二【トカゲ怪人さん、ペンタブ壊れて進捗駄目です】

「うん。この機械によると、怪人は地下にいるみたいです」


 アレグライダーの三人は、大型家電店であるモドビシカメラ内を歩く。営業時間だというのに、店員も客もいない。理由は簡単、秘密結社ヤバノーキの怪人が現れ「ここから出ていけ」と皆を追い払ったからだ。


「なんだ、そのアンテナみたいな機械。アレグライダーの新しい道具か?」

 レドグライダーは謎のアンテナを持ちながら先頭を歩くサキグライダーに尋ねた。


「違いますよ、レドくん。このモドビシカメラで売ってた怪人センサーです。大々的に置いてあったから借りただけです」

「そんなの売ってんのかよ。というか売り物借りていいのか?」

「借りるだけなら大丈夫です。正義の味方は平和のためなら物品を借用できる法律があるので」

「そんな法律があるのか……」


 近代の日本は悪の組織や正義の味方が増加傾向にあったため、それらの定義が法で定められている。そして同時に正義の味方が活動しやすいよう、様々な支援も始まっていた。物品の平和的借用も、財政が困難な正義の味方でも平等に活動できるよう定められた法だ。犯人を追いかけるヒーローに「おじさん、ちょっと自転車借りるよっ!」と言うアニメで定番の展開をさせたいオタク議員が定めたとの噂もあるが、真偽は不明だ。


 三人がエスカレーターを下ると、突如アンテナが急に向きを変える。何らかの反応があった証だ。

「あ、あそこから反応が!」

「! あれはっ……」


 サキグライダーが指さした方向に、トカゲの頭と人の胴体をあわせ持つ奇怪な生き物が得意げな表情を浮かべて立っていた。彼は世界征服を目論む秘密結社、ヤバノーキの最新科学が生み出したトカゲ怪人であった。何かの箱を抱えている。


「また貴様か、トカゲ怪人!」

「グヘヘ、遅かったな荒れグライダー! 今日からこのモドビシカメラ本店は秘密結社ヤバノーキが頂く! 逆らうなら容赦しねぇぞーっ!」

 トカゲ怪人は怪しく笑うと、何かの箱を左手に抱えながら、突進してくる。そのスピードはすさまじく、ぶつかればアレグライダーといえどもひとたまりもないであろう。


「そんな事より依頼した入稿用データ、まだなんですか?」

「あと同人誌の進捗大丈夫ですか?」

 が、サキグライダーとブルグライダーはそんな事気にせずトカゲ怪人の進捗を聞く。


「グッ……。もう足腰が立たないっ」

 三人にぶつかる直前で、トカゲの突進の勢いは止まる。そして何かの箱を持ったまま床に膝をつき、屈み込んだ。


「まだ何もしてないぞ!?」

 早すぎる弱体化に、レドはツッコむ。


「グヘヘ。さすがだなアレグライダー。俺をこんなに早く戦闘不能に追い込むとは!」

「進捗を二回聞かれて戦闘不能とか脆すぎる」

「仕方ない、撤退だっ。覚えてろよ、アレグライダー!」


 立ち上がったトカゲ怪人は勝機が薄いと悟ったのか、階段のある方向へ何かの箱を抱えながら小走りする。正義の味方なら彼を追いかけるべきなのだろうが、今日トカゲ怪人がアレグライダーに対してやった事案は「箱持ってアレグライダーに近づいて屈み込んで帰る」というよく分からない行動だけなので、レドグライダーは追いかける気力を無くしていた。



 ――が、レドグライダーは気が付いた。トカゲ怪人がずっと抱えている箱の存在に。



「おい待て。さっきから持ってるその箱はなんだ。店の商品か?」

「……」


 レドグライダーの言葉を聞き、何かの箱を持っているトカゲ怪人の足は止まった。その顔面は冷や汗をダラダラ流れ体も震え始めている。そのあからさまな表情を見て、レドはトカゲの不法行為を確信した。


