第二章

第6話クロス ア パス

 戦うことが常識となったこの世界。いつまで争い続けるのか、などとつぶやく者などむしろ異端であろう。だがエドゥアルド・タルコットを取り囲む状況は小さくではあるが、確実に世界を変えようとうごめき始めている。


 エドゥ因縁のヒッツ・エイベル及びザンダ基地の面々はあっさりと死んだ。ザンダ自治区は独立の、アルバトロスは次なる目的地へと向かう道を得た。エドゥには失ったものが多すぎた。だが、今また新たに守るべき友がいる。アルバトロスに乗る数百名の命はすでに互いに預けてある。


 ダクシルースへと向けてアルバトロス一行はペジ山にアタックしていた。山と言っても標高が高いだけの丘のような場所である。周りの平地は統括軍の支配のもと大きな基地があり、お尋ね者集団の彼らではそれらを通り抜け出来なければ、他のルートだと急勾配になっている山が多い。つまりここが今ある中では最適なルートである。ペジ山の前にはザンダ基地がそびえ立っていたが今では見る影もない。基地一つを消し去るAGSというものの扱いはよほどデリケートでなければならない。

 ヒッツはただそれを知らなかった。

 結果、それのおかげで追手の影が見えないことが救いではあるからこうやってゆっくりと峠越えをしているのである。

「もうすぐザンダとはお別れだな。名残惜しいやつは今のうちに目に焼き付けておいた方がいいよ。郷愁の念に駆られるかもしれない。」

 いつも通りにバーナードがつまらないことを言いみんなが笑う、そんな光景を誰もが当たり前のように感じていたがルトだけはそうではなかったようだ。ひっそりと一人ブリッジを出て後方デッキへと赴く。


 ルトが深くため息をついたときにハッと思い、誰かに見られていないかとあたりを見回すと不幸にも人が…サミエルがいた。

「なになに?どうしたのさ。ここに来て以来初めて見る顔しちゃって。なんか悩み事でもあるの?」

 と、彼女が近づいて話しかけてきたのでバツ悪そうに(空気を読めよ!)と心の中で彼女を罵った。だがここまでかられたのならもう話すしかないと口を開く。ただ一番大事なところだけは濁しておこうと、

「別に、ちょっと個人的な問題を抱えて頭の中ぐっちゃぐちゃになりそうだから整理しに来ただけ。一人になりたかったの。」

 遠回りにここからいなくなれと願うルトの念じは残念ながらサミエルには通じなかった。再び(空気を読め!空気を!)と小さく舌打ちをかますがそれはサミエルの耳には届いてはいなかった。

「個人的な問題ねー。そういうのは誰にでもあるのね。他の人の話を聞いてみなければアタシだけ不幸なんだ!って思っちゃうし。へこむのよね。特にこの艦に乗ってる人は特に多いんじゃない?じゃなきゃ自らの命を危険にさらしてまで裏切らないでしょ。アタシは別として。」

 だが普段の雰囲気とは異なる少し興味深い話を持ち出され、ルトはついサミエルの話に耳を向ける。

「ま、そうなんでしょうけど。アンタは何しにここへ?その言い方だとサミエル、アンタも何だか悩みを抱えていそうな感じね。…まさかおセンチになったなんて言わないでよね。それこそらしくない。」

 ただやはり一人にしてほしいと思う気持ちの表れか、あたりのきつい言い方になってしまった。気分的に何か言い返さないと気が済まないのは性分だ。 

 言ってから(少し言い過ぎたかな?)と反省したルトであったがサミエルの答えは「ただただ暇を持て余すためにフラッと来ただけ。」だった。考えすぎた自分がバカみたいだと嘆く。が、サミエルは続ける。

