ギルガマシンの戦線 戦闘機装ザンダガル

北方 刃桂/岸辺 継雄

第一章

第1話スキーム

 騙すのが悪か、騙されるのがただ間抜けなのか。

 どちらにおいても結局、してやられる方が間抜けに違いない。ならば、己を間抜けだと見破られないために隠せばよい。己の不甲斐なさを、甘さを。過去が変えられないならセーブデータのように未来に上書きをしてしまえば誰もそれを覗き見ることは出来ないだろう…。人間にこそそれが許される。

 今だって過去だっていつもそうだ。


 戦争が激化してからどれだけ経ったのだろうか、そんなことを考えるような人はずいぶんと減った。理由の一つとしてはそれがすでに戦争として認識されてすらいないことだろう。生まれた時から周りには銃声が響きわたり、砲弾が飛び交っている。そうなればそれは非日常とは感じなくなり、多くの人々の間では生活の一部と化していた。

 元をたどれば百年以上前にさかのぼる。人口増加による食糧難や居住スペースの確保のための宇宙開発が本格的に進みだし地球から土星までの間にステーションを構え、そこへ人々を移住させるといった一大プロジェクトが立ち上がった。長期にわたる計画の中でとある研究チームによる宇宙開発用ロボが作り上げられた。それを、開発者のリーダーであり機械工学博士であるキルギル氏の名前から文字って通称をギルガマシンと呼んだ。

 このことにより飛躍的に時間短縮が可能となり、予定よりもはるかに早い段階で問題解決に至った。

 だが、問題の解決は新たな問題を掘り起こさせる。予定よりも早い段階で宇宙移民を可能にしたことにより地球と宇宙を往復して移民者を運ぶためのシャトルを運用する会社はコストを下げられぬまま活動開始をした。そのため特権階級と呼ばれるような者共が宇宙へと上がり地球に残された人々の大半は指導者を失い、世の中に混乱を招く結果となってしまった。

 ここから地球では武力が世の中を牛耳る、まるで時代に不相応な社会へと切り替わっていった。

 各々が武器を片手にそれぞれコミュニティを形成しだし、半世紀以上にも及ぶ争いに次ぐ争いで領地を広げていき、ついにはその中でも力を蓄えた輩共が個々の軍隊を作り、結集し、そして数十年前に軍主体の政府「新地球統括軍政府」ができた。

 この統括軍政府というものは名ばかりの組織で、力の限りを尽くして居住地の占領等人々で暮らしを脅かした。これを絶対悪だと思う人ももちろんいる、がここまでしなければ今の地球ではどうあがいても統制が取れずに余計に混乱を招く、そうなれば絶対的権力を持つことが必要だと考える人ももちろん生まれる。このようないつ崩れてもおかしくないアンバランスな…いやすでに崩壊していると言ってもおかしくない世界に人は生き続け、傷つき傷つけあっている。

 一人の青年、エドゥアルド・タルコットもまたこの汚れきった住人の一人だ…。


 走るトレーラーの車窓には、うなる爆風、横切る銃弾。エドゥに向けて激しく撃つのはかつてどころかつい先ほどまで味方であったはずの面々だ。エドゥを敵視するヒッツ・エイベル一派の策略で彼は統括軍のエースパイロットから一転、軍の裏切り者へと早変わりしてしまった。

「こんなところでくたばれるか!」

 誰に向けて発した言葉ではない、エドゥ自身の心の叫びが声になって吐き出されたに過ぎない。

 ことの発端は少しばかり前へとさかのぼる。統括軍ザンダ方面基地の会議室にヒッツによって大佐以下数名の士官が集められた。

「ヒッツ大尉、わざわざこのメンバーを呼び出すのははっきり言えば異例の事態だ。君が将軍のお子でなければ相当な軍規違反だぞ。よほど重大な案件なのであろうな。」

 基地司令ハリー・ウェイド大佐はヒッツをにらみつけながら聞いた、が当のヒッツは何事もないかのように自身の話を進めた。

「私の口から申し上げるよりこれを御覧に入れた方が早いでしょう、プロジェクターを御覧ください。先日の対ゲリラ迎撃作戦の時の私の部下によって撮られたものであります。」

