第2話コンタクト

 人類が戦争を戦争と感じなくなり早数十年、なぜ統括軍が地上を統治し、なぜそれに挑む人がいるのかもわからずに大義のない戦い続けているこの星で、人は生まれ、生き、老いて死ぬのである。


 騙されて騙したエドゥアルド・タルコットことエドゥは第七世代のパイオニアである新型ギルガマシン、アテンブールを駆りヒッツ率いるギルガマシンをバッタバッタとなぎ倒す、所属していた統括軍辺境の基地からサミエル・シプレーとゴーヴ・ボーグの力を借りて命からがら逃げ出した。明日への生を残すがためにトレーラーを広い荒野で飛ばし、一行は街を目指すのであった。


「やはりヒッツ・エイベルは生かしちゃおけないな。ウチの大事な部下も奴に殺された。」

 エドゥの発言にハンドルを握ったままのゴーヴが答える。

「エイベルと言や統括軍の御大将の名字だがヒッツと言う名じゃあ無かったよなぁ。」

「ヒッツ・エイベルはその御大将のドラ息子さ。将軍の息子であることしかアイデンティティの無い空っぽ野郎さ。今回の一連の出来事は十中八九奴がメインだろう、あの戦闘から立ち去るときにチラリと奴の機体を確認した。まだ生きてやがる。」

 そんな彼の言葉に黙っていたサミエルが口を開く。

「ソイツが元凶でエドゥを消すための策略を立ててたとしても今回の失敗したことでわりかし睨まれるんじゃない?となると、汚名返上とばかりに血眼になってアンタを探し出すだろうし。そん時のための迎え撃つ算段を立てておくべきだね。」

 彼女の言葉にうーん…と唸るエドゥがまた呟く。

「大きなスポンサーのような、もう少し衣食住の面でも協力してくれそうな所へ厄介するしかないな。それこそゲリラの傭兵を買って出るとか…。」

 また、無茶苦茶なことを考えているとは思っていたが命を狙われてからこれまで多少の無茶は仕方の無いことだと思っていた。ふとまえを見ると前部座席の二人が見覚えのある顔つきをしていた。エドゥと邂逅を果たした時のあのニヤついた顔だ。無茶も承知、イヤ、むしろ無茶してこそだと言わんばかりの顔だ。

「これまで敵対していたゲリラに今度は力を借りて統括軍を討つ。ふざけた話だよなぁ。全くよ。」


 ところ変わってエドゥが元いた統括軍ザンダ基地。先ほどの戦闘後会議室にて再び集められたこの基地のお偉方の目にはヒッツ・エイベルが映し出されていた。

「任せておけ、と言っておきながらこのザマだね。ヒッツ大尉。」

 ザンダ駐屯基地の司令ウェイドの柔らかい物腰には目に見えるような棘が張り巡らされていた。それはまるで囚人を逃さぬように張り巡らされた有刺鉄線のごとく鋭さだった。

 これにはさすがのヒッツも肩をすくめるようなことだ。昔から何不自由なく過ごしてきたヒッツ。父親であるグリーチ・エイベルからも怒られるようなことはそうそうなかった。その上彼の立場上彼を叱るような者もまたいなかった。すると怒られるという事に慣れていない彼の人格形成は歪んだものになっていた。なれば自分よりも優れた力量を持つエドゥを始末しようという考えに至ったのも頷ける。頷けるだけだが。

 つまりここで叱責されたとてヒッツにはただただ煩わしいことでしかなかった。エドゥを取り逃がした上に集められ辱めにあわされている状態にムシャクシャする彼は目の前のウェイドらをどうしてやろうかなどとしか考えてなかった。

 そして、相手が喋るのをやめるとヒッツはダルそうに口をきく。

「確かに、彼の事を甘く見すぎた私にも非があります。ですがあなたたちは新型マシンを容易く奪われるようなへまをしでかしているではありませんか。あそこまでザルな守りではエドゥアルドだけではなく、ゲリラのやつらにいつ責められても不思議じゃありませんな。」

