を全て数えてしまうと、幼稚園児の初めてクッキングぅ!に間違えてしまうほど初歩的なミスばかりで悲しくなるので止めておこう。


 しかし、電子レンジの使い方や包丁の切り方などの料理器具の扱いを一度教えると、次の作業では驚くほどの手際の良さを見せた。どうやら彼女は物覚えの早さは人並みを超えているようだ。


 あとはご飯が炊き上がるのを待って卵でとじたカツを入れるだけなのだが、教えながら作っていたこともあり、少し時間がかかってしまった。そのせいか、謳歌には疲れの色が見える。


 「謳歌ー、ご飯が炊けるまではもう少しあるから休憩したら……」


 「は、優音ー!?す、炊飯ジャーからモクモクと煙か出てきますよ!」


 あたふたと慌てる彼女の表情は学校で見せたようなものではなく、まるで水族館で大きな水槽を見てるかのような無邪気で微笑ましいものであった。


 「それは別に故障したわけではないぞ。そうやって余分な蒸気を出してご飯を炊いているんだよ」


 などと教えてはみるものの、全く聞いていないようだ。ふぅー、ふぅーと白い煙を吹き飛ばしてはたまに蒸気を吸い込んで噎せている。


 俺の彼女に対しての評価は一緒に料理を作っているうちに右斜め45度くらいは変わったと言っていいだろう。でも、根底には勤勉で真面目な性格が根付いており、呼びかけに気づくとやや恥ずかしそうな笑みを浮かべた。俺は改めて彼女に提案する。


 「あと15分位かかるからさ、良かったら一緒にお茶でも飲まない?」


 「あっ、ありがとうごがいます。頂きます」


 冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップを二つ用意する。コップにトクトクトクと液体が注がれると、数秒後には周りが結露し始めた。そして、謳歌に椅子を進めると俺はその反対側に座った。


 ひとくち煽るとじんわりと染み渡るような冷たさに、思わず吐息が漏れてしまった。


 バタバタとここまで何も聞かずにやっては来たが、この家に住むことになった理由くらいは聞いておかなければなるまい。そして今は、身の上話をするにはとてもいいタイミングではないかと思われた。


 「謳歌は父親と母親、両方ともいるの?」


 「え?なんだか変な聞き方ですね」


 「ん、そうか?別に特段変な聞き方をした覚えはなかったんだけど」


 「いいえ、だってほぼ初対面の高校生相手に両親の安否を確かめるような質問をする人は、ごく稀なものです。この年齢では両親ともにご健在の方の数が過半数だと思いますし」


 「へー、驚いたね。君は変なところに気がつくんだね」


 無意識だったとはいえ、言われてみれば確かに不自然な聞き方だったように思える。


 「いえいえ、まるで自分の心が読まれているような気がしたのでとても驚いてしまいました」


 「へー、そうなんだ」


 それだけ答えると、その後の数分間は、勢いを増す蒸気と時計の音だけが、時の中で唯一時間を刻んでいた。背中には嫌な汗が伝い、麦茶を入れたコップの汗は既にただの水たまりとなっている。


 そんな痛いほどの静寂を打ち破ったのは、意外にも彼女の方だった。

 

 「…………聞かないのね」


 数秒、沈黙が走る。もちろん、質問の意味を理解していないわけでは無い。しかし、この手の質問に対しての返答として万国共通で使える手段はない。それは


 「…………何をだ?」


 聞き返すとまた黙り込み、今度はソワソワとキッチンの方を見ている。


 見ればわかるのだが、相手方もそれなりに気まずさを感じているらしい。まぁもう直ぐで15分経つしそろそろ調理を再開してもいい頃だろう。

 ふぅー、と吐息一つを漏らすとテーブルを支えに一気に立ち上がった。


 「そろそろ15分だ。カツ丼の具を作るから手伝ってもらえる?」


 はい、と短い返事と同時に立ち上がる。気まずい空気はそのままだったが、元を辿れば俺の所為せいと取れないこともない。彼女に盛り付ける皿の用意を頼むと俺はそのままフライパンと向き合った。


 その時だった。


 「「「ハッピーバースデーーー!優音・アニキ・ハルちゃん!お祝いに来たよ、、、、、ぉ?」」」


 自分でも忘れかけてた誕生日フラグが、思わぬところで回収され主に俺、今日一番のピンチです。


 「お前ら!何でこんなとこに!?千尋、みさきはどうした?」


 「ア、、、」


 ア?


