シロイカラス

B-JOKER

第1話

高校デビューはライトノベルなんかじゃ華々しく、あるいは面白おかしくされているが実際はそんなんじゃない。

少なくても俺、烏丸カラスママシロの高校デビューはそうじゃなかった。


新しい学校、新しい教室に足を踏み入れても目立つようなことはなく、自分の席に座っていつものように本を読んでいた。

誰からも話しかけられず窓際真ん中の席に座って始業のチャイムを待つ、今までの学校と何ら変化のない日常。

クラスメイト達は皆、中学の同級生であったり、かつての部活の知り合いであったりと明るく話し込んでいる。

 中学時代なんの部活にも所属していなかった俺には知り合いなんていないし、第一知り合いがいない都会の学校を選んだのだから話す相手なんていないのだ。


「おっはよ~!」


また一人、教室にうるさい女子が入ってきた。

 茶髪をサイドテールにしたやたら明るい女子生徒。

 見た目は世間でいうところのギャルというのに分類されるのではなあいだろうか。

 本来ギャルなんて俺には縁のない人種なのだが、あの女子に関していえば別になる。

 彼女の名前は紫藤シドウ有紗アリサ

 俺と同じ中学出身で実家が隣同士の幼馴染だ。

 昔はよく遊んでいたし話もしていたが一時期からまったく会話をしなくなった。

 キッカケが何かは覚えていないが、小学校の半ばあたりから会話をしなくなった気がする。


(中学までは優等生だったのにな……なんで髪とか染めたんだろ)


俺の記憶にあるのは黒髪ショートで制服もきちんと着た生徒会長だった頃の有紗の姿だ。元気で活発なこと以外、以前の紫藤有紗の面影はなかった。

 今もクラスメイトの男女に取り囲まれ話の中心になっている。

だが、俺には今まで通り不干渉にのようで視線すら向けてこない。


(……俺なんかと関わらない方が有紗のためだよな)


明らかに浮いている男子生徒と関わったら最後、そいつがどうなるかは分からない。

 彼女の方も、俺とは今まで通り関わらないでいくつもりだろう。


有紗から視線を外した時、予鈴のチャイムが鳴った。









——————昼休み——————


一時間目のHRで自己紹介を行った為、クラスの中には早速グループが出来ていた。

それは部活であったり、趣味であったり、下心であったり。

もちろん俺は誰とも関わらず一人だ。

 その後の授業や合間の休憩時間でも誰とも話すことはなく一人、席で本を読んでいた。

 見た感じそうして人と関わっていないのはクラスで俺一人に見え、明らかに浮いた存在になっているだろう。


(早く今日終わんないかな……)


今日が終わったところで明日が変わるわけではないがしかし、早く終わってほしいことに変わりはない。

そろそろ空腹がピークになってきたため読書を辞め、俺は席を立った。






どうやら俺は、高校生の食欲を甘く見ていたようだ。

購買には既に生徒の姿は無く、ガランとしていた。

売っていた菓子パンの類はすでに売り切れ、少々値の張る飲料水だけがちらほらと残っているだけだった。


(……もう少し早く来ればよかったかな)


正直、騒々しい中での食事は嫌いだが今回は仕方ないだろう。

やむなく俺は食堂に程近い階段へと向かう。


「わっ…!」

「……!」


急いでいた訳ではないのだが不注意から階段で誰かとぶつかってしまった。

ドスッと相手が尻餅をつく。


「す、すみません。大丈夫ですか?」

「イタタ…済まない、前をよく見ていなかった」


落ち着いてよく見ると結構な美人さんだった。

 肩より少し長いくらいの黒髪セミロング。

整った顔立ち。

何より目を惹くのは肌の白さだった。

決して病的な意味合いの白さではなく、健康的な印象を残したままの美しい白さだ。


「すみません、怪我とかないですか?」


転ばせてしまったので、俺は手を差し出した。

 女子生徒は差し出された手を握り立ち上がった。


「ありがとう、この程度では怪我はないよ。君こそ大丈夫だった?」

「俺は立ってただけなので怪我はないです」

「そうか、ならよかった。本当ならお詫びに何か飲み物でも渡したいんだが、ちょっと先生に呼ばれていてね。済まないがまた今度でいいかな?」


彼女は申し訳なさそうな顔をして少し頭を下げた。


「いえ、この程度でお詫びなんていいですよ。それより先生に呼ばれてるなら遅れないうちに行ってください」

「そうだね、ありがとう。じゃあまた今度お礼させてもらうよ。またね、少年」


 そう言って、彼女は職員室の方へと小走りで向かった。


「少年!」

「はい?」


 彼女は走りながらこちらへ何かを放ってきた。

 反射的にそれを受け取る。

 俺が受け取ったのを確認すると彼女は笑顔で手を振って行ってしまった。



 受け取ったものは、わりとよく市販されているチョコレートだった。








——————放課後——————


部活動の新入部員勧誘週間だけあって学校は中から外まで騒がしかった。どの部も卒業した三年生の穴埋めが欲しいのだろう。

 なんて言いつつも俺自身はどこの部にも入る気はない。

 そもそもアルバイトをしているためそんな時間がないのだ。

かく言う今もアルバイト届を教室で書いているくらいやる気がない。

みんな複数人で見学に出て行った後で、教室に残っている者はもうほとんどいなかった。


 (よし、書くとこは書いたかな……)


