第42話

「やめる?」

 莉紗にそう、問いかけた。

「最後の締めは映画、これは譲れない」

「さすがに、シネコンはここ一軒しかないし、ここで見るものがないとなると、たぶんどこへ行っても見る映画なんてないと思うけど……」

 莉紗の気持ちは大事にしたい。しかし、彼女が納得できる解を見いだすことはあまりに困難であった。

「あのさ、帰ってから、さ、佐々木先輩に頼んでアニメ映画でも見る、というのはどうだ? 前にさ、オタク以外の人にお勧めだとかいうことで見せて貰って、俺でも内容が分かる話もあったしさ、莉紗も気に入ると思うよ」

「佐々木先輩の話なんてどうでもいい。こーいちと映画が見たいの!」

「弱ったな」

 俺は困惑して、莉紗から目を逸らす。道路に向かって反対側、俺の目に小さな映画館が飛び込んできた。

「あっちにも映画館があるじゃない……」

 そう莉紗が呟きかけた時、俺は彼女の手を引いていた。

「ちょっと待ってよ、こーいち」

 小走りに駆け出すと、青信号の横断歩道を一気に渡る。目の前の、シネコンと比較するとあまりに小さな建物には、「映画」というネオンサインの文字だけが看板として掲げられていた。

 先程と比べて……地味なポスターが五枚、それとA四版の張り紙がいくつか。その中から上映リストを探してみると、タイトルの知らない映画、内容の類推すら難しい映画がわずかばかり並んでいた。いわゆるミニシアター系というタイプのもので、スクリーン数はわずかに一つ。現在は休憩時間で、あと十数分で次の上映が始まろうとしていた。

「次の上映作品のチケット、高校生二人分」

「カップルが見るような映画じゃないけど、いい?」

「構いません」

 俺は、受付の中年女性に二人分のチケット代を払い、片方を莉紗に渡した。

 莉紗は、半券の切り取られたチケットをまじまじと見ていた。

「どうせまたゴネて、何見るか決まらないって言うだろ」

「賢明な判断ね。ピンク映画かしら」

 ……やっぱり毒づく。

「高校生って言ったんだから、ピンクなわけねーだろ」

「たしかに、そうね」

 莉紗はそう言うと、片方だけ開け放たれたドアをくぐる。教室をちょっと大きくしたぐらいの暗室には、映画館としては少なめながら整然と椅子が並んでいた。そのちょうど中央に、莉紗は腰を落ち着ける。続いて俺も、その横につく。

 結局、客は俺たち二人だけだった。

 照明が落ち、スクリーンに光が灯る。煌々と輝く画面に、手書き風の文字が焼き込まれていた。

 ……なんとかいう名前の監督も、出演者も、ストーリーすらも知らない映画。ただただ、彼氏彼女は映画を見て愛を深めるんだ、というお約束のためだけに「映画」館へと足を運んだ俺たち。

 それは、ドキュメンタリー系の記録映画だった。

 フィルムではなく、ビデオ撮影。いかにもプロ、という感じのカメラではなく、電気屋で売っている家庭用とおぼしきカメラが画面の中の鏡越しに、カメラマンというか監督と一緒に写り込む。見た目、ホームムービーより幾分マシ、といった感じの画像。手ぶれも気になるくらい残っていた。

 ……金を取る、というレベルですらないかも。

 これは失敗だったかな、とそんなことを考えつつ、莉紗に目をやる。喩えて言うならばシーク本を見ずに適当に番号を打ったカラオケの如く、謎の世界に放り込んでしまった相手に、俺は最大限の謝罪をしよう、そして映画館を出ようかと。

 莉紗は食い入るように画面を見ていた。

 その手にはペンとメモ帳。映画を見ながらメモをとる人なんて、評論家とかコメンテーターの類ならまだしも、一般客ではまずいないだろう。

 声をかけづらかった。はまっている、というのとはちょっと違うと思うのだが、とにかくスクリーンを食い入るように見つめる莉紗の表情を見て、俺は退館を断念した。まあ、この映画を選んで連れてきたのは俺だからな。

 内容はというと、今の俺たちとはかけ離れた設定……痴呆症の老人夫婦が老老介護をする、とかいうナレーションが入っていたので、そういうことだろう。それをひたすら撮り続ける、ということらしい。

 確かに、高校生カップルが見るないようではないし、売り場の人の言うとおりであった。時々カメラが切り替わるくらいで、少なくとも今の俺には退屈であった。年齢を重ねれば理解できる? もっと勉強して知識が増えれば興味が湧く? ま、今の俺には無関係で興味がない、というのが本音だ。

 ストーリー、といっても脚本もなく撮り続ける映像にストーリーも何もないのだが、大まかなあらすじは、次のようなものだった。

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