第7話 北斗の拳


 「夏休みの友」企画として始めたこの作品。

 この項に至るまでに、すでに四ヶ月以上放置してしまった。この業界?には連載途中で放置されている作品も多々あるが、私は、主義として連載はすべて完結させたい。

 しかし、長く続きを書けなかった理由は、どうしてもこの作品について書きたかったからなのである。

 だが、まずは著作権の問題が本当に大丈夫か? ということがあった。

 以前『ウル○○マン』のパロディをやって、作品を全削除された痛い経験があるのだ。べつに二次創作でも何でもなく、単に「それじゃ逆ウル○○マンみたいや」という台詞を入れただけなのに、である。

 この作品について書く、というのはかなりな冒険だ。もしかすると数時間で読めなくなるかも知れないのだから。

 また知っての通り、ここまで童話、あるいは絵本について論じてきた手前、いきなりコミックというのはいかがなものか、という躊躇いももちろんある。

 しかも、もともと突っ込みどころ満載のこの作品。様々な突っ込み二次作品が、プロ・アマ問わずに出版されている。そのことも、続きを書くのを躊躇った原因の一つであるのは言うまでもない。

 とはいえ、これまで生物学、あるいは生態学的見地から突っ込みを入れたものがあったであろうか?

 まあ、もしかするとあったのかも知れないが、私は見たことがない。

 だからなおのこと、突っ込みたい。そういう観点から感想文を書きたい。

 ここまでおつきあいいただいた読者には、肩すかしを食らったかのような印象を与えるであろうが、ぜひともご容赦願いたい。


 さて、この作品。

「世紀末救世主伝説」のサブタイトル通り、とある世紀末の世界。荒れ果てた荒野に君臨する悪党どもを、北斗神拳の伝承者であるケンシロウが、バッタバッタと薙ぎ倒し、無力な一般民を救っていく。また、あるいは強敵と書いて「とも」と読む、そういうライバル達と切磋琢磨しつつ、自分もまた人間として成長していく、大筋はそういう物語である。

 連載当時、私は無論、毎週欠かさず読み、その熱さに燃え、主人公達の愛の深さに涙し、またおのれ自身も北斗神拳をマスターするため、指先を鍛えたものである。

 しかし私は最近になって読み返し、愕然とした。コミック、あるいは文庫版、DX版などをお持ちの方は、改めてよく画面を見ていただきたい。

 なんと、この作品には、ほとんど緑色植物が登場しないのである。

 どこまで行っても廃墟、なのは、核戦争後であり、文明がほぼ失われているから仕方ないとしても、だからといって草までも、まったく生えなくなるものであろうか?

 たしかに現在の中東や中国西部など、乾燥地帯であれば、草も木もほとんど無い地域は存在する。だが、世界中がそんな状況であれば、すぐに酸素が足りなくなる。

 ケンシロウ達の幼少期、すなわち世界戦争が起きる前の状況では、森や畑の描写があるところを見ると、緑色植物が一切無い状態となったのは、やはり核戦争後である、と考えて良いのであろう。

 そんな中で、気楽に略奪に走る筋肉モリモリの悪党達。

 これがいるいる。いくらでもいる。徒党を組んでうろつく悪党の数は、ハンパではないのだが、 ケンシロウやユリアが入った核シェルターには、老人や子供ばかりで、こんなオッサン達は一人もいなかったはずである。それが一体どこから湧き出してきたのであろうか?

 というか、戦争前からこんな連中だとしたら、いったいどこに潜んでいたのか???

 

 よく考えると、この悪党どもはおかしな事ばかりである。

 そもそもこいつら、いったい何を食って毎日のカロリーを確保しているのか?

 どの悪党を見ても、一部の例外を除いて筋肉モリモリで贅肉がほとんど無い上に、普通人の倍近い体格。まともに考えると、毎日相当なトレーニングで鍛えているのであろうから、普通人以上にカロリーを消費しているに違いないはずだ。ならば、食料が常に不足気味のはずの世界で、彼等はいったい、何を食ってこの体格を維持しているのか?

 大戦前からの貯蔵食糧、といっても限界があるだろう。

 文明は崩壊し、工業的生産は一切されていない様子だ。仮に、どこか遠方に食品や農作物の一大生産拠点がある、としたとしても、肝腎の流通経路がない。流通させようものなら、すぐにこの悪党達が奪いに来るのであるから、どうしようもない。

 水すら、その辺には川も池も見当たらず、井戸で汲むしかない状況で、農地も緑地もない、とすると、もはや光合成でもするしか……。

 はッ!? いや、まさか……だがしかし。

 そう思って、もう一度コミックを読み直してみる。

 すると思った通り、こいつら、肌の色がほぼ一様に褐色なのである。しかも、不思議と露出度が高い。別に熱帯というわけではないはずだから、寒い時期もあるだろうし、戦闘に明け暮れる生活、しかも露出した岩肌だらけの乾燥地では、もっと露出度の低い防具にするべきであるはずなのに、である。

 ここで私は、一つの仮説を提言したい。

 おそらくこの世界で人類は、最終戦争が起きることを予見して、一部の人類に、一定の生物学的処置を施していたのではないだろうか?