「ただそうだね、個人的な問題って話をあげると、今一番に頭の中にパッと出てくるのはエドゥね。軍を抜けた…というより叩き出されたって感じでしょ?それに信頼を置いていた仲間まで失ってさ。統括軍から追われる理由がアタシとゴーヴとは全く違うんだよね。多分その時はよっぽど悔しかったと思うんだ。でもこう、なんというかきっちりとオトシマエ?っていうのかわかんないけれど、目の前に立つ課題はクリアできたじゃない?自身の努力もあるんだろうけど。自分たちの部下の弔いとか。…いつの間にかニールスとの関係も良好になったみたいだし。アタシやゴーヴが見込んだだけはあるのかな?アハハ!」

 サミエルは笑い、ルトもこれには頷く。

「…そうね。確かに、なんだかいい加減そうに見える時としっかりしているときがあるのよね。スイッチの切り替えがうまいというのかしら。何より小隊長をやってたぐらいだから責任感はあるのかも。…なんだかウチのキャップやと通ずるところがあるのかもね。」

「その性格が成功のカギなんだとしたら、ぜひ分けてもらいたいものだわ。」

 と言ってまた笑う。

 その笑い方がルトには無理に笑っているようにも感じた。なんだか、さっき尋ねた時は軽くはぐらかされたように感じたので再び同じような質問を投げかける。

「…さっき問題は誰にでもある。みたいなこと言ってたけれど、そこんとこどうなのよ。」

 するとやはり先程とはまた違う反応を見せた。サミエルはすこしばかり悩んでから答えを出す。

「ん~。そうね、アタシもアンタも同じ物差しで測れない悩みがあるってこと。ゴーヴも同じようなことを前に言ってたわ。生きてる以上誰だって等しく幸福と不幸からは逃れられないんだって。あんな図体して以外と哲学的なこと言うから笑っちゃうね。アタシだってこんな奔放な生き方しているけれどもたまにふと立ち止まって考えることがあるんだよ。…てか、こんなことジャーナリストのアンタに話しちゃったら記事にまとめられるかもしれないしこれ以上は言えないね。」

「なっ!そんな、そこまで低俗なことするわけないでしょ!人をなんだと思ってんのよ!」

 怒るルトにサミエルは人差し指を前にかざして言う。

「大声出して吐き出すこと吐き出して、少しは嫌なことも忘れられたんじゃないの?たまには文字にだけつらつらと何か書くんじゃじゃなくて声に出して発散しなきゃね。」

 ルトにそのケはないし、今後もそうなるつもりはないが、この瞬間だけサミエル・シプレーという一人の人間に対して惚れそうになった。ギャップとはまた違うが、快活な彼女のイメージと違う真面目なその雰囲気は妙に艶めかしく、そして格好良く感じられた。

 そこでルトは彼女もまたバーナードやエドゥ側の人間であると確信した。何か芯の強さが奥に隠されている、そんなオーラを感じ取った。

 ……そしてもう一度あくまで人間的に惚れたのであって、そもそもそんなケはないと心の中で再確認した。


「ここを越えてしまえばあとは下山と行くところなんだが…。」

 と、バーナード。

「うまくいかんもんですな、お約束というか…。」

 と、ククールス。

 アルバトロスの前方には何やら数機のマシンを含む軍勢が大勢で迫ってきていた。統括軍の物ではないと判断がつく。山賊である。統括軍の侵攻や、ゲリラとの戦闘が激しくなった際に追い出された連中で、言うなればこの長く続く戦いの被害者たちだ。

 だが、山という過酷な環境で暮らし慣れていることと、持ち合わせているその武力で自分たちのテリトリーに足を踏み入れる者どもの身ぐるみはがし生活するたくましさを持っているので厄介だ。ギルガマシンもその際に奪いとったものであろう。

 いくら大きなアルバトロスとはいえ関係なく襲ってくる。

「徹底的にたたいておきたいってのがあるが、こちとら消耗が激しすぎたからね。上手くやり過ごしたかったけれども見逃しやしてくれないんだろうね。あっちも生活かかってらっしゃっるし。こっちも似たようなものだけれどね。ハハハ。」