「図星か。ちゃんと店の棚に置いてけ」

「い、いや。これはタダのペンタブ……の、空き箱だ! だから持って帰っても……あの、あれだよっ、大丈夫だからっ!」


 トカゲは箱を足元に置いてレドに向き直り、しどろもどろな口調で手と首を横に振っている。どうやらパソコン用のペンタブレットを盗もうとしていたようだ。悪の組織の怪人なのに嘘が下手糞すぎやしないかと、レドグライダーは思った。


「お手本みたいな動揺するなら盗むな。置いてけ」

「お願いだ! このペンタブだけはっ。このペンタブだけは見逃してくれ! これを手に入れるために頑張って店を占領したんだぁっ!」


 レドが指導すると、トカゲはレドの足元に近づき土下座を始めた。現代人が忘れた、日本の伝統的な詫びの文化を体現している見事な土下座であった。だがペンタブに見合わないほどの悲壮感が漂う。


「悪役が盗みで土下座すんな! というかそれ、数千円の商品じゃねぇか。もっと盗みやすくて高い物あったろ!」

「そ、それは……」


 レドが当然の疑問をツッコむと、トカゲの声はまた震える。だんだん泣きが入ってきて、他者が見るとレドの方がいじめっ子だと勘違いされそうだ。



 ――やがて、トカゲは明らかに涙ぐんだ声で何かを呟く。


「ペン……もん……」

「は?」

「家のペンタブ……壊れたんだもん……」


 トカゲはついにペンタブを盗んだ理由を打ち明けた。わずか一行だった。二十文字以下だった。あまりにも薄っぺらかった。


「理由しょぼすぎるだろうが!? 秘密結社の自覚持てよっ!」

「自覚じゃ漫画描けないんだよっ! 自覚でペンタブ貰えるならいくらでも捧げるわっ!」


 めっちゃしょぼい理由で店を占領したトカゲを、レドは溜まり続ける嫌悪感を吐き出すように叱りつける。するとトカゲは涙目で開き直る。もはやペンタブのためならプライドもいらないらしい。


