第26話 ちびっ子大賢者と魔国エネルギー事情、およびメインヒロインは誰だ問題



 零番勇者リーズン・ワン・ハイブリッジに案内されて俺たちが訪れたのは魔王城のコントロールセンターだった。

 そこにいたのは拘束された魔族の研究者たち。

 リーズンはそのうちひとりの幼い少女をつかみ、俺たちの前に突き出していた。


「こいつは〝魔界の大賢者〟ハハルル・ファスファス。魔王城のラボの一切を取り仕切る魔国の科学者だ。魔国軍の仲間うちでは『博士』とか呼ばれているらしいな」

「こらおまえ! ボクの名を勝手にさらすな! 紹介するな!」

「うるせえちょっと黙ってろ」

「ああ黙るさ! 誰が人間なんかと口をきいてやるものか!」


 そして、ちびっ子——ハハルル・ファスファス博士はムスッと静かになった。

 〝大賢者〟……ってことは見かけよりも年齢は上なんだろうか?

 魔族の加齢の程度はよく分からないが……。


「……なあ、リーズン。ちょっといいか」

「ああん? なんだ?」

「ここが魔国軍にとって重要な場所で、そこいるちびっ子がその責任者なのは分かった。だけど、どうして俺たち八十八番英雄隊を連れてきたんだ? 玉座の間にいくならいまがチャンスだと言ってただろ、お前」


 俺は落ち着かなかった。

 念のためウッドソン部隊長たち近衛騎士に部屋の入り口で周囲を警戒しつつ待機してもらってはいたが、ここは敵の王城である。あまり長時間一カ所にとどまっているのも危険な気がした。

 内心に焦りが募っていた。


「なんだそうか。貴様には分からないか、ここに来た理由が」

「……?」

「くっくっ。では無知で哀れな貴様のためにこのオレ様が教えてやるとしよう……」


 リーズンはやれやれと肩をすくめた。

 だからその恥ずかしい話し方やめろって。


「いいか、八十八番。貴様の役目は魔王を倒すこと、そうだな?」

「……残念ながらそういうことになってるらしいな」

「他人事かよ。……まあ、それはともかく。問題なのは魔王を倒したあとだ」

「倒したあと?」

「そうだ。現在の魔国軍は魔王が持つ魔力供給能力によって維持されている。そこまではいいだろう?」


 いいもわるいもその魔力供給を断つことが魔王暗殺の目的じゃないか。


「それでだ。じゃあ、魔王を倒したあと、その魔力供給システムはどうなる? 魔王がコントロールしていた膨大な魔力の流れはどこへ行くんだ?」

「……ああ」


 そういうことか。

 

 ラスボスを倒したあとに行き場を失ったエネルギーが暴走する。

 ありがちな展開だ。

 しかし、当然予想され得る事態でもあった。

 リーズンはそのための対策を立てるべきだと言っているのだ。

 うんうん、予防線を張るのは大事だよな。

 これまで散々予防線に守られてきた俺が言うのだから間違いない。


「魔王の魔力供給の仕組みについて帝国は調査を続けてきた。が、それもいまだ解明されていない部分がほとんどだ。魔王打倒ののち、それまで制御されていた魔力がどうなってしまうのか。憶測を越える想定はなされていないのが現状だ」


 あ。そこはまだ本当に分かっていないわけね。

 てっきりまた俺が知らされてないだけなのかと思ってたよ。

 ちょっと安心。


「そこで登場していただくのが、こいつだ」


 リーズンはちびっ子博士の首を再度引っ張り上げた。


「こいつとはなんだこいつとは! おい、襟首を引っ張るんじゃない!」

「うるせえ。お前ここの責任者なんだろう? いいから説明してもらおうか。魔国の魔力供給システムの全容、そしてそれを急にストップさせた場合に何が起こるか」

「ど、どうしてボクが、人間どもにそんなことを教えてやらなきゃならんのだ!」

「あ? なんだと殺すぞ」


 そう言ったリーズンの目は殺気立っていた。

 この男が言うとシャレにもただの脅しにもなっていない。


「いいさ、殺せ! 殺すがいいさ! 人間に話すくらいならそのほうがマシだ!」

「……いいのか? じゃあ、殺す前にここにある精密機器諸々とそこのモニターがたくさん付いてるメインコンピューターっぽいのもボコボコに叩き壊してから殺すことになるが、本当にそれでもいいのか?」


