危険なふたり(六)

 神父と呼ばれた男は、硬そうな黒髪をオールバックに撫でつけ、アーリア人特有の彫りの深い顔立ちをしていた。聡明さを感じさせる碧く澄んだ瞳に、かたちの良い鼻梁。なかなかの美男子だ。しかも異様に背が高い。二メートルはあるだろうか。ひょろりと痩せているせいで余計に身長が伸びて見える。さらにこの手の体型の人間が押しなべて猫背なのに対し、彼は美しいほど姿勢が良かった。それゆえ彼と話しをするときは、だれもが聖堂の屋根にかかげられた十字架でも見あげるように、その顔を振り仰ぐことになる。

「ねえねえ神父様ァ、アシちゃんたちの居場所がよく分かったね」

 残土の小山から降りてきた神父をまぶしそうに見あげ、アシが言った。神父は左手に聖書、もう片ほうの肩にスティンガーミサイルの発射器を担いだままで微笑んだ。

「聖霊の囁きに耳をかたむける。季節の移ろいに意識を集中させる。するとこの国のどこかで騒ぎが持ちあがっている。なんだろうと思い、その場所へ行ってみると、かならず君たちが暴れているというわけさ」

「なあんだ、そういう仕組みだったのね」

 キャハハハッと笑うアシの後頭部をルーダーベがひっぱたいた。

「あんたバカでしょ?」

「痛ったーい……てかアレ? ルーダーベいつの間に目覚めたの?」

「たった今よっ」

 吐き捨てるように言ってからルーダーベは、アシの革ジャンの襟をちからいっぱい締めあげた。

「それよりあんたねえ、ホントいい加減にしなさいよ。この私によくも怖い思いをさせてくれたわねええええッ」

「……ぐえ、やべで、アジぢゃんぐるじいっ」

 白目をむいてもがくアシと、その首を乱暴に揺さぶるルーダーベのあいだに割って入り、神父は「まあまあ、それくらいで」となだめた。その心地良いバリトンの声は、不思議と聞くものに安らぎを与える。

「それより、君たちに残念なお知らせがあります」

 彼はスティンガーミサイルの発射器を地面に横たえると、悲しげな顔で言った。

「じつは王立図書館の地下にある我々のアジトが襲撃され、シルヴィアくん以下ほぼ全員が殺されました」

「うそ、シルヴィアが?」

 ルーダーベとアシが騒ぐのを止め、驚いた顔で神父のほうを振り返った。

「襲った相手はだれ?」

「どうやらラゴスの秘密警察のようです」

「うそだ、アシちゃん信じられない」

 目をまるくするアシのとなりで、ルーダーベがいつにも増して険しい表情で言った。

「私にも信じられないわ。シルヴィアは近衛騎士のなかでも一、二を争うほど優秀な魔法使いとして知られているのよ。その気になれば軍のキャンプのひとつやふたつ、あっという間に火の海に変えることだってできる。そんな魔法のスペシャリストが、秘密警察ごときにやられるだなんて……」

 神父は残念そうに、二人の顔を見くらべながら言った。

「自分も現場へ駆けつけるまでは信じられませんでした。でもこれは事実なのです。生存者の話によると、シルヴィアくんを斬ったのは全身にタトゥーを入れた不気味な男で、しかも驚くべきことに彼はそのとき全ての魔法攻撃をはね返したそうです」

 しばしの沈黙が流れた。

 シルヴィアは今年二十四歳。近衛騎士のなかでは古参で、その姉御肌な気質からみなにも慕われていた。王城が陥落したとき、多くの騎士が城と運命をともにしたのに対し、彼女だけは討ち死にすることを潔しとせず、再起を誓い同志をつのって城から落ちのびたのだ。ルーダーベとアシも、そんなメンバーの一員だった。

 やがてアシが打ち沈んだ声で言った。

「……とうとうシルヴィアまで死んじゃった。これで近衛騎士もアシちゃんとルーダーベの二人だけになったよ」

 神父がアシのあたまを優しく撫でた。

「シルヴィアくんは亡くなるとき、きっと君たちに自分の意志を受けついで欲しいと思ったんじゃないかな」

 アシとルーダーベの二人は、すがるような目で神父を見あげた。

「ねえ神父様。このままじゃ私たち日を追うごとに弱体化する一方だわ。反対にラゴス軍は着実にその勢力を拡大している。慎重に機会をうかがってばかりいては勝てる戦いも勝てなくなるんじゃなくって?」

「そうだよう。アシちゃんもうガリア人殺すのに飽きちゃった。早く王城へ攻め込んで陛下を救出しようよ」

「……そうですね」

 神父は小さくひとつため息をついてから、慈愛にみちた目で二人を見おろした。

「君たちの言うとおり、そろそろ決着をつける時期なのかもしれません。じつはオルレアン卿もおなじことを考えておられるようで、どうせやるなら残存兵力を結集し、乾坤一擲の戦いを挑もうということで、今夜解放軍の全メンバーを教会に集める手筈になっているのです」

「うわーい、オルレアンの爺さんもたまには良いこと言うじゃん。アシちゃん俄然エキサイティング!」

 小躍りするアシのとなりで、ルーダーベが少し難しい顔になった。

「でも神父様。あの教会が我々ペーシュダード解放軍の拠点になっていること、ラゴスの秘密警察はすでに勘づいているのでは?」

「その可能性はじゅうぶんありますね。とりあえず、いつでも戦闘にのぞめるよう準備だけはしておきましょう」

 神父は目をとじて十字を切ると、胸にさげたロザリオにそっと口づけした。

「全能者にして主なる神よ、我らに勇気と希望をお与えください。……アーメン」

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