第37話 「解散」 妖怪「スケープゴート」登場



    1


     心の闇にとらわれて 出口の見えない人がいる

     天狗の力の少年が 来たりてこれを焼き払う

     てんぐ探偵只今参上 お前の心の悪を斬る



 シンイチのクラスで人気のアイドルグループは、今をときめく「ショッキング・ピンク・クローバー」だ。八人で構成された女の子のグループで、キャラ立ちした仲良しぶりが売りである。

 センターでリーダーの小林こばやし椿つばきよりも、脇の小粒、山田やまだあおいの人気が断トツだ。葵ちゃんはショートカットの黒髪で、小顔で歌も上手くてダンスもチャーミング、芝居の感度も良い。しかし椿はリーダーだからか、派手で茶髪のキャバ嬢みたいで、歌も演技も下手くそな癖にCMも映画も出ずっぱり。先日、妖怪「ゴリ押し」でシンイチがゴリ押しを疑問に思ったのは、このグループのことだ。

「葵ちゃんカワイイー」とミヨが言えば、「葵ちゃんと、かんなちゃんがカワイイ。更にニコのクールさも捨てがたい」と友達の純も返す。

「私は葵と五月メイの出身地一緒コンビが好き」と千尋が言えば、「葵ちゃんと麻亜利まあり絵梨花えりかのまったりぶりがヤバい」と美優が返す。全員、葵ちゃんを基点に、メンバーの仲良しぶりを褒め称える。

 女子も男子も、誰も椿のことは言わない。葵ちゃんが一押し。傷んだ茶色の巻き髪で、派手なメイクの作りこんだ女より、透明感があって素朴な、つくってないキャラが人気なのだ。

 春馬はアイドル好きで他のグループにも詳しいが、その中でも葵ちゃんこそベストと譲らない。すっかり落ちた教祖で現在は普通の子、芹沢くんもやはり葵ちゃん推しである。シンイチは彼女たちの熱狂的なファンではないが、葵ちゃんは群を抜いてカワイイと思っている。

 なのに何故椿がリーダーでグループの一押しなのか。小学生に大人の闇を理解することは難しいが、なんだかオカシイということは子供でも勘づくものだ。


 ある日シンイチは、放課後サッカーをやろうとして校庭が満杯だった為、「河原見てくる!」と、偵察のため走って校門を出た。

 その時前を見てなくて、女の人にぶつかってしまった。

「すいませんごめんなさい!」

 その人は尻餅をついた拍子に、両手一杯に持っていた大量の焼そばパンを道路にぶちまけてしまった。

「ごめんなさい! 拾います!」

 シンイチは慌てて焼そばパンを拾い集めた。ビニール包装で、台無しにならなかったのがラッキーだった。と、その女の人が、妙な格好をしているのに気づいた。黒いフード付きのロングコート、黒い帽子を目深に被り、大きなサングラスとマスク。一瞬、犯罪者?と思ったけど、そんな分り易い犯罪者はいない。最近は泥棒すら普通のスーツを着て、一般人にまぎれこむというし。