 リーズンはゲスい笑みでニタニタとハハルル博士を見下した。


「ななな!! ここにあるのは全部ボクがつくった発明品ばかりだ! いわばボクの子供みたいなものなんだ。とくにその魔王城の統御コンピュータ——あれはボクの全研究生命をかけた最高傑作、それを壊すのだけはやめてくれ!!」

「でも、話してくれないんじゃあなぁ~」

「くっ……。そ、それならせめて壊すのはボクを殺してからにしてくれたまえ。我が子が破壊されるのを見ながら死ぬなんて死んでもいやだ……!!」


 必死に訴えるハハルル博士。

 我が子って……そこまで言うほどのものなのか?


「ダメだ。壊してから殺す」


 とても冗談には聞こえなかった。


「や、やめたまえ。やめてくれやめてくださいおねがいします!!!!」

「それじゃ、壊すか。せーのっ——」

「うあああああああっ」


 鬼畜だ。

 鬼畜がおる。


「ううううっ。分かった。すべて話すよ……。だからどうかこの子たちは壊さないでくれ……」


 ハハルル博士はがっくりとうなだれ、やがて渋々語り始めた。




 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




「……こほん。でわよろしいかな、愚かな人類ヒューマン諸君! 魔国最高の知性と謳われる大賢者ハハルル・ファスファスちゃんが直々に伝える言葉である。耳をかっぽじってよくよく拝聴するように!」


 うーん。

 薄々感づいてはいたけど、こいつも相当めんどくさいな。


「魔王様の魔力供給システムを説明するにはまず、この魔国の在り方から解きほぐさねばなるまい」

「その話、長くなりますかね?」

「言っとくがボクは端折らないぞ」

「う」

「時間がない。手短に話せ」

「なんだとお!」

「壊すぞ」

「……簡潔に話して進ぜよう」


 こわい。



「——いいかね。そもそも『魔族』とは、ある特定の種族を指す言葉ではない。魔力を主要な活動エネルギーとする人間以外の種族の総称だ。ゴブリン、ドラゴン、オーク、リザードマン等々……まあいろいろいるが、もとはまったく関係のない種族だ」


 ふむふむ。

 それは赤点劣等生の俺でも分かるぞ。


「だが、人間はそういった自分たち以外の種族を『魔族』とひとまとめに差別し、迫害してきた。そうして大陸を支配したのが憎き神聖帝国なわけだが……」


 神聖帝国の大陸支配。

 なんでも建国当初の帝国は現領土の西部一部地域を領有するのみであったという。

 それを『東征』と称し、他国他民族への侵攻と侵略を繰り返すことで領土を広げてきたのが帝国の歴史であった。

 その過程では多くの魔族が棲み処を追われたと聞き及ぶ。


「魔族はヒトとも獣ともつかぬ存在として被差別的扱いにあった。そんな人間社会を避けた魔族が寄り集まってできた、国ともいえないような弱小国、それが魔国だったのだな。『魔国』と呼ばれてはいるが、民族的にも思想的にもまとまりに欠ける。人間諸国からもまともに国家と見做されてはこなかった。現在の魔王様——メモリアルスⅢ世魔王陛下が現れるまではな」




 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 魔王は本来統一性を持たない魔族を統率する唯一無二のリーダーだった。

 特殊な魔力供給回路を持ち、膨大な魔力をその身に持て余しているとされる。

 その魔力供給の確かな仕組みはよく分かっていないが、魔王城に近ければ近い程その魔力濃度は高くなる。


 そこまでが帝国側の見解だった。


 魔国はかつては現在の量をはるかに上回る天然の魔力産出量を誇る土地であった。

 多くの魔族が豊富な魔力に惹かれてこの地に集まってきた。

 そこで魔力の供給と分配の役を果たしていたのが魔王の一族だったのだという。

 しかしもともとあった魔鉱石の採掘地や魔障の泉は帝国によって差し押さえられ、資源として狩り尽されてしまった。

 魔国の魔力貯蓄量は長年低下傾向にあったのだが、現魔王が新たな魔力源をつくり出し、そのうえで供給システムを再興したため魔族全体の魔力値が著しく向上した。

 結果、それまで人間から迫害され弱体化していた全世界の魔族や魔物が立ち上がる事態のきっかけとなった。


 魔王とは、代々自分以外の魔族へ魔力を供給する能力を受け継ぐ一族の長のこと。

 だから、決して魔王自身が無限に湧き出す魔力を有しているわけではないらしい。


「新たな魔力源?」


 聞きなれないが重要そうなワードが出てきたぞ。


「なんだそれは。言え。さもなくば殺す」

「そ、それは言えない! それだけは言えない!」

「壊すぞ」

「うううううぅぅぅ。ぎょ、玉座の間に行けば分かる。それで勘弁してくれ……」


 玉座の間に行けば分かる?