 写真にはギルガマシン同士の戦闘があったであろう様子が映し出されていた。そしてヒッツはその後四枚の写真をスライドで流した。そこに映っていたのはエドゥと彼が率いる第二小隊の姿であった。

「エドゥアルド大尉とその部下の六名はこの戦闘のさなか、わが軍に対する裏切り行為を働いていたことが判明いたしました。忌むべきゲリラ勢力を始末せずあまつさえ取り逃がしていたのです。この写真はその時の様子が刻まれています。」

 確かに写真の中にはエドゥの搭乗するマシンが敵機にめいいっぱい近づいている場面が撮影されていた。が、ヒッツの話に疑問を抱いた大佐が質問を投げかける。

「エドゥアルド大尉はわが基地の中でも君と一二を争う優秀な人材だぞ、その彼がわざわざ危険な道を行くような裏切り行為を働くなど…。ましてやゲリラ共に。それにその写真だけでそれを判別させようなど、いくら君のチームがそう判断づけてもこじつけにしか聞こえんがね。」

 大佐が問いかけてくるのを一通り黙って聞き終えたヒッツはにやりと笑みを浮かべ小さなボックスを机の上に置き、操作を始めた。ザザザッと耳心地の悪いノイズ音の後に人の声が聞こえてきた。

『…とう…まい…い、さっさと逃げ…。こんなと…ろで無駄に命なんて落とすものじゃない。』

 レコーダーから発せられた声は間違いなくエドゥのものであった。その動かぬ証拠をたたきつけられた面々の間に動揺が走ったのは言うまでもない。あのエドゥアルド・タルコットが、任務にまっとうな男が軍規に背く行為をするなど一人を除いてだれも思わなかったのである。ただでさえ統括軍に反旗を翻すゲリラを生かすのは言語道断、がしかしそれに加え彼は逃がしていたのである。いずれまた装備を整え立ち向かってくるような相手にリベンジのチャンスを与えていたのである。と、ここにいる誰もが考えていた。しかし現実はこうだ。ヒッツの突き付けた写真は実際にエドゥが敵機を寸前に撮られたものである。録音デバイスに録られた音声はエドゥが痛手を受けた味方に対して放った言葉であり、結局のところ偽造されたお話である。子供だましのようなものではあるがヒッツの話し方に彼の立場が手助けをしてまるで事実であるかのように誰もが感じた。

 ヒッツに対して疑いを向けていた会議室の空気は一転、エドゥとその部下にどう始末をつけさせようかといった流れに変わっていた。そこに再びヒッツが言葉を挟む。

「考えるまでもないでしょう、立派な謀反ですよ。彼が逃したゲリラどもがいつまた我々を襲撃するか。エドゥアルド・タルコット大尉並びに第二小隊は揃えて処すべきです。」

 ヒッツの提案は満場一致で決まり別の作戦で単騎出撃しているエドゥを除く第二小隊隊員は銃殺刑に処された。その二日後であった、彼が基地に戻るのは。


 エドゥがそれを悟ったのはそう遅くはなかった。基地へ帰投した彼を待ち受けていたのは普段見ぬ顔であった。ヒッツ直属の部下だ。

「コイツはまた珍しいこともあったもんだ、あのエイベル殿の部下が俺を出迎えるとはね…。」

 異様な空気を感じ取り、すべてを察したエドゥは彼を捕らえようと伸ばしてきた腕を取り一発顎にぶちかまし、後ろで腕をがっしり組ませ床に打ち付けた。

「ヒッツの野郎が何か計画したのはわかってんだ、どうせあいつのことだ。近々難癖つけて、そんでもってどんな手を使ってでも邪魔な俺を排除しにかかってくるだろうってのは想像に容易い。だが聞かせろ、決行に移したってことは誰か協力者がいるよなぁ?答えないとお前の腕がポキッと行くぞ。」

「バカ野郎め、たかだか腕一本のために情報を漏らす阿呆がどこにいるか!あとはテメェだけだ、エドゥアルド・タルコット!一人寂しく地獄に墜ちるんだな。」

 絶叫に近い叫びに対して冷静に答える。

「なるほど、俺だけとなると第二小隊は始末されたとみるべきか。処刑をとり行ったならば大佐及び他の上層部が手を貸したと見える。はっきり教えてくれればお望み通り腕一本で済んだはずだったんだがなぁ。素直じゃない子はお仕置きが必要だ、そうは思わないか?」

