第38話

「向かい合って座った方がいい? それとも隣がいいかしら」

「完璧なデートプランに入れておかなかったのか?」

「その部分は、こーいちに決めて欲しいな」

「それじゃ、横に座ってほしいな」

「わかったわ」

 始発電車に乗って向かったのは、遠い遠い場所。いくつものトンネルと橋を駆け抜けていく。

 すいていた車内は二人っきり。モーターの音だけが、そこに響いていた。

 車窓を眺めながら、途中のコンビニエンスストアで買ってきた朝食を二人で一緒に摂る。

「ねー、こーいち。これ」

 莉紗がデートプランを指し示す。

「ちょっと待ってろよ」

 そう言って、頬にキスをする。……とデートプランに書いてあるので実行した。バカップルだよ。

 でも、そんなバカやっていられる自分たちがすごく幸せに思えてくる。

 そのうち、一人、また一人と、駅に着く度に乗客が乗るようになってきた。太陽が地平線から離れる頃には、席の前まで立ち乗りの客であふれかえっていた。

 やがて電車は目的地である終点へと車体を滑らせる。長いホームを俺たちは駆け抜けて、今度はバスに乗る。

「到着っ、なのだよ!」

 そこは、海沿いの公園。か、カップルが……いっぱい……。

 それにしても、休日の朝からこんなにいちゃつけるものなのか? な、なあ、恋人たちよ。

「恋人の聖地なのだよ、こーいち」

 そう言って、莉紗は自分の腕を俺の腕へと絡ませる。彼女が頬と胸を俺に寄せると、その柔らかな感触が俺の「常識」を吹き飛ばし消し去る。

「り、りさ~」

「なんなのだよ?」

「あのあたりが、いいかな」

 ちょうど今いる位置から公園の向かい側、すなわち、カップルだらけの公園で自分たちを見せびらかすように突っ切って行こう、という大胆なことを、もはや正常とは言い難い俺の頭が選択してしまうのである。

「いいよ~、こーいち。だーいすきなのだよ」

 言うがまま、為すがまま、堂々と、俺たちは公園の真ん中を闊歩する。もはや、理性なんてあるわけないじゃないか。こんな可愛くて綺麗な莉紗とデートしてるんだから、さ。

 そんな俺たちに、数々の視線が刺さる。それが何とも優越感を煽って気持ちよかったりする。莉紗は可愛い、莉紗は美しい、莉紗は頭がいい、とにかく何もかもが素晴らしい。そんな最高の美少女と一緒にいられる喜びがこみ上げてくる。

 海側を向いたベンチに二人で腰を下ろす。……。……・。そのまま、沈黙が襲う。

「ねぇ、何か喋って。間が持たないじゃないの」

「佐々木先輩ならばアニメの話を一方的にまくし立ててくれると思うけど」

「何で先輩の話が出てくるのよ。私より好きなの? アニメ? 先輩? どっち??」

「いや、たとえ話であって、先輩がなんだって話しでもなくて……」

 ふと、思った。俺たちは祐佳里の為に、祐佳里が俺に対して必要以上に愛さないために、互いに好きなふりをする、ということだった。

 勿論、俺は本心から、莉紗のことが好きだ。しかしながら、一般的な恋人関係以上に過激に愛し合っているふりをする莉紗がやはり演技じみていて、この関係が突然に消えてなくなるかと考えると、すごく怖かった。

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