尾長町戦記

冬野ゆな

尾長町戦記

第1話~第2.5話

第1話

「ぼくは、大人になったら戦隊のレッドみたいになるんだ! 咲ちゃんは?」

「それじゃ……まーくんとは敵同士ってこと?」





 * * * * *





 それから十数年。

 俺は普通に高校を出、普通に大学に通っている。将来の夢は……今のところ、大学でやっていることを職業にできればいいと思っている。主にやっていることは歴史の研究で、教職はとるつもりはない。

 小学校低学年のころ、正義の味方になるのはちょっと難しいということが解り始め、それ以後なんとなしに過ごして今の状態に落ち着いている。


 だが。


 たった一つだけ、どうにもできないことがある。

 昔の夢をそのまま持ち続け、それを実現してしまった――。

「土田マサヒロぉ!!」

 突如として、上の方から俺を呼ぶ声が聞こえた。


 彼女だ。


 彼女はいつも、几帳面にも俺の大学の終わる時間を見計らい、やってくる――。

 自前のコスチュームを翻しながら、彼女はどこからともなく飛び降りて、俺の前に立ちふさがった。


 ちなみに彼女は、着地が得意ではない。

 コンクリートの地面に着地した彼女は、脚が痺れたのか、しばらく座り込んだままだった。だがそれを悟らせないように気を使ったのか、どこか泣きそうになりながらも立ち上がって俺をビシッと指差した。


「ま……また会ったな! 土田マサヒロ!」

「咲……」

「本名で呼ぶなー!」


 彼女の名は水野咲。幼稚園時代からの知り合いである。彼女こそが、幼稚園時代からの夢を実現させてしまった、自称――”魔王シャドウ”だ。


「……あのな、俺はまっすぐ帰りたいんだけど。もうすぐテストだし……」

「シャーーラップ!! 魔王シャドウ世界征服の足がかりとして、この尾長町を征服するためには!」

「”あなたが邪魔なの土田マサヒロ”。」

「そうそれ……ってそれは私の台詞……!!」


 咲は――もとい魔王シャドウは、今言った通り、世界征服を企むその名の通りの”魔王”だ。なんで魔王なのかは知らないが、とにかく魔王だ。何故だか知らないが、俺を永遠のライバルと認定しちゃったらしく、とにかく俺を倒そうと必死らしい。

 もっとも、その俺は正義の味方でも正義のヒーローでもなければ、特注スーツも持ってないし変身もできない。もちろん、秘密組織にも入っていない。

 なのに狙ってくるのは、かつて俺が幼稚園児だったころ、「将来は正義のヒーローになる」、と口走ってしまったからに他ならない。


「ふ…ふふん。とにかく、この悪の組織ブラックマテリアの総裁、魔王シャドウが直々にこうして……」

「悪の組織ったって、お前一人しかいないだろうが!」

「うっ!」


 あ、動揺した。


「ば……バカを言うな! 私にはちゃんと手下もいるぞ!?」

「それはお前んちの飼い猫のクロだろ!」

「ち…違うッ! あ…悪の手下なんだッ!」


 ちなみに、クロはその名の通り黒いからクロと名づけられた、ちょっとかわいそうな猫だ。まぁ、猫とか種族名で呼ばれるよりはマシか。


「う、ううぅ……も、もといっ! 今日はお前を倒す為に新兵器を用意したんだ! 覚悟しろよ土田マサヒロ!」

「いや、用意しなくていいから……」

「フッフッフ、怖気づいたか土田マサヒロ! これを見るがいい! 私の新兵器! ”しゃどうかったー”!!」


 シャドウがマントの下から取り出したのは、手元を操作することによって伸びる、長い、先っぽに物を挟めるようになっている――簡単に言えば、玩具の”伸びるアーム”だった。よくある、手元を動かすとアームが伸びて、その先についているハサミで物を取れる、という代物だ。


「どーだ!? これなら私はここから動かずとも貴様が倒せる!」

「……ってか、何だ? シャドウカッターって……」

「シャドウは私の名だ。カッターは……カッターだ!」


 その武器ならシャドウアームとかそんな感じだろうと思う。絶対に適当につけたな、コイツ。


「これを使えばお前なんてオチャノコサイサイだ! 夕飯前だー!」

「夕飯前?」

「というわけで、笑っていられるのも今のうちだ、土田マサヒロ……行けッ、しゃどうかったー!!」


 いや、笑ってないし。と思う間もなく、びよん! と伸びたアームは、確実に俺の首元を狙っていた。だが。

 がしゃこん! という音が鳴るのと同時に、俺とシャドウのちょうど中間地点の辺りでアームが伸びきり、ハサミがしまった。


「………。」

「………。」


 シャドウはゆっくりと手元を操作して、アームを最初の状態に戻した。そうして、さきほどアームが伸びきってしまった地点まで歩き、それよりも少し前になるように自分の位置を決めると、再び叫んだ。


「行けッ、しゃどうかったー!!」


 今度は確実に俺の首を狙っていた。

 コイツ…本気だ!


「クッ……!」


 俺は首を掴まんとするアームを両手で掴んだ。伊達に柔術だの少林寺だのやっていない。

 咲には昔、「正義の味方なら剣だから剣道でしょ!?」と言われたが、知ったことか。絶対ゲームかアニメの勇者と勘違いしてやがる。ひょっとして、”魔王”なのもそれ故なのか?

 もっともそれ以前に俺は正義の味方ではないが。


「さ、さすがね……私の新兵器を受け止めるなんて……!!」

「受け止めなかったら首が絞まるだろ!!」

「だけど! 私にはこの挟めるアームが……」


 ちなみにここで説明を入れておくと、俺は両手で一本ずつハサミを受け止めていた上に、もとよりアームは伸びきってしまっていた。どんなに手元を動かしても、俺がハサミから手を離さない以上、どうにもならない。


 シャドウはガタガタと手元を操作していたが、俺がアームを持ったまま離さなかったため、それは無駄な動作で終わってしまった。

「………。」

「………。」

沈黙があたりを支配していた。

「う……。」

「……さ、咲?」


「うわぁぁぁん!! おっ……覚えてろよ土田マサヒロ! この借りはきっと必ず……ばかー!!」


 咲――もとい”魔王シャドウ”はアームから手を離すと、そんな捨て台詞を残して普通に走り去っていった。泣きながら。


 こうして喧騒(の原因)が去った後には、静寂が訪れていた。

 住宅街は静けさを取り戻し、既に夕暮れ時の空にはカラスがアホーアホーと鳴きながら数羽飛んでいる。

 ちょっと悪いことをしたかもしれない――とも思う。それともこれはひょっとして、いい加減倒れてやるべきなんだろうか。いやいや、もしそうしたとして、本当にこの町を世界征服の足がかりにされてもちょっと困る。むしろやりかねない。だが俺が正義の味方扱いされてもそれは微妙な気がする。

 ひょっとして俺は、あいつが考え直すか、あるいは死ぬまで追いかけられるんだろうか。

 とりあえず俺は、世界征服を企む因子を今日もなんとかした……というべきなのだろうか。




 とにかく、今日も平和な一日だった――と思いたい。

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