「笑ってる場合じゃないですよ全く。しっかしそもそも、話の通じるような相手じゃないってのも嫌ですね。賊ってのは。」

 誰もが連戦の疲れでやれやれと言った感じだった。

 しかし、嫌々と駄々をこねて「来てくれるなよ。」言ってみせてもても相手が待ってくれるわけではない。一応形として、土足で庭を荒らしているようなこちらの言い分なんて相手がくみ取ってくれるはずもない。となれば、こっちに交戦の意思などなくてもあっちが手を出してくるのなら守りを固める必要がある。世の中には攻撃は最大の防御なんて言葉があるくらいだ、生温い守りではダメならば正面切って堂々挑むしかない。

「奴らを生身の人間だからって舐めちゃいかんぞ。この艦に乗り込んで占拠されたら長いこと厳しい野生に身を投じて生きている彼らに分がある、一巻の終わりだ。レッドゾーン侵入後全員銃をとれ。白兵戦用意!ここへの侵入を必ず阻止するんだ。アルバトロスは上限ギリギリまで浮上!あまり上げすぎると地上から遠く離れすぎて船体がひっくり返るからその辺を注意。機関長、聞こえるか?最大加速を出してくれ、あのまま邪魔されて立ち往生するぐらいなら突っ切ってなぎ倒してくれても構わん。ギルガマシン各機は甲板から攻撃をして一人でもここに上がらせないようにしてくれ。以上、かかれ!」

 バーナードも銃を取りキャプテンシートから立つ。

 それを意外に思われ聞かれる。

「まさか艦長も出るんですか?」

「こう見えても私だって若いころはブイブイ言わせてたんだ。今更役に立つかなんてわかりっこないが、でも前線に出て戦う方が正直すっきりするよ。あんまり指揮するのって性分じゃないんだよね。」

 はぁ…?という顔がそこにいる人物の中に浮かんだがバーナードは手にした機銃を丁寧に磨きながらいそいそと準備をしていた。


 エドゥがレスロッドに乗ろうとするところを整備士ジュネスが止めに入る。

「おいエドゥ、お前はザンダガルで出ないのかよ?なんたってこんなロートルで…。」

「キャップが甲板から攻撃しろって言ってたし、大した対空兵装を持ち合わせちゃいないザンダガルよりコイツの方がよっぽど守りに適していると思って…もしかして…これ誰かの専用機だっけ?」とエドゥが聞く。

「いや、そいつはフリーのマシンだし確かに艦長はそういったが、対空兵器なんてなくてもお前は割とどこでも融通の利くマシンに乗ってるじゃないか。他のマシンじゃ地上に降りて戦っちまえばアルバトロスに追いつけなくて敵さんの餌食にならぁ。ザンダガルによる空からの攻撃のほうがよっぽど頭数減らせるぜ。」

「…それならばザンダガルの方が便利かもしれないが。……俺、」と少し沈黙が挟まれる。ジュネスにはわからぬエドゥなりの苦労があるのかと色々思考を巡らせたのち、こう帰ってきた。

「ただでさえ戦闘機を着艦させるのが苦手なのに最高速で動いてるアルバトロスに帰るなんて芸当…出来ないんだよ。」

 と、情けない反応を見せジュネスは頭を抱える。

「たまにお前がわかんなくなるよ。別に変形状態のまま帰ってこなくてもいいじゃないか。後部甲板はガラ空きなんだよ。ここを乗り切った後にゆっくり戻ってくればいいだろ?お前の自由に使えって。」