「…それとこれとはわけが違う、それこそ君のエドゥアルド大尉に対する認識の甘さが彼を逃がす手助けになったのではないか!新型マシンが奪われたことについてはたまたまの運が悪かったに過ぎない!なんにせよ今回は敗北だ、ヒッツ大尉。」

 ヒッツのいいように感情的になってしまったウェイドが叫ぶ、それをまたもやバカにするかの如くヒッツが言葉を付け加える。

「それなら別の機会を作りましょう。二杯の駆逐艦と数機のマシン、それにアテンブールを一機貸していただきたい。これで私自身が落とし前をつけましょう。是非に許可を。」

「一応許可は出す、だがそれで勝てる見込みはあるのか?新型を使ってしまえば最悪君自身が極刑を喰らうほどの事象だぞ。それでなくとも彼らに殺されかねん。」

「これは男の意地ですよ。大佐。では早速準備に取り掛かりますので。それに負けるような戦いはするつもりがございません故。」

 それは男の傲慢だった。どう戦っても負けることをわからずに張る虚勢、男の傲慢。



「この格好でこのトレーラー、さらに荷台には怪しくもホロを被った何か…。ウーム、こりゃ見事見怪しいねぇ。」

 トレーラーから降りてみて三人は腕を組みながら悩んでいた。もうすぐちょっとした町があるということで傭兵でもなんでも出来そうな仕事を探すためにあてがあるかを聞きに行こうとしていた。

 だがしかし、曲がりなりにも元軍属の人間、彼らの格好は制服そのままであった。それでもってでかいアテンブールを隠さなければかなりまずい。近くの駐屯地からもその街への軍人の出入りが激しいこともまた困ったことであった。

「よし、ならばコスチュームは自分たちで狩ろう。ちょうど良いところにチンピラどもがうようよしてるんだ、アンタらならあの程度のチンピラの服を奪うなんて造作もないだろう?それに町の情報屋は軍人なんかよりよっぽどチンピラに甘い。この手を使うしかないさね。トレーラーとアテンブールはアタシが見張っておくからさ。なんかいい仕事手に入れたらこっちに戻ってきな。こう見えて射撃は得意なんだ、いざとなりゃアテンブールで射撃してやるよ。」

「そりゃ助かるが、良いのか?任せても。」

「当たり前だろ、ここまで来て命が惜しいなんてンなみみっちいことは言ってらんないよ。身体もでかいしゴーヴが兄貴、エドゥが子分ってとこで攻めてみな。良い報告待ってるよ。」

 ゆっくりゴーヴが頷き、エドゥも手をサッとあげ二人で走って行く。途中ギャーッ‼︎と二人の男の声が聞こえてフェードアウトしたかと思えばエドゥとゴーヴはそいつらから衣服を剥ぎ取って、それを着用し、またたったかたったかと走って行く。ゴーヴの体格にその衣服のサイズが合わなかったために前の方からビリビリに破けてはいるが、むしろその方がいかにもな雰囲気を放っていた。



 町に着くと、別段栄えているという雰囲気ではないにしても何処と無く活気付いた、と感じられるようなものであった。現在のエドゥたちにも言えるがチンピラな風貌のニイちゃん達が多く、その周りにはギルガマシンもあった。彼らもまた野良ギルガマシン乗りなのだろう。ここらで仕事を探しに来たのか店の前で楽しそうな話し声が聞こえてきた。