 エドゥが羽交い絞めにしていたそいつは顔を青ざめさせ彼の顔を確認した。その瞬間世界が反転し目の前が急に暗くなった。

「地獄へ行ってたっぷりかわいがられるのはお前らの方だ。良い夢を。」

 起き上がらないことを確認したエドゥは先ほどまで生きていたそれの銃を取り上げ後方に振り向き発砲した。隠れて彼を狙い撃ちしようと待ち伏せしていた兵士がドサリと音を立て転がる。死体を誤って踏んでは足が挫く恐れがある、今はその足こそ最も大事なので跨いでから格納庫へ走り出した。

(格納庫まで行きゃマシンに乗って逃亡くらいは図れる。)

 そう考えたエドゥは少しばかり焦っている自分がいることに気が付いた。

(俺を連行するのにたったの二人だなんてケチくさいことをわざわざしないな。冷静に考えりゃこんな状態じゃどうせ格納庫に向かわせるのが奴の考えそうなことだ。あっちにもある程度人員を配置しているだろうし、マシンだって使えないようにされているかもしれない…。俺としたことが、こんな当たり前のことに気づかないなんて。落ち着いて考えろ…。何か手は打てるはずだ。)

 長く時間をかけて考えればそれだけ敵に見つかる可能性も高まる。かといって急いては余計に頭を混乱させる。

 作戦終了時にここへ戻るときに見たものが頭をよぎる。ホロをかぶせられたトレーラーを二、三台見た。ある意味大きな賭けではあるがどうせ死ぬならば、とそれを奪い逃亡を図る計画をうちたてた。


 案の定トレーラーのおかれた駐車場のほうは人も少なかった、それに彼らにはまだエドゥがどのような立場に置かれているかなんて知る由もないだろう。そこにいるのは同じ統括軍の軍人であってもこの基地の人間ではない。輸送任務にあてられここにたまたま来ただけの者ばかりだからだ。

 もちろんエドゥだってそのことを理解していた。だからと言っていきなりトレーラーを奪い逃げてゆくようなバカはいないし、かといっておどおどしてしまえばそれこそ何か企んでいるとスグにバレる。こういう時は常に堂々としている方が逆に疑われない。昔からの正攻法だ。

「そいつぁ新型かい?かぶってるホロを見る限り結構でかいやつだな。俺ンとこのマシンをオーバーホールした際にガタが来てるってんで新しいの回してくれるって言ってたのはコイツの事だったか。トレーラーごと格納庫まで運んで行った方がいいならば近道を知ってるし俺が運んでいくから、ここで待っててくれよ。」

 若干苦し紛れに聞こえる言葉もある程度まくしたてるように言ってしまえば、

「あ、大尉殿のところでありましたか。わざわざお手間を取らせてしまって申し訳ありません。おかげでこっちも楽になりますよ。」

「ククク、確かに。いや、俺としても待ち遠しかったからね。早くご対面願いたかったものだよ。じゃあ持ってくぜ。」

 と、このようにあっさりと行くものだ。エドゥのほうが彼より上の階級というのもあいまってすっかり信じ込んだ輸送隊員を後にトレーラーのキーを入れた。

(これで門を突破して追手が来る前にある程度距離を稼ぐ、こいつの装甲ならあの程度の柵は余裕でブチ抜けるよなよな…。)

 少し車体を進めて輸送兵たちの目の届かぬところだと確認してから門の前で止まる、タダで通れるとは彼も思ってはいないので決心を固めるために瞑目する。アクセルをふかし腹に力を入れ、歯を食いしばる。右足にググゥと体重をかけ一気にトレーラーを走らせ守衛が飛び出して止める間もなく基地の外へと飛び出した。むろんすぐに警報が鳴り響き、追手が迫ってくるのが肌でも感じ取れる。重く鳴り響くエンジン音はコイツか追ってくるギルガマシンのものかはわからない。じっとりとした汗がエドゥのほほに垂れる。

「何っ⁉︎エドゥのやつがアテンブールを搭載したトレーラーを持って行っただと⁉︎」

 司令室に集まっていた幹部らが一斉にヒッツを見た。

「何が完璧な作戦だ。こんないともたやすく逃げられるとは。自分から頼み込んでおいてこの体たらくかい。出動命令をかけろ、この際エドゥアルド大尉のことより新型マシンのことを最優先させろ。とりあえずヒッツ大尉、君も出たまえ。」

「り、了解致しました…。」

(ちくしょう、エドゥの野郎。わざわざここまで建てた計画だ。みすみす生かしてたまるか!)

