第六章 首都へ

 辺境の星域を発った総勢二四〇隻の艦艇は、漆黒の矢群をなして、漆黒の虚空を疾走していた。唯一の例外が艦隊旗艦たる戦闘航宙母艦ヴァルキュリアであって、一本の蒼白の銀矢が、遠い恒星の光をわずかに反射して、暗闇のなかに白糸の航跡を浮かびあがらせている。


「こっちでも、超光速航行オーヴア・ドライブの勝手とかは、あまり変わらないみたいだね」


 いつのまにか邦都アミシティアへの旅客となってしまったアイリィ・アーヴィッド・アーライルが、すっかり居ついた貴賓室のチェアに腰掛けてそういったのは、艦隊が目的地たる首都星系への長い旅程のうち、二〇分の一にも満たない距離で超光速航行を中断し、通常航行へ戻ってしまったからである。光速を超えて宇宙船が航行するには様々な技術的制約が存在し、一定距離ごとに、エネルギーを畜充し、機器類をメンテナンスしなければならない。それは我星ガイア政府領においては常識だったが、どうやら全宇宙の普遍的な法則としても通用するものであるらしかった。


「ほかの技術とか生活水準も、そんなに変わらないのかな」


 飼鳥を肩に乗せたシュティ・ルナス・ダンデライオンがそう応じた。


「シュウ提督の話だと、どうもそんな感じだね」



 連邦軍第三独立艦隊の司令官たるサヤカ・シュウ少将は、無為な時間を過ごす異星域からの客人に配慮して、交流する機会を積極的につくってくれた。無論、それは情報収集、ひいてはふたりの客人が連邦領に招き入れて問題がない人物かどうかという品定めも兼ねているのであろうが、そのことがアイリィらに嫌悪感をもたらすことはなかった。むしろその時間は、流浪の客人にとって、未知の国家についての知識を入手する好機ともなったのである。

 ただ、ライトグレー髪の若い司令官の話は、ともすると軍事にかたむきがちであった。


「連邦は、現在、九個の制式艦隊と、六個の独立艦隊を有している。制式艦隊はその指揮下に分艦隊を有するが、それに対して制式艦隊の統率を受けない小中規模の艦隊という意味で、独立艦隊というわけだ」


 通称〝さんどく〟とも呼ばれているという第三独立艦隊の司令官は、入隊志望であるわけもない客人に、連邦軍宇宙艦隊の編成や統率体制について熱心に説明した。


「独立艦隊は分艦隊と違って艦隊運営についてせいちゆうを受けることはないが、遊撃隊や辺境しようかいといった、いってみれば雑用にあてられることが多い。制式艦隊の指揮下とはいえ艦隊戦の中核をになえる分艦隊に属するのとどちらを名誉に思うかは、判断が分かれるところだな」


 我星ガイア政府軍では、制式艦隊の下の統率単位は戦隊であり、分艦隊は特に艦隊を分けて別行動をとらせる場合に臨時に編成される艦艇集団を指す。細かいところで違うな、と思いながら、アイリィは気になっていたことを尋ねた。


「私たちが、軍のことについて話を聞いてしまってかまわないのですか? 軍どころか、連邦外部の人間ですが……」

「調べればわかることだからな」


 笑いながらそういわれて、アイリィは自分の発した質問のクオリテイの低さに、表情に出さないうちに赤面した。まったく、若くしてしようじようくらいを得るような人間が、おいそれと漏らしてはならない情報を流す人物であるわけがないのである。親友の緊張が伝染したわけでもないだろうが、慣れない環境下にあるせいか、どうも脳内細胞が通常の平衡感覚を失っているらしかった。



 そういった時間を繰り返して、内容にややかたよりはあったものの、連邦領の基本的な情勢を、アウトラインのみながらふたりはつかむことができたのだった。もっとも、理論と実践に差違があるのは常のことであるから、実際に連邦で生活するうえでの勝手は、肌で感じて学習するほかない。首都に到着したあとの処遇がどうなるのかは気になるところではあったが、任せてくれていい、と万全の自信を言葉の器に乗せて提供されては、黙ってそれをうけとるほかにやりようはなかった。