「こいつ、駄目怪人過ぎる……!」

 レドは、まったくもって否定しようのない怪人評価をトカゲに下した。



「もう、トカゲさん。そんなペンタブ盗むなんて漫画描きとして失格ですよ」

「なんだと……」


 突如、サキグライダーが呆れた表情で会話に割り込んできた。トカゲがその声に反応して顔を向けると、サキはトカゲに対して自信満々のアドバイスをし始めた。


「そのペンタブは安物すぎて、漫画には向かないですよ! もっと良いペンタブ選んでください!」

「あ、それもそうか。焦っててそういうの考えてなかった~」

「選ばせてんじゃねーよサキ! 盗みを止めろよ!」


 まさかの品質に対するアドバイスだった。この瞬間より、レドが今日ツッコむべき対象が増えた。



 アドバイスを聞いたトカゲは、持っていたペンタブの箱を棚に戻す。そしてペンタブの並んだ棚を、サキと相談しながらじっくり眺める。


「確かにこれは小さすぎか。いつも使ってるサイズはもうニ段上位のタイプだな……」

「この際、液晶タブレットにしたらどうです? すごく便利そうですよ」

「たしかにそうなんだが、使用感違うだろうしなぁ。緊急の今は、普通の奴でも……」

「いやいや、今のうちから練習した方が将来のためにもいいですって。ほら、こっちに置いてるのとかどうですか? 漫画家の使用者が沢山いるって書いてますよ」

「お、好きな漫画家さんが使ってる奴だ。しかもこの液タブ、白と黒の二色あるのかー」

「パソコンとか部屋に合わせて色を決めると良さそうですね」

「俺は部屋もPCも白だな。でも同じ色じゃなくて差し色の黒にした方がカッコいいかも……」


「……って品定めすんなや!? 盗ませねーぞ!?」

 欲しいペンタブが決まりかけたタイミングで、ようやくレドのツッコミが入る。買い物に来たカップル的な自然さで品定めを始めたので、レドもうっかり流されそうになった。


「なんだよ。たまには自分へのご褒美として借りる権利ぐらいくれよー」

「そうですよー。緊急なんですから大目に見ましょうよ?」

「見れねーよっ! こちとら正義の味方なんだぞっ!」


 サキとトカゲのまったく悪びれない態度に、レドは声をさらに荒げた。おそらく血圧もがんがん荒ぶっているだろう。

 しかしサキはふふんと、胸を張っている。それも「こっちには秘策がある」みたいなドヤ顔で。


「大丈夫。正義の味方は平和のためなら、現場にある物を借りていい法律があります。私がトカゲさんに又貸しすれば……さっきのアンテナのように使いまくっても口出しできません!」


 そう。彼女の秘策は、つい先ほど語られた「物品の平和的借用」を利用した又貸しだった。これを使えば、ヒーローは法を犯さずに好きな物を相手に貸す事ができる。これぞ正しい職権乱用であった。レドの血圧は更に上がった。


「ペンタブ借りるのは平和に貢献できないだろ!? なんでさっきのアンテナとペンタブを同列扱いなんだよ!」

「俺様の平和は、同人誌を期限までに完成させることだっ!」

「レドくんも、トカゲ怪人さんの平和を守るべきですっ!」

「怪人の趣味を守るヒーローがいてたまるかーっ! お前ら行動原理を同人誌に置き過ぎだーっ!!」


 戦いはいつしか、平和の定義を決める泥沼の論戦と化した。ここまで無価値な泥沼もそうそうない。



 レドの気力が限界に近付いたその時、ブルグライダーがレドの肩に手を置く。


「レド、彼らと話していてもラチがあかないよ。ここはトカゲ怪人を倒して、ちゃんとペンタブの代金払わせなきゃ。正直さっさと終わらせて、作ってる同人CDのチェックがしたいしね!」

「ブル。私欲が混ざってるぞ」


 ブルグライダーはレドとトカゲの間に立ち、必殺技を放つ構えを取る。こんな私欲が混じったヒーローに任せていいのかとレドは思ったが、正直レドも疲れたのでブルグライダーに任せる事にした。


「さぁ、トカゲ怪人さん。年貢の納め時だよ! ブルー・インフィニティ・ナントカカントカ・ナックルーっ!」


 ブルグライダーはそう叫びながら、右手に力を入れる。すると彼の拳にうっすらと青い龍の紋章が現れ、美しい光を放つ。これが強力な龍の光を敵にぶつけて倒す、ブルグライダーの最強技であった。技名は適当だが。


「なんの! ブルグライダー、この資料を見ろ!」


 ところがトカゲ怪人は光をぶつけられる前に、ブルグライダーへと紙の束を投げつける。ブルグライダーが紙に目を向けると、そこにはとある動画投稿サイトのアカウント情報がびっしりと書かれていた。


「こ、この資料は……僕の運営する『青春音楽隊』の楽曲を違法アップロードした奴の資料!?」

「同僚のパソコン怪人って奴が動画サイトを運営しててな。違法アップロード者の情報も俺様達が持ってるんだ。どうだ? この情報欲しいだろう?」


 トカゲはニヤニヤと笑う。そのニヤニヤ感たるや、「ヒーローの大事な子供を人質に取った」的な優位さを感じさせた。こいつは何故こんな嘘くさい情報で、そんな得意げな表情が出来るんだ……とレドは思った。


