第2話

 俺の名前は土田マサヒロ。

 なんのことはない、ごく普通の大学に通うごく普通の男子大学生である。


「土田マサヒロぉッッ、覚悟ーー!!」


 たとえ、自称魔王の幼馴染が声と共に自転車置き場の屋根から降ってきたところをカバンでガードして防ごうとも、普通の男子大学生である。





 * * * * *





 当の彼女は俺のカバンで顔面を強打したらしく、顔をおさえながらへたりこんでしまった。俺の腕に伝わってきた衝撃からいって、おそらく相当痛かったことだろう。


「……大丈夫か?」

「う、うう……やるな、土田マサヒロ……だが私はこんなことでは……!!」

「お前、涙目だぞ……」


「よぅ、お二人さん!」

 不意に肩を叩かれた俺の目の端に、赤いジャケットが目に入った。常に赤信号のような赤いジャケットを身にまとう彼は……。

「烈土……。」

 彼の名前は赤野烈土。自称、赤に対する情熱を忘れない熱いヤツ。一応俺の友達なんだからあまり言えないが、初めて会った時の衝撃は凄かった。

「おお、貴様は赤野烈土。相変わらず赤いな。」

「何言ってんだ、俺は赤に対する情熱なら誰にも負けねぇぜ?」


 俺は一瞬、二人とも置いて帰ろうかとも思ったが、とりあえずは自転車だ。俺の家から大学までは、歩いてもいいが少し遠いという微妙な距離関係に成り立っている。だから雨でも降らない限りは自転車を使っているわけだ。

 俺は自転車置き場の入口に向かって歩き出し、中に入ろうとした。だが、次の瞬間。


「……ッ!?」


 突然感じた殺気と、空気を切る気配に、俺は咄嗟に顔面をガードしていた。ガードした俺の腕には衝撃が走り、咄嗟の事とはいえ脚に力を入れたものの、僅かに怯まざるを得なかった。

「くッ……!」

「ま、マサヒロ!?」

 咲が声をあげた次の瞬間、自転車置き場の影から低い声が響いた。


「ほほう……私のパンチを受けるとは、いい腕してるな、小僧……」


「な……」

「何者だッ!?」


 烈土が叫んだ瞬間、影に隠れて黒塗りのようだった人物の姿が露になった。そいつは胸のところに「マウンテンバイク」と書かれた、タイツのような、ちょっと間違っちゃったスーパーマンのようなコスチュームに身を包んだ筋肉質の男だった。


「クックック……教えてやろうか……?」

「お、お前は……!?」


「私の名は、チャリケッタキラー!! この学校の自転車は、全てこの私が頂いてゆくッ!!!」


「……チャリケッタ……」

「キラーだとぉ?」

 俺の言葉を続けるように、咲が胡散臭そうな声で言った。確か、チャリもケッタも自転車を表す言葉だったハズだ。ケッタの方はどっかの方言だったか。いや、そんなことはどうでもいいか。というか、なんだか頭が痛い気がするのは気のせいか?

 思わず意見を求めるように烈土を見たが、俺の目に入ったのは、拳を握り締めながらチャリケッタキラーを睨みつけている烈土の姿だった。

「あ…あいつは……最近話題のチャリケッタキラー!!」

「……烈土、知ってるのか?」

「ああ……。時にスーパーの駐輪場、時に駅の駐輪場に現れ、自転車を全てかっさらっていく、怪人チャリケッタキラー! ついに、ついに俺たちの学校にまで現れやがったか!」

「……やけに詳しいな。」

「いやなに、最近ちょっとマークし……じゃない! 流行に乗り遅れるのはイヤだなー! と思ってさ!! は、はは……」


 烈土は真剣な顔から一転、笑いをとるかのような顔でそう言った。しかし流行と言っても、俺の方は今初めて知ったわけだが。


「と……ともかく! どうして自転車を奪うんだ!? チャリケッタキラー!!」

「クックック……教えてほしいか。この自転車たちは、私の世界征服の足がかりとする”チャリケッタマシーン”の一部となるのだッ!!」

「……チャリケッタマシーン……」

「一緒のような気がするのは、私の気のせいか。」

 ああ、咲にまでツッコまれている。と思ったが、俺は何も言えなかった。俺はただ無言で頷くと、気を取り直して言葉を続けた。

「まぁ、俺のはちょっと古い型だし、ここらで買い換えても――」

「ちょッ、ちょっと待てッ!? あそこには私のッ、私の愛車があったんだった! 私のシャドウバイクがー!」

「……。 咲、バイクなんか持って――」


 咲に言葉を遮られた俺は、そこまで言ってから気がついた。そういえば、咲の愛用している自転車はそんな名前をつけられていたような気がする。確か群青色をしたヤツだ。

 その間にも、チャリケッタキラーは自転車通学の生徒が自転車置き場に入らないように見張りを続け、少しでも気配があると、入ってきた生徒を自転車のサドルで殴り飛ばしていた。というか、あのサドル、ここの自転車置き場から持ってきたヤツじゃないのか? さっきまでそんなモノ持ってなかったし。