「ほんとに、いい人でよかったよね」


 というのは、蒼白の母艦に拾われた日以降シュティが一様に述べ続けている、シュウ提督に対する評である。アイリィも、基本的には親友の評価に首肯できる。留保つきであるのは、ふたりに対する淡墨髪の提督の行動に、やや不思議な印象を受けたからである。

 アイリィは親友に質問を向けてみた。


「どう思う、シュウ提督のこと」

「え? だから、いい人だって」

「いや、そうじゃなくて、シュウ提督の応対についてさ。普通、遭難者を遇するのに、艦隊司令官本人がこうもこんせつていねいに対応するかな」


 惑星探査の〝雑用〟を終えた連邦軍第三独立艦隊にとって、残りの任務は母港へ帰還することだけであろう。しかし、旗艦戦隊を含む五戦隊、総数二四〇隻の宇宙艦艇を秩序だてて航行させるには、それなりの指揮統率が必要である。当然それは艦隊司令官の責務であり、地味な仕事が、積もって小山を成すぐらいの量は存在するはずなのだ。自身の休息にあてる時間を考えれば、そうそう客人に割ける時間があるはずはないのである。ところが、当の艦隊司令官は、艦隊運営の大部分をイェン副司令官とカムレーン参謀長にゆだねて、自らは異邦人との交流に没頭しているようであった。


「さっきの惑星で手助けしたことを、それだけ感謝してくれてるってことじゃないの?」

「とはいえ、っていう気がするんだよね」


 ただ感謝の念を持たれている、ということだけで説明するには、提督の対応はどうも過剰な気がする、とアイリィは思うのである。シュウ提督が無責任に自らの仕事を他人に押しつけるような人物ではない、という仮定をおくなら、艦隊司令官としての職責をほうてきするぐらいの価値を、自分たちとの接触機会に見いだしているはずなのだ。


 だとすると、その価値とはいったいなんなのか。身元不明の人物の監視、異なる宇宙についての情報収集、歴史研究家としての興味……いくつか候補をあげてみるものの、完全な納得をもって正解に着地できそうなものは見あたらなかった。もっとも、アイリィらが異文化人であることを前提としての会話は、いまのところ他の兵士に代替させられるものではないから、そこに解答を求めることもできそうだったが、どうも結論に妥協の度合いが過ぎる気がするのである。かといって、ふたりを欺いて、害しようとしている雰囲気もない。であれば、何かの目的に利用しようとしているのか。単に個性の差からくる親切心のあらわれなのか……。


 そんな思案を、独り言なのか親友にむけて話しているのか不明瞭な態度でつぶやいていると、シュティが貴重な意見を具申してきた。


「友達になりたいとかじゃない?」


 アイリィはから転げ落ちてしまいたい気分になった。ただ、彼女自身、親友の能力を高く評価してはいても、論理的な思考の相談相手としてかならずしも適切でないことは理解していたから、な指摘をして親友を慣れない迷路に突き落とすようなことは避けた。


「いや、まあそうだといいんだけど」

「そんなに気になってる?」

「ん? ちょっと不思議に思っただけだよ」


 実際、アイリィも深刻な身の危険を感じたりしたわけではない。あまりに時間だけがありあまっているので、思考をめぐらす気になったのである。どちらにせよ、アイリィの考察法アプローチは我星政府領の常識にきよせざるをえず、ものごとに対する視野の射程が長いアイリィにとっても、異邦の提督の心中を透視することはかなわなかった。


 そして、その透視対象自体、いまだ青写真のさらに下書きをはじめた段階であり、それが実体として表出するか否かについては、作成者自身もいまだ断言することをよしとしなかったのである。

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