第34話

「デートしましょ」

 部屋に戻ってから何度も、莉紗の言葉を反芻する度、俺の胸は高鳴る。夢かうつつか、七星……いや、彼女になったのだから莉紗とデートは当たり前だよな、うんうん。俺は、その言葉に気持ちが昂ぶって、舞い上がってしまう。

 リアリィ?(本当?)

 莉紗に電話をかける。

「莉紗、明日……」

「デート、行くわよね。決定よ」

 デート、デート、デート、デート、……。

「浩一、聞いているの? 拒否権は認められないわ。いい、明日、私とデートするの」

 聞いてるよ、莉紗。と頷くも、電話じゃ伝わらないや。

「恋人だからデートするのは当たり前でしょ。明日の朝、私の部屋へ来て。一緒にデートしましょ」

「駅前で、待った、今来た所、じゃないんだ」

「何、そのシチュエーション」

 莉紗は訳が分からない、といった感じで軽く流す。

「あと、祐佳里はどうするんだ? 一緒に連れて行くのか?」

「恋人同士に水を差す、って何考えてるの?」

「いや、祐佳里に見せつけるのが目的だろ」

「そ、そうだったわね。でもね、やっぱり恋人としてデートすることで、よりリアルに恋人らしさを演じられると思うの、だから、明日は祐佳里さん無しで、純粋に私のことを恋人として感じて頂いて、……私に恋心を芽生えさせ、いや、少なくとも私のことを気にして頂ければと」

 二人っきりのデート。俺の心は高鳴る。

「とりあえず、朝の五時、あなたから私の部屋へ来て、そこに眠っている私に目覚めのキスを施すのよ」

「どういう設定だよ」

「いいの。言うとおりして。私は寝惚けたふりをしながら、キスをして。私の考えた最高のデートプランに反駁は認められません。浩一はただ従うのみです。」

 そんな俺の方を目を細めて凝視する者が一人。祐佳里である。

「どこから、電話? もしかして……」

 うさんくさそうな目を俺に向ける祐佳里。

「そう、莉紗からデートの誘い。彼女、だからな」

 更に怪訝な表情を俺に向ける祐佳里。

 もう、俺は完全に舞い上がっていた。恋人のフリ、という莉紗の出した前提条件なんてどこ吹く風、恋い焦がれた彼女とデートできることに、心の中で発奮していた。明日、俺はどんな格好しようかな? それ以上に、莉紗はどんな格好で来るんだろうか。うきうきして、たぶん、今日は眠れないよね。

 そんな俺の心に水を差すような祐佳里の一言。

「ぉ兄ちゃん、デート商法とかいう言葉、知ってる?」

「別に、莉紗はそんな人じゃないだろ」

「ぉ兄ちゃん、そう思っていることが、もう相手の策略に嵌まっている証拠だよ。だから、あんな女ほっといて、祐佳里とデートしようよ」

「いいや、明日は莉紗とデートだ」

 俺は突っぱねた。

「突然、嫌いが好きになるって異常でしょ。ぉ兄ちゃんを金ヅルだと思っているのかも、ね。気をつけたほうがいいよ」

「あ、ああ……」

 確かに、祐佳里から見れば変かもしれないが、俺たちは祐佳里のことを思って付き合うフリをしているんだ。でも俺は、莉紗のことを本物の彼女、という想いで莉紗とのデートを楽しませていただき、以降、莉紗への想いを祐佳里見せつけて健全な道を歩ませねば。俺の頬は、明日の想像だけのはずなのに、今までで最高に緩みまくっていた。

「話、聞いてる?」

「聞いてるよ! 隣に、一緒の建物の中に住んでいる知り合いのことを、なんで祐佳里は悪く言うんだ。いい奴だろ」

「でも、祐佳里からぉ兄ちゃんを奪おうとした」

「俺は、祐佳里の所有物じゃない」

「そうだけど、祐佳里の方が先に告白したんだよ。それを奪っていくなんて、泥棒猫だよ」

「幼い頃の話はノーカウント。ちゃんと正式に、告白してくれたのは莉紗だけだ」

 本当は違うけど。

「とにかく、明日早いから俺は寝る」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る