「いや、そんな胡散臭い情報にブルが釣られるわけが……」

「……トカゲ怪人さんにペンタブ貸そう。なぁに、壊した時は借りていた僕達が責任を取ればいいんだもんねっ」

「あっさり信じるなっ!?」


 レドの予想以上に、ブルの寝返りは早かった。この瞬間より、レドが今日ツッコむべき対象がまた増えた。


「グヘヘ。結局人間ってのは自分の利益しか興味ないんだよ!」

「そう! 例えば私はトカゲさんの作品を読みたい! だからペンタブを貸す!」

「僕は自分の同人CDの売り上げを上げたい! だからデータ流した奴の資料を受け取るっ!」

「そして俺様は漫画を描きたい! だから二人の願いを叶え、ペンタブを貰う! これぞWIN-WINの世界なのだーっ!」


 三人は晴れやかな笑顔で、踊り始める。三人が一直線に並びグルグルと体を回すそのダンスは、どっかの男性ダンス&ボーカルユニットが代表曲のイントロでやってるようなアレであった。地の文で表現しづらいその独特な動作は、レドの疎外感と苛立ち度を上げていく。


「お前ら、私利私欲で法の悪用するなーっ! ちゃんと買えーっ!」

「ふん、お前は綺麗事ばっかだなっ。お前も実は、こっそり市販の音楽や漫画を違法ダウンロードしてるような偽善者じゃねーのか!?」


 アレグライダーを二人取り込んだトカゲ怪人は、レドにも揺さぶりをかけ始めた。彼もレドがすぐ負けるとは思ってないが、様々な手を使えばレドも寝返ると確信していたからだ。


 自らの絶対的勝利に酔いしれ、にやにやと踊るトカゲ。テンションが高いからか、トカゲと嬉しそうに踊るサキグライダーとブルグライダー。そしてレドは――荒げた叫びでトカゲへの返答を投げた。



「そんなの興味ないっての! そもそもネットもしないし、音楽や漫画どころかゲームやテレビすら持ってねぇよ!」



「――!?」

「――!?」

「――!?」


 三人の踊りは止まる。笑顔だった表情は困惑の色に染まり、レドに対する視線は異物を見るような形に変貌した。


「……え、何その反応」

 突然空気が冷え切ったので、レドも目を丸くしている。

 

 トカゲたちは、顔を向け合いひそひそ話を始める。

「サキ氏。レドグライダーの話は本当か?」

「確かに彼の家、娯楽品は何もないです。同人用語は私が教えてるので知っていますが、携帯ですらメールと電話以外に使ってない状態で……」

「えぇっ、僕達は全員大学生なのに……レドだけ旧時代過ぎる!? まさかレドは『若者の趣味離れ』を患ってたの!?」

「な、なんて事だ。無趣味な若者の増加で潰れた娯楽企業やサークルは数多あると聞いたが、あいつがそうだったんだな……!」


 彼らはレドの「ネットもしないし音楽や漫画やゲームも持ってない」という、若者にあるまじきサブカル度の低さに驚いていた。今どきの若者なら何かしらのサブカルが好き、と信じていた三人にとってレドの発言はあまりにも衝撃的だったのだ。


「勝手な事抜かすな。貧乏で格闘以外の娯楽ができないだけだっ!」

 ちなみに丸聞こえなひそひそ話だったため、レドも彼らの話に反論した。

 

 やがて三人は悲しそうな表情でペンタブを持ち、会計の方へと向かう。


「……レジに行こう。ペンタブのお金は自分で払わねーと」

「そうですね、無料で使うだけでは経済は回らないもの……」

「お金を払ってでも欲しいって意志を伝えなきゃ、新しい商品は出てくれないもんね……」


 彼らはレドを見て気づいたのだ。サブカルなどの目の前にあるのが当たり前な物でも、皆が無関心になったら作られなくなる。ペンタブも同様だ。だから彼らは精一杯それに反抗しようと行動を始める。制作者を儲けさせるという、とてもシンプルだが一番大事な行動を……。


「ちょ、ちょっと! 俺が貧乏なだけで問題解決すんなーっ!?」

 レドは会計へと去っていく三人を必死で止めるが、もはや三人にその叫びは聞こえなかった。



 客の無関心という敵に気づき和解した、アレグライダー達とトカゲ怪人!

 しかし敵はすぐ近くにいる! 果たして進捗を済ませ同人界を発展できるのか!? 頑張れ、アレグライダー! 頑張れ、トカゲ怪人!

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