 と言われてやっと納得する。エドゥはアハハハハと気恥ずかしそうに笑って後部甲板まで逃げ帰るようにダッシュする。

「いやぁ…、気が抜けすぎてるだろ…。よっぽど抱え込んでたものが大きかったのかなぁ…?」とジュネスが心配そうに言うが、ニールスは、

「もともと能天気なだけなんじゃない?少しマシンの操縦にたけてるからたくましく見えてただけだって。多分あれが素。」と、突き放すように言う。

 ジュネスはニールスに「君は君で相も変わらず毒舌だなぁ。」と感想をつぶやき、ニールスはもともとの性格だ。といたずらっ子のようにはにかんで答える。

「そうは言うが、こう見えて一応アイツに信頼は置いてあるし尊敬もしてるよ。」

 ジュネスはどうだかなぁ…。と呟くが地獄耳のニールスはそれを聞かないフリをした。別に仲間内で腹の探り合いなんてごめんだと思ったからである。


「ありゃ、どうあがいても引くような様子は見せないな。よーし、ゴーヴ。またいっちょやってくれ!出来るだけ真ん中に。」

 エドゥがヘッドギアのインカムマイクに向かってしゃべる。

 相手はザンダ基地を落とす決定打をかましたゴーヴであった。

『またこれか、今度は大爆発起こさないだろうな?』

 砲を構えるゴーヴのレスロッドの肩にザンダガルは左手を置き右手でグッドサインをする。若干ザンダ基地での出来事がトラウマとなっていたゴーヴは手の震えを抑えながらもしっかりと操縦桿を握る。

「安心しな、普通なら大爆発するような人間なんていないんだからよ。普通なら。」

『人をワザと不安にさせて楽しみやがってこんにゃろぅ…!もう俺はしらんからな、一発ブチかましたらそのまま行って来いエドゥ!』

 ドォォン…と大地を揺さぶるかのようなゴーヴの撃った一発が合図になりザンダガルは飛び発ち、各ギルガマシンは砲撃を開始する。

「別段恨みがあるわけじゃないが、先を急がなきゃならないから勘弁してくれよ。」

 飛び上がったザンダガルは地上に向けてミサイルを二、三落とし垂直上昇をする。

 ある程度片付いたことを確認するや否や、平らな地形と敵味方の射程範囲外がどこであるかをザンダガルに計算させる。

 エドゥは上空からダンと地上に降り立ち敵ギルガマシンに向け発砲し足止めをする。相手のギルガマシン・リスタはトレーグスと同じく頭身が低く安定感はあるが、なにぶん機動性を持たせるために肉抜きされたマシンはその分装甲はもろくノックバックも激しくなるほどに軽い。よってザンダガルのような性能を持つマシンならばいとも簡単に持ち上げられてしまう。バリバリとコクピットをめくり、ちょっと上下に揺さぶると中から参ったとばかりにパイロットが落ちてくる。今まで見たことないようなギルガマシンのその姿に恐れをなして逃げる者もいるが、勇しきバカ達は「殺ってやる」と殺気をみちみちと放ち迫りくる。普通、こういう場では極力無駄な犠牲は払いたくはないが、こうなればこちらとて容赦の必要も無い。バルカン・ポッドを構えて彼らが抵抗するようならそれを撃つ。最初は威嚇で、それでも無駄なら集団の中に。情けは戦場にはいらぬ。エドゥはこれ以上進ませてはならぬと全力で阻止する。リスタ取っ組み合いの最中、対戦車ライフルの弾がザンダガルの右膝をかすめる。

「ちくしょう!なんてもの持ってやがる!」

 かすめただけとはいえやはり対戦車用、フラッとバランスを崩しリスタとともに倒れる。タイミングと転倒方向が悪かった為に相手にマウントポジションを取られてしまう。他のマシンに乗っていたのであればこのままやられるのが関の山と言ったところだがやはりザンダガルにとって軽い機体は持ち上げやすい。