「……まぁともあれ、俺の自転車よ、高校入学から今日までの5年間、どうもありがとう。」

「バカを言うなーー! お前は良くても私はどうなるーー!」

「そうだぞマサヒロ! お前は自分の自転車が世界征服のための犠牲になってもいいのかーー! …くぅッ!?」

「な、何だ?」

 突然叫んだ烈土を見ると、烈土は腹を押さえてカタカタと震えだしていた。

「こッ、こんな時に突然ハラがッ!! スマン、マサヒロ! ここは任せた!」

「えっ、あ、おい!?」

 烈土はそう叫ぶと、お前は本当に腹が痛いのかと問いたくなるようなスピードで、校舎の方へ駆け込んでいった。

 その間にも授業が終わって自転車で帰ろうとした学生たちがどんどん集まり、ついには自転車通学をしている全員が集まりそうな勢いになってきた。そして、その生徒たちが自転車が無くて困る顔を見て、どんどんチャリケッタキラーは高笑いを強めていった。

 そして尚も隙をついて自転車置き場に入ろうとする生徒を、チャリケッタキラーはサドルで殴り飛ばし、ついにはそれを試みる者さえいなくなってしまったようだった。


「これじゃッ、これじゃ帰れないわ! どうしたらいいの!?」

「諦めるな! きっと、きっとまだ方法があるはずなんだ!」

「ハッハッハ! 無駄無駄! キミたちの自転車は私の世界征服の足がかりとして、改造されて立派に働くことになるだろうよ!!」

「き……聞き捨てならんッ! 世界征服をするのは私だッ! 私の…私のシャドウバイクを返せー!」

「ハーーッハッハッハッハァ!!」


「ちょーーーっと待ったぁーーーー!!」


 突如、チャリケッタキラーの笑い声を阻むようにして、そんな声が響いた。そして、群衆の中にも動揺とある種の期待が広がるのが目に見えて解った。


「こ、この声は……」

「まさか!」


「な、何奴!!」

「天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ!! 金の無い学生たちの命である自転車を奪うとは不届き千万!!」

「すッ、姿を見せろ!!」

「この俺が、教務課の人たちに代わって、天誅を下してやるぜ!! とぁッ!!」


 突然、群集の中から赤い影が飛び出てきたかと思うと、それは弧を描くようにして、見事に生徒たちによって作られた半円形の内部、チャリ(略)の正面に着地した。学ランに身を包み、赤いマフラー、そして自転車用のヘルメット(赤い装飾)に身を包んだ、そいつは――。


「学生と学校の味方、学ラン戦隊!! ガクセイファイブ!! 俺がリーダー、レッドだぁぁぁッッ!!」


 ドッカーン! とバックに赤い煙幕が見えた気がしたのはおそらく俺の気のせいだろう。ついでに声がよく知っているような聞き覚えがある声のような気がするのも俺の気のせいに違いない。しかし、一瞬呆気にとられてしまったその時。俺の耳に信じられない声が聞こえてきたのだった。

「きゃーーッ! レッドー!」

「おおおーーッ! 待ってたぜガクセイファイブー!!」

 その言葉は口々に群集の中から盛り上がり、しまいには「レッドコール」まで沸き起こるほどの勢いになっていったのだ。


「いッ……意外とメジャー!?」

「ちょっと待て! あんなヤツがメジャーでお前がメジャーじゃないのはどういうことだ、マサヒロ!」

「俺はヒーローじゃないッ!」


「チャリケッタキラー! 今日こそ年貢の納め時だぜ! この学校を狙ったことを、後悔するんだな!!」

「クックック……お前がガクセイファイブか……面白い! 勝負だ!」


 怪人がレッドに向けて不敵な笑いを向けたのを皮切りに、勝負は始まった。

「行くぜッ! レッドラリアーーット!!」

 いきなりレッドの方が先制攻撃を仕掛けた。だが、チャリ(略)の方はふっと笑うと、背中に回していた手をぐっと前に突き出した。その両腕には、自転車のタイヤがはめられており、レッドが気付いた時には手遅れだった。


