第24話 RETAKE.02 : 爆発するドアとボーカロイド的な少女



 最後のワープを終え、もはや魔王の星を目前に控えるまでとなった。


 俺たちの長い長い冒険の旅も終わりを迎えようとしている。

 これまで俺たちは本当に多くのことを経験してきた。

 得たもの。

 失ったもの。

 それら全部が俺たちの力になる。

 大宇宙のあらゆる運命が一個の結末に収束しようとしていた——。




 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 俺は誰もいない学校の空き教室で窓の外を眺めていた。

 以前は市街地が見えていた窓には、いまでは無限の星々が輝いている。 

 しばらく思い出に耽ってた俺だったが、


「勇者様、こちらにいらしたのですね」


 と、俺を呼ぶ声がして意識を引き戻された。

 振り返るとショートヘアの女子がドアの側に立っていた。



「——ああ。聖宮セイミヤか」



 聖宮などか。

 古代遺跡の神殿のなかから目覚めた少女。

 あの日、彼女との出逢いが俺の日常を一変させたのだ。

 目に見える地平がすべてだと思っていた俺に、彼女は世界の広さを教えてくれた。


「勇者様。わたくしのことはどうか気軽に〝などか〟とお呼びください。そう何度も申し上げているではありませんか」

「そういやあ、そうだったな……。でもなんでかな、こっちの呼び方のほうが俺には妙にしっくりくるんだよ、聖宮」

「むうぅ。勇者様がそれで呼びやすいとおっしゃるのでしたら……」

「悪いな。いや、おかしいよな、ほんとなんでなのかな。はははっ」


 うまい言い訳が思いつかず、俺はたちまちしどろもどろになる。


「……ふふっ。いいんです。構いませんよ、わたくしは」


 そう言って聖宮はいたずらっぽく笑った。


 聖宮は俺のことを〝勇者様〟と呼ぶ。

 彼女によれば、俺は超古代文明の予言に記された救世の勇者なのだという。

 実物はそんな大したもんじゃないんだけどな……。


「ところで勇者様はこちらで何をされていたのですか? このような空き教室で……」

「ああ。ちょっと考え事をね」

「考え事、ですか」

「うん。みんなと、俺自身のことについて考えていたんだ」

「そうですか……」

「ああ……」

「……勇者様。何かお困りのご用件がございましたら、何なりとわたくしにご相談ください。わたくしは勇者様のお役に立ちたいのです」


 聖宮は真っすぐな目で俺を見つめていた。

 その表情は真剣そのものだった。

 

 ……かなわないな、彼女には。


 俺はふっと一息を吐いて打ち明けた。


「……正直、不安や迷いがないと言えば嘘になる」

「勇者様……」

「いまさらながら思うんだ。俺なんかが艦長の立場にいていいのかって。もっと相応しい場所があったんじゃないかって……」

「それは杞憂です。勇者様はこの宇宙になくてはならない大切なおひとですっ!」

「聖宮、それはいくらなんでも大げさだって毎回言ってるだろ」

「いえ、こればかりは譲るわけには参りませんっ」

 

 聖宮は俺が戦いに赴くときはいつも、俺がいかに素晴らしい勇者であり、どれほど大切な人物であるかということを説いてくれた。いつだったか、ただ立っているだけで全宇宙の希望になるとかいうことも言っていたっけな……。

