「人類の歴史は、戦争の歴史だった」


 それはサヤカ・シュウという個人の感想ではなく、歴史をきわめる者の共通認識であった。


 人類文明の始まりは諸説ある。黄河という大河の岸で興ったものを、最初の文明とする説。チグリス・ユーフラテスという二本の川によって形成された平野で発達した、オリエントと呼ばれる文明を直接の祖先であるとする説。いずれにせよ人類の歴史をさかのぼっていけば、地球のどこかにたどり着くことはちがいなく、地球が人類の故郷であるということは、動かしようのない事実であった。


 文明は社会を産んだが、それは同時に戦いも産んだ。はじめは都市と都市の、肥沃な土地をめぐる争いであった。複数の都市を統べる〝国家〟が誕生すると、今度は国家と国家のあいだで、奪い合いが繰り広げられた。時代が進むにつれて、宗教対宗教、民主制対君主政、植民地対宗主国、資本主義対社会主義と、さまざまに対立軸を変化させながら、人類はみずからの血を、みずからの手によって流しつづけた。


 それらの争いを彩る武器群も、技術の進歩によって徐々に変質を余儀なくされた。槍や弓で眼前の敵兵を打ちまかすものであったはずが、船、大砲、ダイナマイト、戦車、航空機、ミサイルと、破壊力の面において、劇的な進化をみせてきたのである。


 戦いというよりさつりくと呼ぶべき光景をの当たりにしてさすがに心を冷やした人類は、戦争を過去という名の地下室においやるべく努力を始めた。度重なる紛争や散発するテロリズムに悩まされながらも、十数世代に及ぶ血肉の努力によって、国家間の大規模戦争は、地球上から姿を消していた。


 そして、科学者の間で不可侵の聖典であった相対性理論が部分的にではあるがつきくずされ、超光速航行オーヴア・ドライブが可能になると、人類の興味は、光も舌を巻く速度をもって、宇宙空間にきつけられた。有人での超光速航行に成功し、光年単位の距離をへだてた場所から発信された超光速通信を月面ムーン基地ベースが受信したとき、地球表面の興奮は絶頂に達した。


「新たなる希望を! 新たなる可能性を!」

「宇宙時代の幕開けを! 人類社会の新たなる一ページを!」


 かくして、この年をもって、人類は永きにわたって使用してきた西暦をて、宇宙暦を採用するにいたったのである。


 今まで他国を牽制する兵器開発をきそってきた国家間の競争は、広大な宇宙に無数にちらばる利権の獲得競争へと、その姿を変えた。それは、時にいんうつな謀略の類を随伴者とすることもあったが、すくなくとも、表だっての殺し合いは発生しなかった。さらに数百年を経て、発見された複数の可住惑星に都市が建設され、恒星間航行も頻繁におこなわれるようになった。西暦の時代から数えて、二五〇〇年が経過していた。もはや、地球で大規模な戦争がおこるなど、ありえないことだった。



 誰もが、そう思っていた。


 宇宙開発が競争であるとするなら、そこに勝者と敗者が生まれるのは、当然のことである。勝者は、宇宙時代は平和の時代だ、無限の可能性へ際限なくエネルギーを注ぎ、全ての人間が繁栄を獲得できる、と主張したが、敗者はそうは思わなかった。彼らには、勝者が宇宙進出の美酒と料理を独占し、自分たちには宴会場の扉をかたく閉ざしているように映ったのである。不満と不信の溶岩マグマは、宴をむさぼる勝者たちの視界に映らないところで、静かに蓄積されていった。


 火山は噴火した。


 最初は、国家の政府施設に対する爆弾攻撃であった。攻撃を受けた側は警察力をもって対処しようとはかったが、攻撃の規模が大きくなり、未遂ながら細菌兵器や電磁兵器による攻撃がおこなわれるようになると、さすがに軍事力に頼らざるをえなくなった。戦火の応酬は激しさを増し、破壊の連鎖が人々を襲うようになっていった。


 そして、ついに人類は、禁断のボタンを押してしまった。


 ひとつの核融合爆弾が爆発した。そのひとつの爆弾は、数倍の数の都市を消滅させ、さらにその数十倍の都市に死の灰を降らした。報復によって、同数の都市が吹き飛ばされ、同量の都市が汚染された。細菌兵器、化学兵器までもが惜しげもなく投入され、人類の母星を、死の暗雲で埋めつくしていった。


 戦争は一ヶ月を待たずして終結した。勝者と敗者が、そこにはあった。だが、勝者のがわも、祝杯をあげる気分には、まったくなれなかった。


 他星系に築かれた都市は、本国のコントロールを失って混乱したが、死の惑星と化した母なる星の民を救うため、多数の恒星間航宙船を急ピッチで建造し、派遣した。その優先順位をめぐって、地球民の間で争いが起こることはなかった。もはや人々は、争うだけの体力も、精神力も、残してはいなかったのである。


 そして、あらたな統治体が必要となった恒星間社会は、地球をのぞいて当時最大の有人惑星であったアミシティアを首都として銀河連邦を樹立し、ふたたび繁栄へのみちを模索し始めた。



 こうして、地球は、人類社会の中心であることをやめたのである。

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