「仕事を探すにゃもってこいってところだな。あのあたりにマシンがすげぇ並べておいてあるな、もしかしたらあっちに行けば何か情報が得られるかもしれん。」

「サミエルの提案はなかなか良かったかもしれんな。エドゥ、すまんがエラそうに行くぜ。」

「構うもんかってんだ。さっさと金を手に入れなきゃせっかく延命させた命がもったいねぇや。行こう…いや、行きやしょうや。親分。」

「ククク、イメージが小物すぎるぜそいつぁ。」



「嬢ちゃんよ、今何を撮った?見えてないと思っちゃ行けないぜ?レンズがキラリとこちらを向けたのは分かってるんだ。あまり舐めた真似されちゃ困るぜ」

 エドゥらがついた店内では何やら揉め事があったように見受けられた。覗いてみると軍人数名が小さな女の子にすごんでいる様子だ。

「機密を担う俺たちをパシャりと撮るってことはゲリラに手を貸すのでは?と読んじまう。つまり危険分子の芽は摘まなきゃならない。いくら幼い嬢ちゃんと言えども生きて返すわけにはいかんな。いやはや心苦しい限りだ。」

「今すぐ謝って、データを消せばこっちもそんな酷い事はしない。ちょっとついてきてもらうぐらいだ。」

 男達がやいのやいの言う中、やっと女の子は口を開いたかというと、

「てめぇら、好き勝手言いやがって、何が幼い嬢ちゃんだ⁉︎こっちはこう見えても成人超えてんのよ。それにレンズが光ったからってなにもアンタらを撮るとは限らないでしょうが!バカも休み休み言いなさいよ!自意識過剰なのよ、この脳筋野郎ども!」

 なんと啖呵を切り始めたのだ。背が低く童顔な見た目からどう見ても子供と思っていたのにまさかの大人、のみにとどまらずあの見た目に似合わぬ荒れた口調、更においてはこの世界を実質支配している統括軍に所属する軍人に向かって吐きすてる暴言の数々。これを度胸と言わずなんと言おうかと問われると、ただのバカとしか言いようがない。

 エドゥとゴーヴが顔真っ青で見てる中、言われた軍人達は顔真っ赤、店内の店員及び客はアチャー、と言わんばかりにどんより暗い顔。その中で涼しそうな顔をして飲み物を一杯ググッと飲む小娘が一人。まるで時が止まったところを切り取ってピックアップしたようなカオスさがそこには存在した。

 すると最初に喧嘩を売っていた一人が少女(?)の胸ぐらをガッと掴む。自分の身体がいとも簡単に持ち上がった事に納得いかずムッとした顔を見せたのち、また澄ました顔へと戻し言葉を吐き捨てる。

「反論が出来なくなったからって今度は暴力に訴えようってそのザマがまさに脳筋なのよね。冷静さを欠くなんて、それでも本当に軍人の端くれなの?これだから統括軍って嫌われてんのよっ!」

 そう言われた男はギロリと周りを見回した、フッと皆目をそらしその行為が余計に彼を腹立たせた。

 エドゥはこの後あの少女がどんな目に合うか想像したとき足を動かしていた。

「ゴーヴ、すまんがさっきまでの作戦は全部白紙だ。俺は行かせてもらうぜ。」

「別に構わん。子芝居演じるよりもコッチの状況をどうにかする方が面白そうだからな。行ってこい。」

 少女の胸ぐらを掴んだ腕をグッとあげ叩きつけようとした時、エドゥがその腕を止めた。

「ちょいとそこの軍人さんよ、何しようとしてんだ?」



 エドゥは割とキレるタチだが、普段はそれを抑えようとしている。ちょっとやそっとのことがあれば発散ができるのだがそれができなかった時に起きた事件がある。

 エドゥがまだハイスクール時代に喧嘩をしている二人がいたため見かねた彼が喧嘩の仲裁をしようと止めに入った。その際にエドゥを邪魔だと感じた一人が思いっきり彼を殴りつけた。そこでエドゥの血管はぷっつりとイッてその男を殴り返し顎なんかを砕いた。もう一人もまた同じく殴り、更に後者が喧嘩の原因と聞くや否や半殺しに合わせるほど暴走した。当分の謹慎を喰らってからその時から今度からは自制しようと心に決めたのである。今もなおその精神を重んじている。