 どういうことだろう?


「そうだ! それより魔力供給システムの説明がまだであったな! それを教授してやろうじゃないか」


 あからさまに話題をそらしたな。


「あー、一言で言うとだな、地脈だ。魔王様は地脈を通じて魔力を操作することができる特殊能力者だ。それは大陸だけじゃない、やろうと思えば世界中の地脈を一度に操ることもできる」


 あー、地脈ね。分かるよ、地脈。

 よくあるよね、地脈を利用して大地のエネルギーがどうのこうのってやつでしょ。

 知ってる知ってる。


「おい、よろしいか、そこのお前」

「俺?」

「そうだ。そこの頭の悪そうなヒューマン」


 頭の悪そうなって言うなよ!

 事実悪いんだから!


「如何にも分かったふうな顔をしているが実際まったく分かってないだろ。なんだ、愚かな人類代表かお前は」


 うぐっ。

 さすが大賢者、鋭い。


 そこで再びリーズンが割って入った。


「まどろっこしいな。はやく結論を言え」


 おまいう。


「簡潔にまとめただろ! 大賢者様の言葉に文句があるのか!」

「うるせえ殺すぞ。魔王を倒したあとにそれまで供給されていた魔力が暴走する可能性はあるのか、ないのか。それを答えろ」


 あんまり殺す殺す言うなよ。

 怯えてるだろ、俺が。


「……この城の魔力供給システムは魔王様の能力に大きく依存しているからな。突然にその能力が失われればどうなるか……。確かなことはボクにも分からない」

「曖昧だな。暴走の可能性はあるのか、ないのか」

「うううぅ……。可能性がゼロかと問われればないとはいえない。だが、万一のための制御プログラムはある。ボクが責任者の席にいる限り、非常時の対応はできないことは、ない……」


 ハハルル博士は弱々しく答えた。


「それなら話は早い。玉座の間にこいつも連れて行けばいい。魔王討伐後の事後処理はこいつにやらせる」

「だ、だれがそんなことに協力するか!」


 ハハルルは口沫を飛ばして反論した。


「ああん? 生かされているだけありがたく思えよ」

「人間風情が偉そうに……。ノゾナッハ渓谷の戦いはとっくに決着がついてるんだ。もうすぐ魔王様が帰ってくるぞ! そうしたらおまえらなんて……!!」

「えっ。決着はついてるって四聖獣はどうしたんだ!? そんな簡単にやられるような代物じゃなかったと思うけど……」

「しせいじゅうぅー? そんなもん魔王様が本気を出せばちょいのちょいだ!」


 帝国最後の切り札をちょいのちょいって……。

 魔王ってのはそんなに強いのか!?

 俺からすると、上位の八十八英雄たちが初戦で敗退していった事実がいまだに信じられていないくらいなんだけど。


「そうだ、魔王様はお強い。人間は魔力供給システムばかりを恐れているようだが、そもそものレベルが違うのだよ!!」


 大賢者ハハルルはそう言って歯がみしたが、その幼い見た目のせいで喧嘩に負けて悔しがる子供にしか見えなかった。


「人間の勇者ごときがなあ、魔王様に敵うわけないだろ!!」


「——いいえ、勇者様は決して負けません! 必ず魔王を討ち倒します!」


 それまで傍観の姿勢にいたセーミャが突然くちを挟んだ。

 そうだね。君はそう言うよね。


「あー、セーミャ、そう言ってくれるのは嬉しいけど、いまは話がややこしくなるからさ……」

「……なんだお前は。その身なりは中央教会の魔導士であるか」


 ハハルルがセーミャをじろりと睨んだ。

 対するセーミャはあくまで無邪気である。


「はいっ。わたくし、『祝福と慈悲と愛撫の修道院』所属の修道女シスター、セーミャ・エトセトラと申します。こちらの勇者ショア・シューティングスター様の専属衛生兵ヒーラーを務めさせていただいておりますっ」

「セーミャ・エトセトラ……だと……」

「はいっ」


 セーミャの名前を聞いた途端、ハハルルの顔色が変わって見えた。

 なんだ?