 それが彼女なりの励まし方なのは重々分かってはいたのだが、どうにも胸のなかのこそばゆさが抜けなかった。


「勇者様——」


 ふいに聖宮が俺の両手を握ってきた。

 柔らかな感触が手の甲を包む。

 彼女の指は細く小さかったが、触れ合った部分を通じて彼女の確固たる意志が伝わってきた。


「わたくしたちは勇者様の指揮の下でいくつもの死線を乗り越えてきました」

「ああ、そうだな」


 俺は力強く答える。


「もはやこの宇宙に勇者様の前をさえぎるものは何もございません。それがたとえ魔王であっても」

「ああ」

「ここまでみんなで無事に生き延びてこられたのも、ひとえに勇者様の指揮と活躍あってのことです。それで宇宙のどれだけ多くのひとたちが救われたことか」

「ああ」

魔星ませいへの航路もいまのところ滞りなく進んでおり、すべては勇者様の立てた作戦通りに動いております」

「ああ」

「ですので勇者様は何も心配される必要はございませんっ」

「そう、なのかな……」

「そうです! 勇者様はこの宇宙になくてはならない大切なおひとなのですから!」


 聖宮はそう明るく繰り返した。

 そんな彼女を見ていると、少し意地悪を言ってやりたい衝動が芽生えた。


「大切っていうのは超古代人として? それとも——」

「? それともなんでしょう?」

「うん。聖宮自身は俺のことをどう想ってくれているんだろうって思ってさ」

「そ、それは……」


 聖宮はいつだって無邪気に俺の質問にこたえてくれていた。

 その聖宮がめずらしく言葉を詰まらせた。

 こころなしか頬が赤い。

 しまった。

 彼女を困らせてしまったかな。


「——いいよ。その答えは戦いが終わったあとにあらためて聞くとしよう。いまは目の前の敵を倒すことが先だ」


 聖宮などか。

 毎日の日常に退屈さを覚えていた俺に生きる意味を気づかせてくれた存在。

 彼女が笑ってくれるから俺はいまここに立っていられる。

 その顔を俺が曇らせることがあってはならないんだ。


 そのとき、手元の通信機が俺を呼び出した。


「ショウヤ君! いえ、艦長っ。いまどこにいるんですか!? サボってないですぐ戻って来てくださいッ!!」

「……了解した。すぐに司令室に向かう」


 そうだ。俺は大宇宙生徒会長騎士田キシダ翔也ショウヤ

 国連宇宙軍浮遊山ふゆうざん学園高校英雄艦隊司令長官。

 他でもない、俺がやらなければならないのだ。

 俺は決意を新たにする。




 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 俺が中央司令室の艦長席に到着すると、すでに艦員全員が定位置に着いていた。

 背後をキープしているのは宇津堂ウツドウ参謀長、オペレーターを務めるのはヨリコだ。


「長官殿、早く指示を」

「もうっ。しっかりしてくださいよ、ホントに」

「ははっ。すまない」


 管制モニターは敵の勢力圏が近いことを示していた。

 遠く魔星の映像が映し出される。

 地表面を機械に覆われた黒い星。

 魔星は魔王軍によって築かれた人工惑星だ。

 星そのものが宇宙に浮かぶ巨大な軍事要塞なのである。

 

「本艦隊、六〇〇秒後に敵艦隊の有効射程距離に入ります!」

「よし、総員戦闘配置! 各部署の生徒は持ち場に着け! 一般生徒はシェルターに避難を!! ぐずぐずするな、敵は間近に迫っているぞ!!!」

「騎士田会長! 総員戦闘配置、完了しました!」

「行くぞ! 浮遊山学園高校生徒会、出撃だッ!!!!」


 ——次の瞬間、強い衝撃が艦を襲った。


 艦内にけたたましい警告音が鳴り響く。


「どうした!! 何が起こった!!!!」

「奇襲です! 敵の奇襲です!!」


 モニターは敵軍を示す赤い明滅で埋め尽くされていた。

 対して、友軍艦隊の表示がつぎつぎロストしていく。


「信じられません!! 敵の大艦隊が突然前方に!!!」

「レーダーには事前の察知はありませんでした!!」

「第二、第三、第四艦隊、全艦撃墜されました!!!」

「機関部に損傷!! 航行継続困難です!!!」


 艦員たちの報告は艦隊が絶体絶命のピンチにあることを知らせていた。

 事態は急変していた。


 ——なんだ。

 いままで順調だったじゃないか。

 いったい何がどうなっているんだ。


「みんな落ち着け!! こんなときこそ俺たち生徒会が一致団結して——」


 ドガゴギクオグシャオォォンンッッッ!!!! と、背後からものすごい音と振動が響き、司令室のドアと壁がいっぺんに吹き飛んだ。


 煙と火薬のにおいが充満し、フロアの半分が抉り取られたように壊れていた。

 朦々とした煙の中心に現れたのは無表情な少女。

 彼女は爆炎を逆光にしてひとりそこに屹立していた。


 ラスボスかよ。


「おまっ——」


 そこで俺の立っていた司令室の床の継ぎ目が火花を吹いた。

 同時に前面のモニターにひびが入り、天井に亀裂が走る。

 間を置かずに巨大な閃光が司令室全体を貫き、母艦諸共爆発した。

 俺は宇宙空間に投げ出された。




『警告。この世界のイメージバランスの著しい不均衡を検知しました。イメージの再構築を提案します』


 無機質な電子音声が俺に語りかける。


「……なあ、ミミル。さすがにやり過ぎじゃないかと思うのだが?」


 ふわふわと虚空を漂いながら俺は目の前のジト目少女に問いかける。

 この状態、呼吸とかどうなってんのかな。

 ふつうに会話しちゃってるけど……。


『補足。爆発の規模をマシマシにしてみたのですが』

「だからと言って限度ってもんがあるだろうよ」

『返答。いわゆるショック療法です。なんか少し調子に乗っているようでしたので』

「なんか少し調子に乗ってるって……」

『訂正。なんかだいぶ調子に乗ってるようでしたので』

「引っかかったのはそこじゃねえよ!」

『私信。たしかにイメージの重要性について指摘しましたが、いささかやり過ぎかと当方は具申します』

「まあ、おかげで今回は一発で思い出せたけどさ……」


『それは何よりです、


 そう言ったミミルの顔は、気のせいか少し微笑んでいるように見えた。



 無重力に身を任せつつ、俺は静かにまぶたを閉じる——。 





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