 最近ではアテンブールで大暴れしたことが相当大きかったようで今のエドゥはまだ自制が効いていた。

「その振り上げた腕はどうするつもりだったんだ?カタギの人間に多少言われたからってそこまでひどいことするもんじゃないぜ。お嬢さん、アンタもアンタだ。そんなデカイ態度とってちゃ命がいくつあっても足りねぇや。とりあえずゆっくりと下ろしな。話はそれからだ。」

「何がお嬢さんだ、チンピラ風情が格好つけやがって!痛ァッ!」

 急に軍人が手をパッと開いてドサリという音とともに少女を落とした。そしてニタニタと笑いながらエドゥに言う。

「降ろしてやったぜ、確かにこんなガキみてぇなのを相手したところでしょうもねぇ。だがフラストレーションの溜まってるこの俺に横槍を入れるなんて。ニイちゃんよ、コイツ同様、よっぽど死にたいようだな。」

「いや、まだ俺は若いんだ。死ぬような覚悟はできちゃいないよ。ただあんまり可愛らしいお嬢さんを痛めつけるさまをヘラヘラとみるような趣味をあいにく持ち合わせてなくてね。」

 少女からは「だから誰がお嬢さんだ!アンタこそ口の利き方に気をつけろ!」とわめき、軍人の方からはのしかかるようなこぶしが飛んできてエドゥの脳天を揺らした。

「あいてー!」

「ただのチンピラがキザったらしく弁タレてんじゃねぇぞ。もう数発でいくら喋っても誰にも邪魔されないところに送ってやっからよ。ニイちゃん」

「イチチ、それはぜひ勘弁ねがいたいな。アンタにすげぇストレスが溜まってんのはわかるからよ、ここで一つ真剣勝負と行かないか?」

「まだ寝ぼけたこと言ってんのか小僧!」

「その手と油のにおいが染みついているのをみたところアンタギルガマシン乗りだろ?軍曹殿。こっちも野良で始めたところでさ、仕事を探していたところなのさ。てなわけで今の俺にとっちゃこの勝負はビジネスチャンスなわけよ。スポンサーが欲しい。俺が勝てば仕事も見つけやすくなる。アンタらが勝てば…そうだな煮るなり焼くなり好きにしてもらって構わん。」

 その提案に軍人…何某軍曹殿はニタリと笑う。自分に好都合だと思ったからだ。エドゥが元ザンダ基地のエースとも知らずに。

「なるほど、野良で始めたばっかりのお前さんが職業軍人にマシンバトルで挑もうってのかい。かいらしいもんだぜ!ガハハハハ!」

「ククッ、悪かないだろ?店主!店先のマシンはレンタルかい?」

「…ん。ああ、喧嘩に使うなんざザラさ。500ジリアで貸してやろう。負けた方が修理代としてプラス500ジリアだ。種類はないがね、好きなもん使いな。」

「そうと決まれば、早速やっちまおう。せっかく盛んになった血の気が引いちまったら面白くもない。」

 さめきっていた店内でもテーブルをひっくり返したかのように誰もが興奮したまなざしで一点を見つめ、賭け事が始まった。ちゃっかりとゴーヴがエドゥに賭けている様子を見てずっこけそうになったがそれをこらえキリリと顔を正しズンズンと店の外へ進んでいった。


 二機のトレーグスがにらみ合う。結局様々あった中から双方使い慣れたマシンを選んだ際に同じマシンを選ぶ結果となった。

 周りのオーディエンスはやいのやいのと二人をはやし立てる。先程までに陰鬱そうな態度を見せていたのに火種が回ってこず、尚且つ他人の喧嘩となるとどいつもこいつも野次馬根性を発揮する。