 詰めの甘さがここで出てくる…。そんな己の間抜けさにヒッツは自身を呪った。


 サイドミラーをちらりと見ると猛スピードで迫ってくる何かがあった。ここから冒頭に戻るわけだが、やはり腐っても軍隊、出撃の速さたるは現役軍人のエドゥでも度肝を抜かれるほどであった。トレーグスやトループ・レスロッドなど基地に配備してる中でも主力の部類のマシンを投入してきていた。その中にヒッツがいるわけだが今のエドゥにとっては知らぬこと。

 このままではどうあがいてもやられてしまうことは阿呆でもわかる。荷台に積んであるマシンを使いたくとも自身の足はアクセルからは離せない。悩む彼の後ろからささやき声が聞こえてきた。

「無茶なことをしだしますな、大尉殿。」

 少し小バカにしたような言い方と誰もいないと思っていた思い込みが合わさり仰天して思わず後ろを振り向いた。

 トレーラーの後部座席には快活そうな女性とたくましい男性が二人でニヤニヤと笑みを浮かべながら座っていた。

 まさかとは思ったが先ほどの焦るエドゥにはトレーラーに誰かいるなど確認などできなかったのである。そしてもちろん彼らはこれの持ち主であろうし、軍属の人間である。いくらエドゥの事情を知らぬとはいえ勝手に盗み出したもので逃走を図る彼に手なんて貸すはずもない。殺されても不思議じゃないとも言えよう。

(結局ここまでなのか。)と、思った矢先大男の方から意外な言葉が発せられた。

「大尉殿よぉ、コイツの運転は任せな、俺たちゃお前さんより使い勝手が分かってるからよ。」

「なんだかよくはわかんないけれどもね、仲間から追われるなんて相当の事をしてるヤバいやつだってことがアンタから伝わってきたからサ。アタシたちそんな刺激的なやつ見つけたら手助けしたくなるんだよね。」と、女の方も続ける。

 彼らが何を言っているのか全く理解に悩んでいる間に大男に押されて運転を変わった。

「何してんだい大尉さん、アタシらあんなけったいなマシン動かせられないんだから早く乗って蹴散らしてきなって。」

 何を笑いながらめちゃくちゃ言うんだ、この女。と、エドゥの頭は混乱しながらも体は荷台のほうへと向かっていった。


 トレーラーの事は彼らに託し、エドゥはホロを外し後ろへ向けて投げ捨てた。少しでも目眩ましが足をもたつかせる手になればと願いを込めて。

 かぶせモノから顔を出したそれの見てくれはギルガマシンではなかった。少し異質な感じではあるが戦闘機であった。

「何がギルガマシンだ!どいつもこいつも輸送兵は適当な奴らばっかりか!」

 とボヤキながらコクピットへ乗り込むと例の女から通信が来ていた。

『どうだい、そいつの乗り心地は?次世代型のギルガマシン・バイペッド二足歩行、アテンブールだ。なかなかのもんだろ?』

「なるほど、あんたらの言うギルガマシンって戦闘機の事かよ、そもそもこんなトレーラーからじゃ発進すらできないだろ。戦闘機が操縦できてもな、動かし始めることができなければただのデクじゃねえか!」

 エドゥの怒りに対して女はひょうひょうと答える。

『遅れてるねぇ、兄ちゃん。ま、トレーグスやレスロッドみたいな旧世代機を現役で運用してるようなとこだかんね。仕方ないさ。コイツァね陸艇に用いられるアンチグラビティシステム(AGS)を小型化したのが積んであるんだよ。だからカタパルトなんかいらない便利な代物だよ。』