 最低限の必要事項の記述を終え、俺は荷物をまとめ始めた。

 丁度そのタイミングで教室の扉が開かれ、三人の女子生徒–––––––二年生二人と三年生一人–––––––が中に入ってきた。


「みんな吹奏楽興味ない?暇してるんだったら音楽室来なよ!」

「そーそー!高校生活なんて短いんだからさ」


 人がいないのか教室にまで入ってきたようだ。

 廊下にはもう生徒は居ないのだろうか。

 授業終わりからもうすぐ三十分経つ今、勧誘できるとしたら後は教室で時間をつぶしている生徒だけだろう。


「君もどう?吹奏楽。楽器とか興味ない?」


 他人事で傍観してたら俺にも火の粉が飛んできた。

 これから職員室に向かわなければならない俺は適当に先輩をあしらい教室を出る。





 職員室で担任教師に書類を提出して、帰路についた。

 実家と学校に距離があったため、俺は現在マンションに一人暮らしだ。

生活費は祖父母が出してくれているが、色々と入用になるときも考えてバイトをしている。

今日は入学二日目ということでバイトは入れていないがそのうち学校からバイト先に直行しなくてはならない日も来るのだろろう。

なんて先のことを考えながら歩いていたら、いつの間にかマンションまでついてしまった。


「……ん?」

「あ、シ…マシロくん。おかえり…」


 なぜかマンションのエントランス前に有紗の姿があった。

 もう何年もまともに話していないため、何を口にすればいいのか言葉が出てこない。

 なんとなく有紗の方も学校での明るい姿とは違った印象を受ける。


「…うちに何か?」

「えっと……特に用って訳じゃないんだけど…」

「……」


 俺は彼女というか、インターホンに近づき鍵を挿し自動ドアを開ける。


「白くん?」

「中、入りなよ。立ち話もなんだしさ」

「う、うん」


 まだ家具などの買い揃えが終わっていない俺の部屋には複数の段ボールと、机、ベッド、ノートPCが一台あるくらいで生活感がまるでない状態だ。


「ずいぶんストイックな部屋だね…」

「まだ引っ越ししたてだから。座布団とかもないしベッドにでも座ってて」

「う、うん」


何かお互い会話がぎこちない。

それに、何を話すべきかも分からない。


しばらくの間、部屋には外の電車の音だけが響いていた。


(有紗はいきなり何しに来たんだ…?)


横目に見ると、彼女は特に何も無い俺の部屋をキョロキョロと忙しなく見ている。

お湯が沸き、ティーパックの紅茶を二つ淹れる。


「…どうぞ」

「ありがと」

「……」

「……」

「……」

「…あ、あの」

「ん…」

「ず、随分久しぶりな感じするね!」

「まぁそうだな」

「あ、あははは…」

「……」


案の定会話が止まる。

静かな部屋に外を走る電車の音だけが響く。

有紗は居心地が悪いのかずっともじもじしている。

俺は溜息をつくと近くに置いてあった開封済みの段ボールを持ってきた。

中から取り出したのは四本あの足が付いた木の台だった。

碁盤だ。


「久しぶりに打たないか?」

「…私と?」

「他にいないだろ」

「しばらく打ってないから弱くなってると思うよ?」

「別に、俺もここしばらく打ってないから」

「…わかった」




     ・

     ・

     ・




「…ありません」

「ありがとうございました」

「うぅぅぅぅもう一局!」

「帰り遅くなるだろ、今日はおしまい」


六局全敗の有紗は頬を膨らませこちらを睨む。

実際は互先ではなく、置き石九個の指導碁だったのだが。

それでも一勝くらいはできると思っていたらしい。


「そろそろ帰りな。もう陽も沈んでるし」

「ぐぅぅぅずるぅい。そもそも素人がプロに勝てるわけないのに」

「これだけ打てて素人なんて言うなよな」


俺はこれでも囲碁のプロ棋士なのだ。

俺がプロ試験を合格したのは小学六年生の時だ。

父さんがプロ棋士だったことで物心つく前から石に触れていた。

小学校を卒業するということで、試しに受けたプロ試験に一発合格した。

以来学業優先ではあるものの、プロとして活動してきている。


「プロってこと学校に言ったの?」

「あぁ、一応アルバイト届に書いて出した。流石に驚かれたけどな」

「あはは、そりゃそうだよね。ていうかアルバイトでいいんだ」

「異例なものだったらしいけど普通に許可は出たよ。ま、学業優先ってことも伝えたからかな」

「ふぅん」


対局後には俺たちは昔のように普通に話せていた。

お互いさっきまでのわだかまりは何だったのかというように笑いあえている。


「さてと、親も心配するしそろそろ帰るね」

「ん、暗いから気を付けて帰れよ」

「…そこは送るよくらい言ってよ」

「聞かれたくないことを静かな場所で話すなよ。丸聞こえだぞ」

「もおぉ!そういうことは聞こえても言わないの!ていうか聞こえてたなら送ってよ!」

「えぇぇ…疲れたし」

「貧弱すぎでしょ。…でも、また話せてよかった。また来るね」

「…おう」


玄関まで有紗を見送った。

来た時とは違い、彼女の後姿に暗かった面影はなかった。

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