「どう勝ち負けを決める?相手が死ぬまでってのが基本になるわけだがそうなればそこでハイ終了だぜ。」

「参ったと言うか、もしくは戦闘不能に陥ったらにしよう。こっちだってこんな仕事をしてるがね。別に死にたくてやってるわけじゃ無いからな。」

「ちがいねぇ、誰かいっちょ始めの合図でも頼まれてくれないか?」

 一人のひょろりとした酒飲み男が前に出しゃばって振り上げた右腕を下に振りかぶってマシンバトルは始まった。

 胴体に足と腕を足しただけのような不細工なマシンは双方にそこらへんに転がっていた金属のパイプをさっと持ち上げ構える。軍人の乗るトレーグスが先にエドゥの動きを封じこめんとパイプを振りかぶりながらダッシュをかける、がこれは良く使われる戦闘形式でエドゥも模擬訓練の際によく目の当たりにした。彼なりのアレンジがよく加わってあるが基礎中の基礎の先制技なので攻撃をどう与えるのかは読みやすい。

 ギルガマシンというものは基本的な乗り方はもちろんあるものの、グーで殴り合う以上に個人差が出る。そのため軍で格闘を鍛え上げられたエドゥは統括軍らしい格闘スタイルでしか生身の殴り合いができないのでバレる危険性があった。だがマシンでの対決ならザンダの第二小隊隊長をまかせられていた彼に分があるし、何より相手に対して元軍人であることがバレることがまずない。

 エドゥは攻めてくる相手の攻撃を少ない動きでよけつつ相手にばれないように後ろでパイプを持つ手を変えようとしていた。一生懸命にブンブンと振り回して攻めているさまがいかにも優勢に見える相手に対して、たじたじと後ずさりしていくエドゥは誰がどう見てもこれからメッタ殴りにされる敗者そのものであった。次々と飛び交う罵詈雑言、落胆の声。一目で誰に賭けたのかがわかる光景。

 だが武器の持ち替えは完了していた。それをただ一人ゴ―ヴだけが注目し、何かたくらみがあることをただ静かに察した。

 すると次の瞬間、エドゥのマシンは何もないところで躓き、ドシンとうしろに転げたのであった。「何がビジネスチャンスだ!へなちょこ!」「かっこつけ!」「とんちき!」「木偶!」先ほど以上に大きくなる歓声と暴言の嵐。

 こけたマシンを見下ろし勝利を確信する軍人、エドゥのトレーグスがまるで必死にもがくように右腕で相手を殴ろうとする。しかしいともたやすく、エドゥから見て相手は左にひょいと避け、再びマシンのドタマ目指してパイプをふるう。

 ——ガツンッ!ッキーン…

 金属同士がぶつかり合い不協な音を発して一同の耳をつんざく…。

 一人がどんな結末に終わったかを見るために顔をあげたとき「あ、あぁ…。」と声を漏らした。

 マシンを貫いていたのはエドゥの乗っていた方のマシンだ。トレーグスのコクピットのある頭だけ狙おうと上にしか注意をそらさず、その上こけた相手に油断してあたかも必死に振ってくるように見えた右腕が当たらぬよう左へ避けたのが運のツキ。いつの間にかパイプを左腕に持ち替えつつ体勢を捻っていた事によって見事エネルギータンクがぶっ刺され、軍人の乗るマシンは戦闘不能に陥った。


「どうする?動けなくなったマシンから飛び出して挑むか?」

「まさか、俺だって男だ。そんな無粋なことはしねぇ。先の約束通り負けを認めよう。あんたの勝ちだよ。」

 ワアァ‼︎とひときわ大きな歓声が上がる。マヌケだなんだと罵っていたのは誰もが忘れている。この時代に少し前のことを持ち出すなんざご法度というわけだ。目の前の青年、エドゥが勝った。ただそれを喜ぶぐらい誰がしたって構わない。

「こんなチンピラ如きに負けるなんて俺にもヤキが回ってきたかな。こういう時の引き際が肝心だ。行くぞ、こんなのが上にバレたら俺たちが殺されちまう。嬢ちゃんも紛らわしい行為には気をつけな、李下に冠を正さずだ。」