 エドゥはザンダガルのAGSのレベルを上げリスタの機体を丸ごと浮かせる。そのまま上空まで自慢の推進力で持って行き、そのまま地上に叩きつける。

 リスタの爆発に巻き込まれて固まって行軍する山賊どもは形成を崩される。組んでいた隊列を崩されては弱点が丸見えも等しい。

 しかし相手も意地で仕掛ける。戦っているその外装はロボットであるが、操るのは人間である。いかに合理的でなくとも果敢に挑んでくる。それがまた計算から外されるような突拍子もないような仕掛けを携えているのが実に面倒くさい。

 アルバトロスがギルガマシン同士のバトルゾーンに侵入し、ちょうどその間を通ろうとする際に数十人が鍵付きロープを振り回してアルバトロスに引っ掛けそれを手繰って飛び乗ろうとする。いくら加速している艦と言えども山で暮らし続けている彼らの動体視力と身体能力はあのどれない。機関部を狙ってか狙わないでか多くの山賊がアルバトロスの後部に引っ付こうと登ってくる。トレーグスやレスロッド、シューターがそれを振り払おうとするが小さな的に弾を当てるのは難しい上に、もしアルバトロスに当たりうっかりと致命傷を与えるようなことがあっては大惨事では済まないのでどうもやりにくい。

 しかしながらあちら様はそんなことを構わずよじ登ってこられるのでついにアルバトロスの自体が戦場と化した。

 乗組員は備え付けられた機関銃を彼らに向けダダダダダッっと撃つ。しかしさすがこの厳しい山の中でたくましく生きる彼らはアルバトロスが激しく動き、風に煽られようとも物ともせずにヒョイヒョイとよけ、それでなお登ってくる。

「くそぅ!ちょこざいな!」

 避けられるのなら動きを読み撃つしかないとフェイントをかけて銃口をそらしトリガーを握る。見事その弾は相手の脳天から腹の部分にかけて掻っ捌くように貫いてロープを掴んでいたその手の力は緩みダンダンダンッとアルバトロスにその体を打ちながら落ちて行く。

 落ちてきた死体を華麗に避ける者もあれば、それにぶつかった衝撃で手を離し落ちていく者もいれば、装甲にべっとりとつけられた血糊に足を滑らす者もいる。


 ギルガマシンが身を挺してアルバトロスの侵攻を止めようとする。ロデオのごとく振り払われてもまだしがみつこうという精神は何とも執念のなすことなのか、盗人猛々しいとはまた違うかもしれないがあまりにも粘着的なその精神にエドゥ含むパイロットは疲弊してきている。ついにマニピュレーターがイかれたのか、指先が船体から離れ大きく砂埃を立てながら転がっていく。

「なんだってここまでしつこいんだコイツら!」とエドゥ。

『そりゃ、アルバトロスが軍の船だからだろう、自分たちを安寧の場所から追い出した悪魔のような存在だしね。まさに仇ってものだよ。僕たちからしてもいい迷惑だ。』そうニールスが返し。

『そろそろ、こっちの方もやばくなってきた、エドゥ一度戻ってきてくれ。多少手荒な真似をしてでも張り付いてる奴らやロープを断ち切ってくれ!』ゴーヴが呼ぶ。

「了解。コイツを片づけたらそっちに向かう、待ってろ」

 最後のリスタをブン投げてそれに向かってミサイルを一発ぶち込む。爆発を間接視野で確認した後、すぐさまアルバトロスの方へと向かう。

 ザンダガルで船体側面を爪でえぐり取るようにロープをかっさらい捨てる。

 これで少しはアルバトロスに乗り込もうとする不届き者は多少減る。

 それでもまだこまごまとしたのが残っている。それに不幸は続く。最高加速を連続的に行ったことと、大した点検もできず運転し続けたことが祟り推進部がオーバーヒートを起こしアルバトロスの歩みがあからさまに遅くなる。

