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中世の感覚で表現するなら〝絶海の孤島に流れ着いた〟ふたりは、とりあえず浅瀬からほど近い砂浜に歩みをすすめた。
「これから、どうするの…?」
ようやく泣きやんだらしい黒赤髪の親友に訊かれて、アイリィは答えた。
「とりあえずテントを張って、当面生活する場所の確保だね。あと食糧も。まあ当面はポッドの非常食糧が使えるけど、無くなっちゃう前に目処をつけておかないといけないし。ずっとテント暮らしってわけにもいかないから、落ち着いてきたら家も建てないとね」
と説明したものの、シュティの不安な表情は変わらなかったので、
「なんだ、一緒に暮らす相手が私じゃイヤなのか?」
と冗談をとばしてみたら、年下の親友は自我を失った旧式の扇風機のようにぶんぶんと首を左右に振るものだから、アイリィにとってはからかいがいがあるのだ。
とはいえ、アイリィ自身も、先があまりに見えないので、溜息をつくためだけに肺の空気を使い果たしてしまいそうである。これほどまでに生命の可能性で満たされている惑星であれば、いずれ我星本星から調査隊が派遣されるときが来るだろうが、はたしてそれが一〇年先か、一〇〇年先か。いずれにしても、当分この惑星に根を生やして生活する覚悟が必要なようであった。
「さ、ふたりの愛の巣をつくる場所を探すよ」
といわれて、はじめて笑いの衝動が不安の重量をうわまわったらしく、シュティは少量の
アイリィにとって、この
アイリィが最も心配するのは、黒赤髪の親友にかかる心理的負荷であった。異なる太陽、未知の星座、生活環境の激変は、強烈な
生活の根拠に適した場所をさがして湖岸からすこし内陸に歩いていくと、浅めの藪を抜けた先に、ややひらけた平地をみつけた。
「ここにしようよ」
と〝新居〟の場所をアイリィは提案し、まだ涙が完全に乾ききっていない友人もそれを了承した。湖岸に拠点をおかなかったのは、水位の上下が読めないことと、湖中から凶暴な生物が突然襲いかかってくる危険を避けるためである。視界を遮るものがない平地は、危険を早く察知できるし、退避路の確保もしやすい。
ふたりは脱出艇から野営用のテントとある程度の食糧、毛布などをはこびだして、仮住まいの装備をととのえていった。水は湖水を汲んで濾過すれば足りる。浴槽をつくって湯を沸かせば、入浴も可能であろう。なんにせよ水を潤沢に使えるのはありがたいことだった。人間は、豊富な量の水なくして、まともな生活を送ることはできないのだ。
とりあえず最低限の寝食ができる状態をつくりあげて、ふたりはこの日の作業を終えることにした。一気に体勢をととのえてしまいたい思いはあるが、突発的な事態に対応できるだけの体力を残しておかなければならない。焦りは禁物である。
「虫除けの電流鉄線張って、食糧になるようなものを探して、畑耕して、家建てて…やることはいっぱいあるね」
「うん、そうだね…」
充実した仕事に満足する職人のような表情でアイリィはいったが、黒赤髪の親友の顔色は、やはり、アイリィのそれとは正反対の色彩に染まっていた。
「不安か?」
その問いに、シュティは直接には答えなかった。
「ごめんね、こんなに頑張ってくれてるのに…」
謝罪の形式をとったことばだったが、むろん、アイリィはその裏側に隠れた感情に気付かないほど鈍感ではなかった。
「大丈夫だよ」
アイリィはそういって、つい数時間前に脱出艇の中でそうしたように、親友の肩を抱き寄せた。伝わり来る体温に心の中のなにかが溶かされたのか、シュティはこんどは素直な心の
「不安なんだ…このまま、ここで死んじゃうのかなって。このまま、もう帰れないのかなって」
アイリィは、腕の中にある親友の顔をのぞいてみた。涙を流してはいなかった。いなかったが、そのことは、心情が深刻なものでないことを意味してはいなかった。
「私も、不安じゃないっていったら嘘になるけどね」
といいながら、アイリィは急速に脳裏の辞書を繰りびいて、ことばをさがしはじめた。彼女は、どちらかというと自分の感情を表現するのは苦手であって、外面に出すとしても態度や行動で伝えるほうが圧倒的に多かったが、同時に、ことばというものが持つ力を理解してもいた。いまはその力で、親友の純真な心を
「もちろん、なるべくがんばってみるつもりではいるけどね。がんばって、それでもし駄目だったとしても、私は自分の人生に後悔はしないよ。最高の親友に出会えて、たくさんの時間を過ごせて、その親友と最期まで一緒にいることができた、
アイリィが自身の心情の深い部分を口にするのは非常に
会話が妙な方向にむかいかけるのをかろうじて回避したシュティは何もいわなかったが、その表情は、濃茶髪の友人がことばをかける前とは異なっていた。
「だから、やれるだけやってみようよ、一緒にさ」
としめくくられたことばに、小さな腕の中で、同じく小さな黒赤髪の頭が、小さくうなずいた。
アイリィは、慣れないことにもなんとか落第点をまぬがれたらしいことにほっとしたが、自分のことばで自分をあざむくことまではできなかった。この惑星で親友とともに命運の炎を尽かすとして、幸福だった、とは思えるかもしれない。だが、後悔しない、ということは決してありえなかった。だから、なんとしても、この状況を打開しなければならなかったし、そのために血肉の努力を惜しまないつもりだった。
しかし、彼女の決意や思惑とはまったく異なる次元で、事態はすでに進行していたのである。
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