「誰が嬢ちゃんだっつーの。イーっだ。」少女の文句を尻目にぞろぞろとその場を去っていった。

 彼らの負け惜しみ言わずに手を引いたことにのエドゥは少し驚いた。あれだけの怒りを抱いていたので逆上されるかとも踏んでいたからだ。が彼らの怒りもまたわかるような気がする。怒りというより恐怖と言った方が正しいだろうか。軍に所属していてはいついかなる時に敵に殺されるかわかったもんじゃない。こと、こちらの動きを監視なぞされてしまえばなおの事。だからこそ、この勝負においてはっきりしたのかもしれない。勝っても負けても結果はおそらく同じだっただろう。負けた方がおとなしく身を引けて良かったのかもしれない。だがここまではエドゥの勝手な妄想だ。自分ならそうだった。と、それを他人に当てはめたに過ぎない。

(潔さは流石だが、まあなんにせよ…女の子に手をあげるのは大変感心しないな。)

 それでも俺やヒッツの執着心なんかよりはずぅっとまともに見えるがな、と独り言をこぼし、クッと鳴ったエドゥの乾いた笑いは、騒ぎ立てる群衆の中に消えていった。


「さてと、商売の話といこう。条件としては駆逐艦以上の陸艇に用心棒として三人雇っていただきたい。こちらは一応最新タイプのギルガマシンを一機所有している。手直し一切なしのオリジナルだ。お給金の話についてはそのあとで構わない。衣食住を確保できればそれに越したことはない。その分命はって護衛なりなんなりを任されよう。」

 そういってから周りの反応をうかがう。ざわざわとどよめきがあちらこちらと聞こえてくる。ここらで多いのは少数単体で動くゲリラばかりなのであまり乗ってくれるような輩は見つからない。そんなたいそれたモノは持ってないので願い下げだとばかりに目で訴えてくる。仕事と賭け事は話が違うようだ。事実今だけでカツカツの人もいるであろう。

 人間というものは大変現金な生き物だ。ゴ―ヴは賭けに勝って得た賞金を袋に抱えながらエドゥの横でそう感じていた。

「さすがに厳しすぎたかな。これじゃあ雇われようがないな…。」

「相手側とこちら側の厳選だ、エドゥ。アテンブールを持っている俺たちなんだ、強気で攻めなきゃな。それにさっきの戦いでお前の実力を奴らもよく理解できている。」

「三人って条件が気に食わないのかもな。ハハッ。」

「なーに言ってんだ、縁起でもない。」

 周りで誰もがうんうん唸る中、先ほどからよく耳につく声がズバッと刺さる。

「その条件飲んだわ。こういうのは早い者勝ちでしょ?艦は巡洋艦、私の一存では決めらんないからついて来てもらう形…というかそこまで案内するから連れて行ってほしいのよね。」

 確認せずともわかるが何かの間違いかもしれぬと声の主を皆が皆ワッとみるとやはりあの例の少女の声であったようだ。見た目幼いが実年齢二十歳前後らしい、がしかし流石にこの手の事柄には一番かかわりが薄いと感じていたがゆえに誰もが驚いて見せる。

「駆逐艦だけでも十分苦しいレベルのお願いだとは思っていたがまさか巡洋艦で来るとは…。」

「どのタイプかはちょっとした事情で言えないけれどもさ、どうする?」

 エドゥとゴ―ヴとが顔を見合わせ、少女に向けて肯定のうなずきをする。


 トレーラーの中にてサミエルと少女が対面をはたす。

「そんじゃ、ま。まだとりあえず仮としてよろしく頼むわね。アタシはサミエル・シプレー。…ええっと…。」

「ルト・ローパーよ。艦に乗ってジャーナリストをやってるの。こちらこそよろしく。」

 少女ことルトは件の巡洋艦にて戦争・紛争をメインに記事を書いては寄稿しているらしい。なんだかんだとちゃっかり先ほどの軍人らにカメラを向けてその姿をフィルムに収めていたらしい。たくましいものだ。見た目に対して気が強いのはそれが所以なのかと男二人組はうなずく。