「そしてその発展形がこの戦闘機かい!どこがギルガマシンなんだか、俺は戦闘機なんざあんまり扱ったことなんかねぇんだ。死ねって言ってるようなもんだぜ…ええっと。」

『サミエル・シプレーだよ、こっちのでかいのはゴーヴ・ボーグ。さっきギルガマシン・バイペッドって言ったろ?今のは別の形さ。飛行機のままが嫌なら飛び上がると同時に横のレバーを引きな。ギルガマシンに早変わりするからね。』

 聞きなれない言葉に思わずエドゥは聞き返した。

「へ、変形するのか、コイツ!?どこまで技術の進歩をはかっていやがった…。末恐ろしいとはこのことだな。」

『ぶつぶつ言ってないで早く出な!もうそこまで来てんだよ!』

「わ、分かった。サミエル、ゴーヴ。頼んだぞ。ロック解除頼む!」

(こうなりゃ、あの二人とこのマシンを信じるしかない。)

 操縦桿をギュウと握りしめて前に倒すとゴウと音を立てながら機体が浮いたのをケツの下から伝わる振動で感じた。

 キャノピー越しに見えるはもう敵でしかなかった。エドゥは先ほどの女、サミエルの言葉を思い出しレバーを引くと操縦席が若干後ろへとバックし、モニターに前の様子が映し出される。そんな近代兵器感に興奮を覚えつつマシンが地面へと着地し、いつものような戦闘態勢をとっているかを確認した。

 アテンブールは他のマシンよりも完成された人型であった。これまでのずんぐりむっくりなマシンとの違いがまるで顕著に現れているようであった。出で立ちはスラッとしていながらも重量感があり、小顔の中には右目は半球状に型どられた開閉式のカメラカバーがあり左目はレンズむき出しのカメラがキラリと光る。腕には取り外し可能なバルカンポッドが付いており脚にはミサイルポッドが四門、肩に二門ある。何より特徴的なのは主翼が背後に畳み込まれていて、まるで羽を畳んだ昆虫のような独特の雰囲気を醸し出している。

 少しだけコクピットが後ろに下がりきらず若干有視界が残っているあたりにプロトタイプらしい欠陥があることに気が付くほどには落ち着きがあった。だが、慣れきった有視界戦闘の方がエドゥにとっては好都合であった。

「かかってこい、クソったれ共。散々勝手にそっちから喧嘩を売ってきたんだ。全員かまわずタダで地獄に送り付けてやる。」

 コンソールパネルで武器を確認するとこちらもミサイルと機銃がある事を知ったエドゥは狙いをつける、相手は群衆で迫ってくる為にミサイルだと一掃しやすい。そう考えロックする。モニターにはアテンブールのコンピュータが正確に距離や敵の数を計算にかける。そしてブザーが鳴ると同時にトリガーを引いた。

 ミサイルポッドから一斉に数本のミサイルがブワッと音を立てて撃ち出され、それらは手前のマシン共の中へと入って行く。と同時に強烈な光を発して煙を立てる。ドォォォォォンとこちらにも衝撃が来たが構わず後ずさりをして再び臨戦態勢を取り始める。まだアレだけじゃ全部片付けられたとは考えられない。

 この時なにやら違和感を抱いたが、それが何なのかすぐにわかった

「コイツ、なんでこんなに感度がいいんだ⁉︎これまでのとはワケが違う。俺の操縦に合わせて先読みで動いているような速さだ!」

 それもそのはずである。エドゥらの運用していたこれまでのマシンは操縦者が指令した通りの動きしか見せなかった。だが機体に内蔵させるコンピュータのさらなる進歩により操縦者の動きに合わせた最速の処理が施されるだけでなく、戦闘に合わせてプログラミングが常に変わっていくようになっている。こと新たなマシン、アテンブールはそれをも凌駕しているので当たり前のことであった。

が、それを使っていなければエドゥが驚くのも無理はない。

「しっかし、なんて癖のある動きをしやがんだコイツは!表面上の成績だけでマシンを導入するなってんだバッキャロウ。」

『ぐちぐち言ってんじゃないよ、まだあの基地にはアテンブールが二機配備されてるんだから。すぐに来るよ!』

「んなっ⁉︎二機だと⁉︎一機じゃないのかコイツ!こんなのと同等の性能を持つ機体が揃ってやってくれば勝ち目なんか無いじゃないか!」

『当たり前だろ?プロトタイプを作るのにどこのバカが一機しか作らないのさ!だからこその変形だ、大尉!陸にいる敵なんか空に上がっちまえばこっちのモンだ!さっきの射撃を見る限りアンタの腕はそう悪くはなさそうだしね!行けるよ、アンタなら!』