『ダメだ艦長、思ったよりも早く唸りあげ始めやがった。後はそっちで対処してくれ。』

 機関長もお手上げとなると本当にアルバトロス船上で決着をつけなければならない。

「幸い文字通りに峠は越した。この情報は役に立つ?」

『そりゃあ良かった、これでひとまず休ませることができるってもんよ。危うく俺の聖域で死人が出るところだったぜ。まぁAGSが働き続ける限りアルバトロスは何とか動かすことができるよ。多少の無茶はつきものだがな。』

 一言礼を述べ、一度受話器を置き今度は第一艦橋につなぐ。

「ブリッジかい?とうとうエンジンがイかれちまったようだ。でも無理やりコイツを滑らせて何とか下山は出来る。さてククールス、スキーの経験は?」

『生まれてこの方、雪を見たことないが…まぁ、まっすぐ下に向かって降りればいいんでしょうな。』

「私もないからね、ゲレンデの滑り方の流儀を知らない。となると、いつものように思うようにやってくれ。手の空いてるものは私に付いてこい。第二艦橋前のエレベーターホールを最終防衛ラインとする。行くぞ!」

 バーナードに数名がついていき侵入に備える。せっかく守りを固めてはいたが結局そこまで来れる者は誰一人といなかった。


 エドゥはアルバトロスの動きが遅くなったことをチャンスだと思い着艦準備を始める。その間にアルバトロスへ取り付いた賊らが上に跳ぶザンダガルに向けて狙いつけて撃ってくるがその程度で破壊されるほどヤワにできちゃいない。

「あんまり邪魔しちゃうとプチッと踏み潰すぞ!」

 エドゥの言葉が聞こえたのかははたまたわからないが散り散りに逃げていく。

 強引にザンダガルを着艦させたことで甲板にへこみが入るが、多少手荒な真似はしてもいいとのお達しが下っているエドゥにとってその程度の事は気にしない。格納庫の上に上り、そこで片膝をつきながら甲板に残っている賊に向けてザンダガルの肩にある機銃を発砲して威嚇。エドゥ自身が艦内に戻るための道を拓く。これでやっと安全にアルバトロス内に突入できる。各ハッチの付近では相当激戦の跡がうかがえる。この船の塗装がもともと赤色なのでは?と勘違いするほどである。

 血痕から見てあまり戦闘が行われていないであろうルートを選び司令塔の方まで歩みを進める。

 銃撃があたりに響き渡る。そろそろ敵とも味方とも合流できそうだと踏み細心の注意を払ってクリアリングを行う。狭い通路では音があちこちから聞こえてくるので耳と脳みそが混乱を起こしトンデモないバカになった気分に浸れる。ただ、こんな戦場でハイになっていては命がいくつあっても足りないため跳弾に気をつけながら角にに立ちライフルを構えながら転がり込んで入る。味方の背後に回れたのはなかなかにデカい。勘違いで撃たれぬよう警戒しながら名乗る。

 何人かがそこで攻防を繰り広げており、ジュネスやおやっさんことビンセントの姿の姿も見えた。

「助太刀に参った。」

「遅いお出ましだザンダの英雄さん。…ところで役に立つんだろうな…。トンチンカンなことして後ろから俺を撃つんじゃないぜ?」

「当たり前だ、戦場でミスはしない。さっきからあまり動きが見えないようだがそれじゃ下手すりゃ死人が出るぜ。…このままじゃ埒が明かない。せーの、で行くぞ?援護頼む。」

「確かに…怪我を恐れて何がアルバトロスのクルーよ。やってやろうじゃないの。」「了解、元小隊長殿。あまり前線の経験は豊富でないからのう。老体が役に立つか。」

 全員で目くばせしながらタイミングを見計らう。銃撃が収まったその瞬間に大きく息を吸い、叫ぶ。

「「「せーのっ」」」

 ザッと立ち上がり全員で押し込むように走り出して弾をぶち込む。いくらか反撃に合い腹部に傷を負ったクルーもいるが、なんとか膠着状態からは抜け出せた。

「救急班を呼んでおく重傷を負ったものはそのままここで待っていろ。何人かは残って看護、追撃が来ても大丈夫なように護衛を頼む。まだ、後部砲塔付近をうろつく奴らがいる。アレを潰しに行くぞ。」