「あとエドゥアルドって言ったっけ?あなたたちの先ほどの出来事が身内同士の茶番でないことを願ってるわ。」

「ん、確かに軍のトレーラーに乗って新しいマシン担いでりゃそこを怪しいと思うのも無理はないな。…が、ここにいるのは全員元統括軍の軍人、今となりゃもれなくお尋ね者さ。殺されかけついでにアテンブールを持って逃走&宿探しだ。」

 ふーん、訳ありなのね。とルトが言い、さらに言葉をつづける。

「ていうか、そんな身でありながらよくもまあどこの馬の骨かともわからない私の話によく乗ろうと思ったわね。相当お人よしって感じなのかしら?」

「あいにく美人に嘘をつかれたことがなくてね、その癖が抜けないんだよ。」

「おや、エドゥちゃん。その口ぶりだと美人ではないのには嘘をつかれたって言ってるようなもんだよ?」

 サミエルが挑発するように問いかけるとエドゥもすかさず答える。

「もちろん三回ぐらいあるね、己を美人だと電話口で偽ってた女性に実際出会ったらとんでもないのが目の前に現れたって話がね。」

「不潔な人ね。まぁ、その話の上でだとこちらも悪い気はしないわ。」

 話をいったん区切って先ほど隠した巡洋艦の名前についてをゴーヴが聞き出す。

「大勢の人前で名を伏せたということは相当ヤバい代物なんだな。いったいどんな艦を所持しているんだ。その艦長とやらは。」

「その話ね、軍属だった人間なら知っているとは思うのだけれどタルトスにあったランドクルーザー・アルバトロス強奪事件にウチの艦の乗組員がかかわっているのよ。」

「「「アルバトロスだって!?」」」

 三人が声を合わせて叫ぶ。

 これまでに類を見ないほどめちゃくちゃな事件であったからだ。新造艦を搭載機ごと大胆に盗むなど思ってみても実行に移すバカなどふつういない。エドゥたち以上に頭がイっている。

「あれは内部の人間がやったって持ちきりだったな、てことはその艦長も俺たちと同じ立場にいるわけか…。」

「そうね、同じような人間に再度出会うなんて思いもしなかったわ。あなたたちの奪った…アテンなんちゃらだって新型のマシンなんでしょ。すごいわね、よくやるわ。」

「その艦長ってのは…。」エドゥが聞くが、

「それはあってからのお楽しみね。打電は打ってあるから発砲される恐れはないから。」

 上手くその場をあしらったルト。彼ら彼女らが乗るトレーラーにはザンダ基地と飛び出した時と同じような期待と不安が交錯していた。


「では、ヒッツ・エイベル大尉。よい戦果を期待している。」

「分かりました、必ずエドゥアルド・タルコット元大尉と以下二名の反逆者を始末してまりいます。吉報をお待ちください。」

 時を同じくして、ヒッツ指揮下の元二杯の駆逐艦がアテンブールを含めた十数機のギルガマシンを搭載しザンダ基地を発った。狙うはもちろんエドゥアルド・タルコットであったが、エドゥ本人はまだこれを知らない。

 艦へと消えていくヒッツの背中を見ながらウェイドがつぶやく、

「脅威になりそうなエドゥアルド大尉と目障りな貴様が同時に消えてくれるのが我々にとって最も大きな戦果なんだがね…。フフフ…ハハハハハハ…!」

 他の者もそれを聞き含み笑いでヒッツの方を見る。

 反逆者討伐部隊を乗せた二杯の駆逐陸艇がゆっくりと進みだす。

 ヒッツはこの作戦を完全に遂行させ、ザンダ基地の上層部に目に物言わせてやらねばと画策する。 

 敬礼をしながら彼を見下ろすヒッツの心境、それを見送るウェイドの心持、お互いの腹の中は決して見えねども確実に溝が深まっていくことだけは見て取れた。

 それもすべて彼らの中にはエドゥアルド・タルコットという人物が真ん中にそびえたっている。


 こうしてエドゥを中心として事態は急速に進んでいる。

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