第五章 戦乙女(ヴァルキュリア)帰投

 惑星に降り立ったときと比べて乗員を二名増員して飛び立ったシャトルは、ふたたび真空の夜空にその全身をゆだねていた。名もなき太陽の光と、その光を反射して輝く名もなき惑星の光を異なる方向から浴びて、それぞれの波長の違いを船体に表現している。


 アイリィは、連邦軍という組織のものであるらしい航宙艇の舷窓から、星々の海をながめていた。そのすべてが見たことのない星座であるので、どれがどの星なのか、判別がつかない。もしかしたら、自分が知らない恒星も、数多くあるのかもしれない。宇宙は広いというが、その広大さ、深遠さを、あらためて感じさせられる。


 その視界に、巨大な人工物が姿を見せた。艦艇であるらしかったが、我星政府軍のそれとは、外観がまったく異なっていた。


「へぇ…」


 アイリィはすなおに嘆息した。それは、美しい流線型の艦形に、白いパレットに空色の絵具を数滴垂らしたような蒼白色をいろどった、神話のペガサスを思わせる艦であった。窓にへばりつくように食い入って眺める親友の姿が気になってそばにやってきたシュティは、そのいろっぽい美麗さに言葉が出ず、かわりにつばをひとつのみこんだ。


「戦闘航宙母艦ヴァルキュリア。この航宙艇の母艦であり、私の乗艦であり、連邦軍第三独立艦隊の旗艦でもある」


 その艦隊の司令官であるサヤカ・シュウしようじようが、簡潔に説明した。


「豪華客船であればともかく、軍艦でこれほどまでに美しい艦は、見たことがありませんね」


 アイリィはそう感想を述べた。我星ガイア政府軍の艦艇は、光学偵察で補足されにくいよう、すべて黒色塗装が基本である。艦隊旗艦や戦隊旗艦などは、指揮のために通信設備を増強する必要性からやや巨大化する傾向にあるが、とくに装飾に意匠を凝らすような設計思想は採用されていない。


 乗艦の芸術性を賞賛されたライトグレー髪の提督は、しかし、艦を見るに単色の色彩を浮かべてはいなかった。


「旗艦は外観にも風格あるべきという思想だが、資源の無駄遣い、といえなくもない。まあ、実用的な意味合いもあってのことだがな」


 先端科学にもいちおうの興味を持つアイリィはその詳細を知りたく思ったが、航宙艇の操舵手パイロツトの声が会話をさえぎった。


「提督、着艦の準備はととのっております。今すぐ帰艦なさいますか」

「頼む」


 短い返答とともに、少将提督は片手を上げてふたりのそばから離れていった。



 航宙艇の母艦への着艦は、相対速度をシン調クロさせ、電磁誘導により艇を母艦に吸着させるかたちでおこなう。その過程の大部分は母艦の自動管制によって進行するが、細かな姿勢の制御はいまだ操舵手の担当であり、りようが未熟だと、着艦の際に船体に不快な揺動をもたらしてしまう。二人の客人をはこぶこの艇の操舵手はモーリ准尉といったが、彼は、航宙艇の操作に関して上質な才能の鉱脈を有しており、その技術を評価されて、提督が搭乗する航宙艇の操舵手を任されていた。


 白都ウエストパレスの街並みをも想起させる蒼白色の艦肌が眼前に迫ると、巨大な離着艦区画の扉が、音もなく開かれた。その巨大な艦体からすればちいさな航宙艇は、産まれたばかりの乳児が母親の腕の中に抱きかかえられるように、ゆっくりと母艦の中に吸い込まれていった。


「着艦します」


 操舵手の准尉のことばは、母艦の管制への報告であると同時に、万一不測の事態に備えるべし、という艇内の人間に対する指示の意味合いもふくまれている。このような艇内の行動に関する指揮権限は操舵手のしようかんするところであり、階級を上とする者であっても、操舵手の指示に従わなければならない。すでに座席について安全装置をセットしていた淡墨髪の司令官少将は、規定マニユアルにしたがって身の安全を確保する姿勢を取り、客人の二人もそれを自分の身体で再現した。


 艇は指定された埠頭ポートへ低速で進入し、無重力の慣性から誘導電磁力へとその体重を明け渡した。艇内の重力が艇の人工重力から艦のそれへと移行し、反発する電磁界が自身の性格を絶妙に変化させていく。操舵手はそれらの科学技術によって生じる物理的な変化を利用して、艇の姿勢を保ちながら、母艦の艦床に、ゆっくりと着艦させた。それはまさに神業というべきであって、艇が入港してから母胎に接地するまでのあいだ、搭乗者の血流にわずかの乱れも生じさせなかった。


「芸術だな、いつものことながら」


 自分の行為が終わったことを確認した少将提督が、ひと仕事を終えた操舵手にむかっていった。艦隊司令官から賛辞を送られた操舵手の准尉は、驚喜するわけでもなく、ただ黙然と一礼を返すのみであった。上官に媚びるそぶりすら見せず「当然の仕事をしたまで」と無言で語るその准尉にプロフエツシヨナルとしてのきようを感じて、その堂々たる振る舞いに、同じく槍術の名手としてのプライドを持つアイリィは自然と好感をおぼえた。


 それ自体が危険物探知装置にもなっている離着艦区画の門扉ゲートを通過しながら、少将提督がいった。


「すぐにでも腰を落ち着けたいところだろうが、ひとまず艦橋に来てほしい」


 むろんアイリィはそれを了承した。淡墨髪の艦隊司令官がそんなつもりがないことはわかっているが、ここは我星政府軍とは異なる組織の軍艦内である。指示に従わない場合はもちろん、不審と思われるそぶりを見せれば、拘束されたり殺害されても文句はいえない。

 黒赤髪の親友も、そういった事情を考慮した結果なのかどうかは不明だが、飼鳥を服の中にしまいこみ、沈黙を唯一の友として、謹直な面持で艦の廊下を歩いている。


「私も、艦橋に事のてんまつを報告しなければならないのでな。それに、私の恩人でもある卿らを、おもだった艦隊幹部に紹介しておきたい」


 二名の客人の緊張感が音もなく伝わったためか、短髪の提督はそうつけくわえていった。そのことばは、外見に比してやや個性に欠ける艦の内装がふたりに加える無言のプレツシヤーを、すこしだけ軽くした。

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