「気安く言うんじゃねぇ!なろぉ!こうなったら破れかぶれだ、さっさとしばき倒して逃げる、これが最良の手だ!」

 エドゥの叫びにゴーヴも応える。

『男らしいじゃねぇか、益々気に入ったぜ大尉よぉ。先に行っておくからある程度引きつけて倒せ!そのあとにすぐこっちに来て合流だ。幸運を祈る。』

 エドゥはもう一度レバーを引き、AGSを作動させてトレーラーとは間反対方向に飛ぶ、まるでこれから特攻でもするかのごとく弾丸注ぐ敵のど真ん中に入り込みガクンッと地面と垂直方向に機体の角度を曲げて上へと目指す。自分でやったにもかかわらず体全体にズシンとくるGがエドゥの内臓を潰そうとするがそれどころじゃない。トレーグスが上に向けてマシンガンを放つが多少ブチあたろうとも知ったこっちゃと言わんばかりに一心不乱にマシンを飛ばし空中で180度の回転を加えてから高い位置で機銃とミサイル、ダメ押しの爆撃をかます。こんな無茶苦茶なやり方じゃなんの足しになるかもわからないがそんなことは実にどうでも良かった。

 一刻も早く戦線から抜け出したかったエドゥは、攻撃の限りを尽くして脱出し、他のアテンブールが来る時にはもうその場にいなかった。

「なんて…なんで化け物じみた性能をしているんだ…。こんなマシンじゃ歯が立つわけがない。」

 爆煙の中から、なんとか逃げ切ったヒッツがボソリとつぶやいた。エドゥを欺き、消すはずがいつの間にやら自分の立場を唯々危うくするだけとなった。ヒッツの乗るトレーグスはただ炎の中立ち尽くすのみだった。ましてや変な挙動を持つせいで準備に遅れた残り二機のアテンブールなぞ余計に用はない。


「しかし本当に逃げ切れるとはね。賭け事しておかなくて正解だったな、ゴーヴ。」

「あんだけ肝の座った戦い方してたんだ、負けてる方がおかしいぜ。」

 さすがに疲れきったエドゥが彼らに文句をつけるような力は残っていなかった。

「…どうせあいつらはこれからも俺たちのことを追ってくるよな。お前ら2人は本当にそれで良かったのか?俺もそうだが、特に狙われるようなことはしてなかったんだろ?それが自分から殺されに行くようなことをして…。」

 エドゥの質問にサミエルとゴーヴは顔を見合わせて笑った。

「さっきも言ったろ?よほど耳ン中にしっかりとした詰め物があるようだな。アタシたちは刺激を求めてるんだよ。別に真っ当に生きようなんざ思っちゃないね。輸送兵ってのも中々に生きるか死ぬかのスリルを味わえたが今日ほどじゃないさ。まさか組織自体に追われるような奴の手助けができるだなんてね、生きてた甲斐があって良かったと思うよ。」

 その答えに思わず失笑してしまった。

「冷静に見ても頭のおかしい連中だな。ハッ、ハハッ、アハハハハ!これで晴れて俺たちゃお尋ね者さ。エドゥアルド・タルコットだ、エドゥと呼んでくれ。改めてよろしく頼むぜ、ご両人。」

「ああ、何があってもアンタの逃亡をサポートして行くよ、エドゥ。」

「ま、俺たちがどこまで手を貸せるかなんて分からないが。俺からもよろしく頼む。」

 三人の爽やかな笑いの中に青春の風が吹く。これからどこへと向かうのか、何が待ち受けているのか。そんな未知の恐怖をまるで感じさせないじっとりとしつつも心地の良い風であった。エドゥは色んなモノを失った。だが彼には新たなモノも手に入れることができた。

 アテンブールもそのうちの一つである。

 そして、これがこの汚れきった世界の物語の始まりだ。

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