「 回・転☆ 歯車ァーーー!!! 」


 やはりここの自転車置き場から取られたと思われるそのタイヤは、叫びと共にぐるぐると回りはじめ、一体どんな原理で回転しているのかは知らないが、ラリアットをかけようとしたレッドの体を簡単に吹き飛ばしてしまったのだ。


「グハッ!!」

「ハーーッハッハッハ!! どうした! それだけかね!?」

「やるじゃねぇか……だが!!」


 レッドは口元を拭いながら立ち上がった――と思う間もなく、なんとそのままチャリ(略)に向かって突進して行ったのだ。


「レッドパーンチ!!」

「ぐぅっ!?」


 不意をついたレッドの拳は相手の鳩尾に見事にクリーンヒットしていた。これでレッド優勢かと、群集からもおおっ、と叫びが漏れたその時。一瞬チャリ(略)が笑ったかと思うと、すぐにその攻撃は繰り出された。


「 回・転☆ 歯車 北斗七星!!! 」


 なんとチャリ(略)の腕が北斗七星を描くように動かされ、鳩尾にパンチをキメたことでスキのできたレッドは、簡単に吹き飛ばされてしまったのだ。

 群集から漏れた叫びは悲痛なものに代わり、地面に叩きつけられたレッドも呻くだけで動くことができないようだった。


「何をしているレッドー! もっと頑張らんかー!」

「………。」

 咲もレッドを応援している。というか咲も悪の魔王なはずなのに、学ラン戦隊を応援していていいのだろうか。……ああ、自転車か。


「レッド!」

「レッドー!!」


「クックック……ガクセイファイブ・レッド、破れたり……!!」

 群集からの叫びも虚しく、チャリ(略)の回転タイヤが倒れたままのレッドを襲おうとしたまさにその時。 上の方から何かが投げられたかと思うと、それはチャリ(略)の片腕に巻きつき、その歯車の動きを見事に止めてしまったのだ。


「なっ、何ィッ!?」

「俺を忘れてもらっちゃ、困るな?」

「こ…この声は!」


 レッドをはじめとした全員が自転車置き場の屋根を見つめていた。そこには……。

「ブルー!」

 青いマフラーを巻き、青い装飾の自転車用ヘルメットを被った学ラン姿の青年が、自転車置き場の屋根からチャリ(略)の腕へと巻きついたロープの端を持ち構えていたのだった。

「出た……」

「おおっ、今度は青いヤツか!」

「それだけじゃないぜ?」

 その叫びと同時に、群集の中から三つの色が飛び出してきた。それは弧を描き、それぞれの決めポーズと共に着地した。三人ともがそれぞれのカラーと同じマフラー、そして同じ色の装飾の施された自転車用ヘルメットを被っている。

 そしてブルーも空中宙返りをしながら地面に着地すると、決めポーズと共にキッと前を睨んだ。


「ガクセイファイブ!! ブルー!」

「ガクセイ(略)!! グリーン!」

「ガク(略)!! イエロー!」

「(略)!! (略)!」


「みんなぁ!!」

「お前一人にいいカッコさせてたまるかよッ! いくぞ、レッド! 立つんだ!」


 グリーンの叫びに勇気付けられたのか、レッドは、ふっと笑うと立ち上がった。


「そうだよな……こんなところで負けられねぇよッ! いくぞ、みんなッ!!」

「「「「 おおっ!! 」」」」


 それから学ラン戦隊側の壮絶な巻き返しが始まった。

「ブルーキック!」

 まずブルーがチャリ(略)の足元を狙うと、チャリ(略)はバランスを崩し、歯車攻撃が封じられた。

「グリーンアッパー!」

「イエロー(略)!」

「(略)!」

 そして学ラン戦隊の他の三人が確実にチャリ(略)にダメージを与えると、明らかに形勢が逆転していったのだ。


「くっ、クソッ!!」

「行くぞレッド!」

 イエローの言葉と共に四人が隊列を組むと、レッドがその中央に陣取った。そして五人が一斉に駆け出すとほぼ同時、五人の背後から見えたまばゆい五色の光が徐々に交差し、自転車置き場の前の広場が白き閃光に包まれた。