「まずいな、そのあたりでさっきルトとサミエルを見かけたって聞いたからな…。」

 その言葉にエドゥは唸る。

「サミエルはまだしもルトは非戦闘員だ。おたおたしていると殺されちまう。急がねば、あいつらが心配だ。行こう!」

 休む間もなく後部砲塔に向けて再び走り出す。


「ここに来てから本当にスリルの多いこと多いこと…。ゾクゾクするね!」

 サミエルが壁に隠れながら銃撃が止めば反撃、を繰り返すその横で、ルトは前で十字を切りながら死を覚悟する。一瞬でもこの女をかっこいいと勘違いした自分に呆れる半分、こんな場所では死にたくないと一心不乱に考えていた。


 だが突然静かになる、異常なほどの爆音を聞いてついに鼓膜が破れたのかと驚き、サミエルも同じようなことを思ったのか、顔を見合わせる。そのサミエルの顔は相当アホ面かましていたたが、おそらく自分もそうなのであろうと思い何も言えなかった。

 静かになってからおそらく数秒も経ってないうちに、カッカッカッとタップするような音が聞こえる。つまり耳に異常はなかったようだ。

 物陰からひょこっとエドゥが顔を出し、

「お待たせいたしました、お嬢様方。」

「…出たわねキザ男…。ずいぶんと遅かったんじゃない?」

「多少手こずっちまってさ。悪いね。」

 そこでルトは全身の力が抜け、その場にヘタレこむ。サミエルはエドゥの肩をバシッと叩きながら「さすがはエース、やるねぇ!」「当たり前だ。」などと言っていた。

「しかしまさか、こんなところにいるとは。てっきりいつもみたいにブリッジにでもいるのかと思っていたよ。」

 別に…。と若干そっけなく返すが、彼女が何故そこにいたのかなんてワケを話せるはずもなかった。するとサミエルが代わりに言う。

「アタシがちょっとルトと話をしたくてね、ここに呼んだのさ。女同士の内緒話さ。こういうのアンタら男だってやるだろ?でも、助けに来てくれて助かったよ。」

 どういたしまして。と返しエドゥもこれ以上は下手に詮索しないでおこうと珍しく気を遣う。

「もうそろそろ上の方も片付いただろうから落ち着いたらブリッジ戻ってきてくれ。安否確認が必要だからサ。」

 エドゥはそう言い残して先にその場を立ち去る。

 そのエドゥの背中をボゥと眺めながらルトは言う。

「わたし、あなたに呼ばれた覚えはないんだけれど。なんであんな嘘を?」

 サミエルは耳の裏をかきながら言う。

「言ってたじゃない、個人的な問題だって。ただでさえ女のアタシに話すのさえ嫌なことを男のエドゥにだってわざわざ言いたくないだろう?」

「それはご機嫌取りって捕らえた方がいいのかしら?」

「まさか。あたしだって元軍人だよ?素直さがなけりゃとっくの昔に死んでいるって。」

「それもそうね。」

 ルトの中ですでに何を悩んでいるか、ということは消えてなくなっていた。誰だって等しく悩みを抱くし、来るべき時が来た時には克服せねばならない。その事が自身の故郷ダクシルースへと近づいたがために彼女に重くのしかかっていた。だが今は違う。

 悩みの質や量なんてモノはそう簡単に変わりはしない。だから変えるのはそっちじゃない。受け入れる器の大きさやそれを支えるものを変えればいい。

 それだけで少しは変わる。痛み分けというわけではないが一人で抱えるのは毒だ。


 ダクシルースへの道のりはまだ遠い。日が三度沈むとき、アルバトロスはダクシルースにいる。

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