 「あ、あ、あ、あ、あ、あ、、、、ああああああああああああアアアアアアアアアアアアアァアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛、、、、、あ、アニギーーー!」


 発狂、と同時に柚木はキッチンにいる謳歌に目を向けると気絶した。そして、膝、腕、おでこの順で床に擦り付け、滝のような涙を流したと思った次の瞬間には、迷惑にも俺の足元にすがりり付いてきた。


 「お、おい優音!その横にいるのは今日転校してきた転校生の朝緑 謳歌、、、はっ!さてはお前ら幼い頃に約束して鍵と錠を渡しあった思い出の仲だったりするのか!?」


 著作権ギリギリの勘違いをしているのは愛木なのだが、コイツの妄想はこれだけではしぼまない。謳歌のエプロン&部屋着姿を見ると、口元をワナワナさせながら、某To ○OVEのアニメキャラが行うラッキースケベシーンを思いつく限り網羅している。


 一方の千尋は特段変わった様子もなく、朝緑と挨拶を交わしてそのまま話し込んでいる。


 「おい千尋、こいつらどうにかしてくれないか?」


 「うーん、しばらくすれば落ち着くと思うけど。今じゃなきゃダメ?」


 「可能であれば早いに越したことは無いな。カツ丼が冷めちまうし」


 千尋はそれを聞くとやれやれといった様子で肩をすくめ2人の方へと向き直った。


 「ほら、二人共。シャキっとしなさいな男の子の朝立ちのように!」


 ツッコミそうになったが、この状況でのリスクを考えれば自制心が働いた。


 ピタッと示し合わせたように2人の声か止み、千尋がなおも続ける。


 「2人とも忘れているようだけど、ハルちゃんに限っては心配することは無いと思うんだよ」


 「「あ、」」


 突然思い出したように呟くと、スイッチが切り替わったように、持参したスーパー袋からぞろぞろとお惣菜を取り出し始めた。


 「それじゃバースデーパーディーを開催しましょ♪」


 まぁ何はともあれ、騒がしい夜になりそうだ。




 ■ ■ ■ ■




 「へぇー、じゃあミドりんはお父さんと喧嘩していて、「お父さんと暮らすくらいなら、一人暮らしをする!」と言って出てきたわけね」


 「ええ、そして父に出された条件が〝昔の顔なじみの家で暮らすこと〟だったんです。、、、えっと、み、ミドりん?」


 「うひょぉーーー!謳歌は意外にも大胆なことするんだな!」


 「アニキぃ〜〜〜!女子は〜あっちでお楽しみですしぃー。どうですか?俺と一緒にベットで男同士くんずほぐれず夜の営みでも、、、」


 あ、頭がいたい、、、。


 「おいそこで何やってんだぁ、柚木ぃ?お前。ちょっとこっち来てなんか芸やれ。ゲイだけに(笑)」


 「は、何言っちゃってるの?俺は兄貴しか愛せないからゲイじゃな、、、ちょ、い、痛い!や、やめ」


 俺の誕生日を祝いに来たはずなのだが、皆やりたい放題。チラッと4人を見ると、柚木は動物モノマネをやらされ、愛木はそれにまたがっている。千尋は大きな声をあげて笑い転げて、謳歌の方も楽しそうだ。


 「ハルちゃんもおいでよー!」


 「おう、俺は芸やらないからな」


 「アニキ!お、俺が馬になるのでそれにまたがって頂ければうれしいひっふっひぃ」


 「ダメだよ!優音も馬になって謳歌を乗せるんだから!ねっ?」


 「え!い、いえ私はご遠慮したいと思います。その、お、重いと思いますし……」


 え、ちょっと愛木。こっちを睨むなって。お前が言ったんだろ?


 「大丈夫だよ!ミドりんは軽そうだし、ほらも積んで無いんだし」


 それは、、、フォローになっているのか?


 「あーー!ちぃちゃん!今、言ってはならないことを言ったなぁ?」


 「おうよ、お二人さん!わたしゃ君らと違って胸、有るんで」


 「くっ!せ、戦争ダァ!ちぃちゃん!戦争だぁ!」


 戦争と言っても、ボードゲーム、テレビゲーム、カードゲームなど、多種多様なゲームでルール無視の争いを各々自分勝手にするだけで特に意味は無いのだが。


 愛木は柚木にジョイントしながら、千尋は余程謳歌のことが気に入ったらしく抱きついたり、頬をスリスリと擦り付けたりしている。


 一方その頃、いや、その後千尋にコンビニへのおつかいに行かされるまでは、バースディパーティー主賓の俺はというと完全に蚊帳の外であった。

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