「帰投した」


 艦橋に歩み入った司令官を、数十におよぶ敬礼が出迎えた。


「よくご無事でお帰りになられました。災難でしたな」


 銀髪の壮年男性が、歳下であろう淡墨髪の提督に近づいて言った。この場にいる人間のなかでも地位が高いがわに属する人間であることが、アイリィにも雰囲気でわかった。やはりこの男性軍人が発する言葉も、アイリィとシュティが知る言葉のイントーネーションとはかなり異なっていた。


「まったくだ。あんなとんでもない奴が居るとは、思いもしなかった。未開惑星は危険に満ちあふれているとはいうが、不運な事故だな、あれは」


 惑星地上では才ある剣士でもあった艦隊司令官はそういった。もっとも、その巨大な先住民に遠隔聴力がそなわっていたとしたら、何を言う、事故に遭ったのはこちらのほうだ、とさんざんに痛めつけられた脚をいたわりながらをこぼしているかもしれない。


 淡墨髪の提督は相変わらず音量の強弱に欠ける話し方であったが、言葉の表面的な意味に比べて、やや陽気な律動リズムが縫い込まれているのを、銀髪の軍人は感じ取ったらしく、不可解さをひかえめに主張する表情をうかべた。その理由が上官の背後にちよりつする二名の人間にあることを察したようで、視線をその来客に移すことで、上官に説明を求めた。


「ああ、この者達は偶然惑星に不時着していたらしい。さっきの戦闘では随分助けられた」


 と簡潔に説明されて、アイリィは自分と親友を紹介しようとしたが、それよりさきに銀髪の軍人が会話をつないだ。


「なるほど。先だって報告は受けておりました。私は連邦軍少将グライド・カムレーン、第三独立艦隊の参謀長をつとめております。この度は我が上官の危急をお救いいただき、感謝にたえません」


 艦隊司令官と参謀長の階級がおなじであることに、アイリィは気がついたが、そのことには触れず、自分と親友の姓名を銀髪の参謀長に伝えた。


 カムレーン参謀長は、上官の恩人たるふたりの客人に、感心の表情をむけていった。


「いや、しかし、屈強な戦士の助力を得たと聞いておりましたので、失礼ながら、まさかこのような美しい女性方であるとは想像もしておりませんでした。まったく、人間の才能は外見では測れないものですな」


 参謀長の声に下心に類するものが感じられなかったので、アイリィはそれをすなおな賛辞として受けとめた。とはいえ一応けんそんのことばを返したのだが、


「対獣戦闘では、私より実力は三枚ほど上だろうな。対人戦でも、かなりの才であることは間違いないだろう」

「頼もしいじんでいらっしゃいますな」


 という賞賛の応酬が司令官と参謀長のあいだでかわされて、槍術の名手は苦笑しながら沈黙するしかなくなってしまった。


 アイリィは、あらためて銀髪の参謀長を見やった。身長一九〇センチメートルはあるであろう長身に、十分な肩幅の上半身。剛健ということばに相応しい体格は、軍人の威風を体現してあまりある。だが、そのブラウンの瞳には毅然さと柔和さが絶妙なバランスで同居し、髪色と同色の髭をたくわえた表情も、剛毅さの上に温和なグラデーションをかさねていた。


 屈強さと温厚さの双方を備えているらしい壮年の参謀長に、アイリィは初対面の人間に対してたもつべき礼節を心の隅に追いやって、ああ、理想の父親というのはこういうものだな、と勝手な感想を抱いた。髪は銀色であるが、健康的な色彩を帯びており、加齢によって色素を失ったわけではなく、生来のものであるらしい。



 とはいえアイリィとは父娘としてはやや年齢の距離が不足しているようにも見えるその参謀長が、司令官に対して提案した。


「提督、あのような生物がいては、陸戦隊単独では危険ですな。大気圏内戦闘機の支援をもちいて、再降陸いたしますか。すでに準備はととのえてありますが」


 こちらはぎりぎりで参謀長の娘という可能性もありそうな淡墨髪の司令官は、しかし首を縦には振らなかった。


「いや、やめておこう。あんなのが何匹も出てこられてはかなわん。いま危険をおかして無闇にエネルギーをさいたところで、得られるものが大きいとは思えんしな」


 考えるでもなく即答するのを見て、なるほど、この提督は小さな功績に目が眩んで大きな失敗を犯す愚とは無縁らしい、とみずからも一小隊の指揮官であったアイリィは思った。小欲に下心を隠しそびれて無意味に人命をそこね、自らをびゆうの炎でいてしまう指揮官は、多数派ではないにしても、結構多いのである。まだ出会ってから半日すら経過していないが、この美形の提督に、アイリィは一定の信頼をおいていた。


 銀髪の参謀長はその返答を予測していたのか、特に残念がる様子もなく、言葉を続けた。


「では、無人探査機を投下しての調査にとどめますか」

「そうだな、そうしよう」


 司令官の意を得て、参謀長は実行の指示をくだすべくその場を離れた。淡墨髪の提督と同様に上質な人格の所有者でもあるらしい参謀長は、上官のみならず、ふたりの客人にも丁寧な礼を残していった。



「副司令官も紹介しておこう。ミレイ・イェン少将だ」


 銀髪の参謀長を見送った艦隊司令官は、そういって、前方と呼べる範囲の全てをディスプレイの壁に囲まれた座席につく女性に視線をなげて言った。


 明るい栗色の長い髪をもつミレイ・イェン副司令官は、名を呼ばれて振り返ったものの、ただ一礼を返したのみで、ふたたび情報の壁に身体を向けてしまった。アイリィがおどろいたのは、少将としては若すぎるといってよい淡墨髪の司令官より、その副司令官が、さらに若いように見えたからである。

 一〇代ではないかとも思ったが、少将提督に確認すると、自らは二二歳であるという司令官と同年ということであった。いわゆる童顔というものであるらしい。


 他に艦橋にいる通信士や参謀にも年齢が低い者が多いが、それは職責からいえば当然であろう。完全な年功序列ではないにせよ、経験の豊かな者が上位を占めるのは自然であり、若者が末端をになうのもまたしか然りである。おそらくは、若すぎる司令官と副司令官が異端なのである。この艦橋においては平均年齢を引き上げている銀髪の参謀長も、少将としては若い部類かもしれない。


「あいつの艦隊制御、情報処理は完璧だ。イェンがいるから、私は細かい仕事をせずにすむ」


 それは短髪の提督の戦友自慢のようでもあった。アイリィは一時的な競争心をあおられて、緊張のあまりとなりで存在感を消している黒赤髪の親友がどれだけ有能であるかを説明してやりたい衝動に駆られた。


 それも徒労か、などと思っているうちに、淡墨髪の司令官があらたな指示を口にした。


「この艦にはひん室がそなえられている。どうせ使っていない部屋だから、艦隊が帰投するまで、そこを当面の生活場所として使ってもらいたい。私はまだ仕事があるのでここに残らなければならないから、兵士に案内させよう」

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