「……聞いたことがある。いまの中央教会に若くしてとんでもない魔力と信仰力を持った修道女がいると。その力は聖女フリフィシアに匹敵するとかしないとか……。希代の白魔導士セーミャ……。帝国がわれわれを動揺させるために流した作り話だとばかり思っていたが、そうか、実在したのか……」


 え? なになに?

 セーミャってそんなにすごい人物だったの?

 ハハルルさん、思わせぶりなこと言って俺を混乱させようとしてない??


「わたくしのことはどうでもよいのです! 勇者様は帝国に残された最後の希望! 必ず魔王を討ち破り、世界に平穏を取り戻してくださることでしょう!」

「だーかーらー、そもそものレベルが違い過ぎるんだって言ってるであろう!」


 双方おのれの信念を曲げる気配はない。

 不毛な応酬だった。



「——勇者では魔王に勝てないというのは……そうだと思います」


 気づけばヨーリが思い詰めた面持ちでうつむいていた。


「……ヨーリ?」

「戦争のせいです。ぜんぶ戦争が悪いんです。……前に私、そう言いましたよね」


 ああ、そう言えばそんなことも言ってたっけかな。

 ……と言ってもそれもまだ一昨日の話だけども。

 あの追試の出会いからもうずいぶんと遠くに来てしまったように思う。


「ぜんぶ戦争が悪い——あれは何も、自分のお洒落のことだけを言っていたのではないんです」

「…………そうだったけ?」


 わりとダイレクトに自分の所業の責任を戦争になすり付けるような言い方だった気もするけども……。


「何も私は自分のお洒落のことだけを言っていたのではないんです」


 なんで二回言ったし。


「ないんです」

「……はい」


 俺の疑念を態度で押し出そうとするヨーリ。

 ミリアドと比べて俺に対する風当たりが強めじゃないですかね、ヨーリさん。


「お父さんがよく言ってたんです。いまの帝国じゃ魔国には勝てないって」


 ヨーリのお父さん——帝国魔導工学の権威、イークアルト教授か。

 確か、反教会思想派の論客という評判を何度か聞いたような気がする。


「いまの帝国は勇者という個別戦力に頼り過ぎているんです。神託によって選ばれた勇者であれば邪悪な魔族に負けるはずがないと。それは中央教会の権力が強すぎるせいでもありますけど……」


 ヨーリはそこで一瞬だけセーミャのほうを見たが、すぐに言葉を続けた。


「お父さんは言っていました。この帝都では魔導工学は肩身が狭いと。勇者の力をないがしろにする〝兵器の学問〟だと。創世神への信仰を軽んじ、俗世間の実利に走る思想と非難されてろくに予算も下りない。学界の権威と呼ばれても机上を出ることができないとこぼしていました」

「そんなことが……」


 ヨーリのお父さん、マジに教会に目の敵にされてたのな。

 っていうか、反教会思想派の論客ってそういう意味かよ……。


「でも、それではダメだと思うんです。英雄の伝説だけに頼っていては戦争には勝てません。誰か数人すごく強いひとがいても、それだけじゃ、ダメなんです……」


 そのときのヨーリの表情はひどく沈痛で、悲しそうだった。

 俺は何と声をかけていいのか分からず戸惑うばかりだった。


「——そこまで言うのは親御さんの影響ばかりじゃないんじゃないか?」


 気まずい空気のなか口火を切ったのはやはりミリアドだった。


「そ、それは……」

「なあ。勝手かもしれないが教えてくれないか、ヨーリちゃん。俺たちと出会う以前、この戦争に関してヨーリちゃんの身に何があったのか」

「ミリアド君……」


 ヨーリはしばらく迷っていたようだったが、


「そうですね、いまなら話してしまってもいいかもしれません」


 と、何か思いを決めたふうにして顔を上げた。


「……それに、なんだかここで話しておかないと、もう話す機会もないような気もしますしね」


 そうつぶやくように言って、彼女は少しさびしそうに微笑んだ。

 ヨーリ、それよくないフラグだから!

 


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