始まりの終わり(五)

「くっ卑怯な……。孤剣をもってのぞむ一騎打ちに飛び道具を用いるなど、きさまそれでも騎士かっ」

 ゴフッと血を吐いて、ドロノフ大佐が地面にひざをついた。その様子を冷ややかに見おろしながら、ブルームーンは銃口から立ちのぼる硝煙をフッと息で吹き消した。

「これは戦争なの。卑怯もへったくれもないのよ」

 ミキ・ミキがいやな顔をした。

「せめて最後までしゃべらせてやれよ。ていうか、さっきあいつ卑怯な振る舞いは国王陛下の顔に泥を塗るとか言ってなかったか?」

 苦虫を噛みつぶしたような顔でライマーがうなずいた。

「たしかにわしも聞きましたぞ。そもそも謀略を旨とするPGUのエージェントをして、卑怯などと言わしめるとは、なみの悪党ではありませんな。まさにピンクの悪魔の面目躍如といったところか」

「おまいら好き勝手なこと言いやがって。あとで覚えてろよっ」

 ブルームーンが二人を横目でにらむ。ドロノフ大佐は苦しげに喉をヒュウヒュウ鳴らしながら、軍刀を杖にしてなんとか立ちあがった。

「愚か者めらが……こんな姑息な手段で私を倒しても、どのみちペーシュダードはもう終わりだ」

「うん? それはどういう意味だ。たんなる負け惜しみなら聞き流してやるが、もしそうでないならちょっと悲惨なことになるぞ」

 ブルームーンがふたたび銃口を向けると、ドロノフ大佐は血で赤く染まった歯をむいてゲラゲラ笑った。

「どうって、そのまんまの意味だよ」

 突然、爆発音とともに地面が激しく揺れた。丘陵の裏手のほうで土煙が巻き起こり、ブルームーンたちの頭上にバラバラと岩塊が降りそそぐ。とっさにその場へ身を伏せていたミキ・ミキは、樹海に浮かぶ無人島のような岩山のてっぺんを見あげて舌打ちした。

「くそっ、敵にカノン砲を奪われたか」

 あわてて走り出そうとする彼を、ブルームーンが大声で呼び止める。

「やめておけっ。弾はもういくらも残ってないし、撃った連中もすでに撤退を始めているはずだっ」

「ややっ、ブルームーン様」

 今度はライマーが驚きの声をあげた。

「いつの間にか、刺青男の姿が消えておりますぞ」

 ドロノフ大佐のいた場所には赤黒く血だまりができており、そこから樹林へ向けて道しるべのように点々と血痕が連なっていた。

「どうやら脱出するときのために、仲間を忍ばせていたようですな」

「最初からそういう手筈だったんだろ。ほっとけ」

「追わなくてもよろしいのですか?」

「ホローポイント弾で肺を撃ち抜いてある。どうせ長くは生きられないさ」

 そう言ってからブルームーンは急に声のトーンを落とし、ライマーの目をのぞき込んだ。

「それより、ちょっと気にかかることがあるんだけど……」

「あの男が最後に言い残したセリフですな」

 ゆっくりとうなずく。

「ペーゲーウーの連中がこのあたりをウロチョロしてた理由って、やっぱペーシュダード侵攻となにか関係があるのかな?」

「順当に考えれば、まあそうでしょうな」

「いやな予感がするんだよね」

 ターコイズ色をした瞳が不安げに揺れうごく。その大きな目を見返してライマーが言った。

「もしブルームーン様の考えておられるとおりのことが起こっているとしたら、もはや一刻の猶予もありませんぞ」

「ライマーっ、騎士たちをおまいに預ける。悪いがわたしが戻ってくるまでのあいだ、この砦を守ってくれ」

「おひとりで行かれるのですか?」

「馬を飛ばすなら身軽なほうがいいだろう。なァに、わが王国には優秀な騎士団が付いている。滅多なことはないと思うが、念のためだ」

 そのとき軍用のジープが近づいてきて、二人のまえで急停止した。運転席のミキ・ミキは、たばこを口の端にくわえたままで、あごをしゃくってみせた。

「お嬢ちゃん乗れよ、馬よりこっちのほうが速い」

「おっ、気が利くじゃん。もしやこれは、以心伝心とゆーやつか?」

「しかたねえだろ。ボルガン軍が壊滅しちまった以上、おまえらに雇ってもらうしか俺たちに残された道はないんだから」

「シャイなやつだなァ。わたしに惚れたなら素直にそう白状すればいいのに」

「勝手にほざいてろっ」

 刀創だらけの顔を険しくして、ライマーが言った。

「もし五日以内にブルームーン様がお戻りにならなければ、全軍をひきいて城へ向かいますが、それでもよろしいですかな?」

「だいじょうぶ、わたしは戻ってくるさ」

 ライマーの漆黒の鎧にコツンと拳をぶつけて、ブルームーンがウインクした。

「アイル・ビー・バック……なんちゃって」

「どうかご無事で」

 四輪駆動のタイヤが土砂を巻きあげ、ブルームーンとミキ・ミキを乗せたフォードGPWは、早朝の林道を猛スピードで下りはじめた。

「こいつを飛ばして、ペーシュダードまでどれくらいかかる?」

 落ち着かない様子のブルームーンが訊ねた。

「燃料はたくさん積んであるから、まあ一昼夜も走れば着くだろう」

「ちくしょう、気が急くなあ」

「そう、カリカリしなさんなって」

 場を和ませようと、ミキ・ミキはフレームに吊ってあったトランジスタラジオのスイッチを入れた。間抜けなくらい陽気なカントリー・ソングが流れる。しかし程なくして、それが切迫したような男性アナウンスの声に切り替わった。

「えー、ここで緊急速報です。一昨日よりラゴス連邦軍と激しい戦闘を繰り広げておりましたペーシュダード王国ですが、つい先ほど、降伏宣言を受諾することが閣議決定された模様です。あっ、たった今記者会見が始まりました。それでは王城前の広場と中継をつなぎます……」

 ミキ・ミキが、ゲホゲホとたばこをむせる。ブルームーンは引きつった顔でラジオにかじりついた。やがてそのラジオから、ペーシュダード国王ペトロ四世の少しとぼけたような声が、粛々と流れてきた。

「朕ふかく世界の大勢と王国の現状とにかんがみ、非常の措置をもって時局を収拾せんと欲し、ここに忠良なるペーシュダード人民に告ぐ……」

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