「「「「「 ガクセイファイブ・ファイナルアターーーーック!! 」」」」」


「あああああああぁぁッ……!!」


 光は影となったチャリ(略)にぶつかってゆき、その姿は急速に薄れていった。そして光がゆっくりとチャリ(略)だけに収束するのと同時、光の渦から飛び出した五人は一斉に地面に着地した。その次の瞬間、光の渦の収束した場所から、ドーン、と五色の爆発が起こった。


 しばらく、静かだった。


 やがて群集の中から拍手があがり、「ひゅーひゅー!」とか「イェーイ!」とかの声が上がりはじめると、わぁわぁと声が一つになり、そこに居た全ての学生たちが拳をあげた。そしてその中で一人だけ、眼鏡をかけた学生が前につつっと歩み寄り、何か紙のようなものを読み上げた。


「――こうして僕らの平和は守られた。ありがとう、学ラン戦隊ガクセイファイブ! 悪があらん限り、学生と学校の平和は、キミたちの肩にかかっている! 戦えガクセイファイブ! 負けるなガクセイファイブ! 今夜のごはんはカレーがいいな!!」


「なんで解説役が!?」

「おおおーーッ、私のシャドウバイク~~ッ!!」


 まぁ、だがこういったわけで、自転車置き場の平和は守られたようだった。学生たちが浮かれる中、その渦中に居る学ラン戦隊は、いつの間にかどこかに消えていなくなってしまっていた。


「まぁ、ともあれこれで万事オーケー、なわけか……」

 ようやく喧騒も収まり、帰れなかった学生たちも自転車置き場に入っていった頃。俺と咲も自転車置き場に入りながら、俺はぼんやりとそう言った。

 「そうだな。」

 後ろから聞こえる咲の声がいつになくマトモだと思いながら、俺は自分の自転車の前に立つと、思わず眉を顰めた。これは、なんだろう。


 間違う事なき俺の自転車だ。だがいつもと違うことといえば、俺の自転車のサドルが、見事にすっぽりと無くなってしまったいたのだった。というか、あの怪人が使ってやがったサドルって、俺のだったのか?

 俺がしばらく何も言えないでいると、横から咲の笑い声が聞こえてきた。

「クックック……」

「……咲?」

「はーっはっはっは! これで私のシャドウバイクも戻ってくる! 覚悟しろよ土田マサヒロぉッ!」


 ……そういえば、そうだった。咲は今日も俺を倒しにきたんだっけか。


「それにしても、ざまぁないな土田マサヒロ! あの怪人にまんまとしてやられおって!」

「………」

「フッフッフ、そんなバイクではヒーローは成り立ちはしまい!!」

「お前の自転車、前輪と後輪が無いぞ。」


「!!!!!!!!!!」


「おそらく、一緒に吹っ飛ばされたんだな……」


 俺はすぐ近くに置いてあった、前輪と後輪の無い自転車を見ながら言ってあげた。一体誰のだと思いながら見た名前シールに、「魔王シャドウ」とハッキリと書いてあるので間違いは無い。


「ああーーーッ!」

 ふと聞こえた叫びにそちらの方を見遣ると、それは先ほど腹をおさえて走っていったはずの烈土が立っていた。

「なぁなぁ、ひょっとしてガクセイファイブが出たのか!?」

「ん? ああ。そうだな。」

「やっぱりーー!? やっぱいるんだよなーーッ、ガクセイファイブ!! 俺も一度会ってみたいなぁ~!!」

「そ……そうか。」

 烈土は主張しすぎだと思うほどにガクセイファイブを主張し、特にその中でもリーダーのレッドを主張していた。

 ちなみに咲は、というと、半泣きになりながら地面にへたりこんでいた。


「ゆ……許すまじガクセイファイブ!! 私のっ……私のシャドウバイクを……うわぁぁぁーーんっ!!」




 その後の事はなんてことはない。あまりにも咲が沈むので、仕方なくシャドウバイクを引きずりながら一緒に帰った。それだけだ。


 そしてこれだけは言いたいのだが、断じて俺は見ていない。

 その後烈土と別れた際。じゃーな、と言って走り去って行った烈土の目指した先に、四人の誰かが居たことなど。そいつらが全員、青いスーツだの緑のパーカーだの黄色の(略)だの(略)の(略)…だのを着ていたのなんか、俺は断じて見ていない。

 しかも何か戦隊モノの終わりっぽく、そいつらに手を振りながら走り去っていったことなど、俺は見ていない。


 ただ、一つだけ断言できることがある。

 それは――




 ――今日も平和な一日だった、ということだ――

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