 皆さんの中には、褐虫藻ズーキサンテラという共生生物をご存じの方もおられると思う。

 サンゴやイソギンチャク、クラゲなどの腔腸動物、またシャコ貝などの軟体動物の体内に共生する藻類であり、光合成を行って、作り出した栄養分を宿主に供給しているのだ。

 この褐虫藻と共生している生物は、その多くが薄い褐色の体色をしている。そして光量不足などで体内の褐虫藻が死滅すると、異様に白っぽくなり、たとえちゃんと口から養分を取っていても早晩死に至る。

 この特徴、筋肉モリモリの悪党達に類似点が見当たらないだろうか。

 褐虫藻を体内に共生させ、食料が最小限でも、水さえあれば生きていけるように改造された人間。一般人のシェルターではなく、地下深くに隠された研究施設に数百体も用意され、核戦争後に地上に放たれた新しい人類。

 これこそが彼等、『世紀末ヒャッハー群団』の正体ではないだろうか。


 この考えを、突飛な妄想と一笑に付すのは簡単だ。だが、そう考えると、この作品における様々な疑問が氷解するのである。

 まず、彼等の高い露出度と褐色の肌だが、これは言うまでもなく光合成のためである。

 日光に当たることで、体内に共生した褐虫藻が栄養を供給しているわけだ。ゆえに、僅かなカロリーの乾燥食料で充分なのであろう。劇中でも、水を奪い合い、得ると異様に喜んでいるが、光合成には光と水が必須であるから、その理由もよく分かる。

 また、作中に酒の描写がほとんど無いが、アルコールは、光合成の栄養素とは成り得ない上に、逆に光合成でCO2からアルコールを生成できることから、摂取の必要がないのだと推測される。


 次に誰もが思い浮かぶ疑問、何故、この悪党どもは男ばかりで女性がいないのか? そしてまた、女性がいないにもかかわらず、どうして殺しても殺しても、一向に数が減らないのか? という点だ。

 これは、褐虫藻を共生させるために、人間の細胞そのものもいじってあることに原因があるのだと考えられる。

 おそらく、人間の細胞に、イソギンチャクやクラゲと同じ棘皮動物の特徴を付加したのであろう。それによって、彼等の生殖は基本、出芽や分裂などの栄養生殖になったであろう事が予想される。

 つまり、ケンシロウなどに殺されて、減ったら分裂すれば良いわけだ。

 殺しても減らないどころか、女性の数があれほど少ないにもかかわらず、いくらでも殖える理由がよく分かる。彼等にとって、女性は必要ないわけだ。

 あれほどの無法状態でありながら、女性が性のはけ口として彼等に虐待されたり、求められたりすることが一切無く、食料と水のみを奪い合っている状態も、これで納得できる。

 例えば、多数の女性をコレクションしていたユダにしてもあくまで趣味に過ぎず、結局マミヤに一切手を付けていなかったわけだし、部下にユダが払い下げた女性も、脱がせられるでもなく、犯されるでもなく、わいわいと持ち上げられているだけ。

 なんだか、オモチャか食料としてしか、認識していない様子であったのもうなずけようというものだ。


 そして、けっこう似たような顔の悪党が多いのは何故か? という、誰もが抱く疑問にも、これで解答が得られる。分裂した同じ遺伝形質なのだから、どいつも似たような顔で当たり前なのだ。

 逆に、ならば何故全く同じ顔ではないのか、と思われる向きもあるかも知れないが、分離後の経験によって、顔立ちは微妙に変わるのだから、これも当然である。一卵性双生児であっても、意図しない限りは全く同じ顔にはなり得ない。

ましてや、世紀末の悪環境である。それぞれの個体が、違う生活や役割をもって活動することで、風貌も微妙に変わるであろう事は容易に想像がつく。


 ここで作品上の重要なポイントは、彼等が地上から無くなった緑色植物の代わりに、二酸化炭素を吸収し、酸素を供給する役目を果たしているであろう、という事だ。

 地上から緑色植物がほとんど無くなってしまう事態を、大戦前の科学者達は予見していたに違いない。そして、おそらく彼等に使命を与えたのだと推測される。その使命とは、「地に満ちよ。そして、環境を食いつぶす普通人類を殲滅せよ」である。

 地上を一度破壊し尽くした人類、しかし、人類の進化の一形態として、生物すべての希望として、体内に共生藻類を宿した彼等は作られ、そして放たれた。

 植物と動物が、文字通り一体となった理想の究極生物。

 放っておけば核の冬が到来し、酸素不足と二酸化炭素の充満によって、今度は高温、乾燥の極致に晒され、生き残ったあらゆる生命が滅びの危機に直面するはずだった世紀末の地球。

 しかし、生態系が回復し、地上が再び緑に覆い尽くされるまでの間、彼等『世紀末ヒャッハー軍団』が光合成を行い、地球を食いつぶそうとする普通人が殖えすぎないよう数を調整し、地球環境を整えていてくれたからこそ、人類は滅びずに済んだのである。

 殖えれば殖えるほど地球環境を改善していく、何とエコな悪党どもであろうか。いや、その使命と役割を考えると、もはや悪党などという言葉で括るわけにはいくまい。真の『世紀末救世主』とは、ケンシロウのことではなく、彼等のことであると言っても過言ではない。

 不朽の名作『北斗の拳』。

 誰も気付いてすらいないようだが、この作品の真の主役は、鋲のついた服を着た、あの悪党達であったのである。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

左脳で読む はくたく @hakutaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