 しかしシンイチは、彼女の肩口を見てそれどころではなくなった。妖怪「心の闇」が取り憑いていたからである。

 それは黄緑の顔にオレンジの瞳。角の大きな山羊の顔をしている。

「妖怪……『スケープゴート』!」

「なに? なんて言ったの?」

 彼女の声に、シンイチは聞き覚えがあった。

「その声……あれ? もしかして!」

 彼女はサングラスを深くかけ直し、シンイチに念を押した。

「私がここにいるのは、内緒にしてね」

 その顔だちやスタイルの良さで、正体を隠した彼女が誰か分った。

「山田……葵ちゃんだ!」



 河原グラウンドへの偵察はススムにバトンタッチし、シンイチは心の闇「スケープゴート」の取り憑いたアイドル、山田葵の話を聞くことにした。

 彼女はロケ中に「お使い」を頼まれたのだと言う。シンイチは彼女に鏡を見せ、肩に取り憑いたのが妖怪「心の闇」であることを話した。

「スケープゴートってどういうこと?」と葵は尋ねた。

生贄いけにえの意味だね。旧約聖書では、山羊を贖罪の生贄にする。それをスケープゴートって言うんだ。誰かを生贄にして……、たとえば、誰かをいじめたりしていない?」

「あのね、これを見たら分るでしょ」

 葵は両手一杯の焼そばパンを見せた。

「逆よ。私がいじめられてるの」

「えっ?」

「今番組のロケ中なのに、椿サンが突然焼そばパン食べたいって言い出して、メンバー分のも買って来いって」

「……それって、パシリに使われるってこと?」

「椿サンは全員のリーダーでしょ。皆も逆らえない」

「みんなをいじめるの?」

「いいえ」

 葵は首を振った。

「私だけ」

 一台の大きなワゴンバスが停まっていた。

「……着いた。そこのロケバス」

 スモークガラスで中は見えず、そこがメンバーの移動車兼控え室になっていると葵は説明した。仲の良さで有名な「ショッキング・ピンク・クローバー」がグループ内でいじめとは、にわかに信じられなかった。シンイチは事情を探る為、天狗のかくれみので透明になって、葵の後ろからバスに忍びこむことにした。

「うわっ!」

 シンイチは驚いた。そこにいた、「ショッキング・ピンク・クローバー」のメンバー全員に、妖怪「スケープゴート」が取り憑いていたからである。

「一体、どういうことだ……?」

 妖怪「共依存」、「信者」、そして今回の「スケープゴート」。シンイチは、「集団の心の闇」というものに、今回も向き合うことになる。


    2


「遅いー!」

 開口一番、最後部座席に座ったリーダー、センターの椿が文句を言った。

「ごめんなさい。店員さんがお釣り数えるのにとまどっちゃって」

「ハイ人のせいにした。マイナス10。アイドルは、人のせいにしない!」

「……ごめんなさい」

 葵はメンバーに一本ずつ焼そばパンを配った。

「解せないぞ……」

 シンイチはかくれみのの中で考えた。

 リーダーの小林椿、あと年次順に、北原きたはら飛鳥あすか生田いくたかんな、白石しらいし麻亜利、みね絵梨花、最上もがみニコ、そして最年少の神崎かんざき五月メイ。どの肩にも妖怪「スケープゴート」が、同じような大きさに成長しているからである。

 妖怪「なかまはずれ」のときは、いじめは、妖怪に取り憑かれた公次が先導してやったことだった。だが妖怪「スケープゴート」は、いじめる人にもいじめられる人にも、「全員に」取り憑いている。「なかまはずれ」は標的をなかまはずれにする。「生贄スケープゴート」は「生贄スケープゴート」を生贄にする?


「なんだ、冷めてんじゃん」

 と、椿は封を開けもせず焼そばパンを床に捨てた。

「私が食べたかったのは、あったかい焼そばパンなんだけど」

「ごめんなさい。……レンジであっためて下さいって言うべきでした」

 見かねた最年少の五月が助け舟を出した。

「スタッフさんに電子レンジがあるか聞いてみよう? スタッフルームにならあるかも!」

「そういうこと言ってんじゃないの!」と椿は厳しく言う。

「気配りや目配せが足りないってこと! それってアイドルの基本じゃない? 今の時代、どんなファンがどこで見てるか分らないでしょ? すぐネットに書きこまれて拡散する時代よ? ファンなら許してくれるかも知れない。でも世の中には、アンチや悪意で私たちを貶めようとしてる人だっているわけ。隙を与えちゃダメなの。何も知らない人がその書き込みを見て、『葵は目配せが効かない』って思う。そうすると私たちにまで迷惑がかかるの。『葵のいるショッキング・ピンク・クローバーはダメだ』って。分る?」

「……分ります」

「ダンスも歌もそう。お芝居もそうよ。分ってるの?」

 プッ、とシンイチは思わず笑ってしまった。アンタが一番下手じゃん!

「誰? 今笑ったの!」

 椿は鬼のような形相で周囲を睨んだ。シンイチは金玉が縮み上った。

「私はね、アンタの為を思ってるのよ。みんなもそうでしょう? だからあなたの為にこの焼そばパンを捨てるの。みんなもそうよね?」

 椿は周囲を睨んだ。全員の妖怪「スケープゴート」は見る見る大きくなってゆく。残り六人も焼そばパンを床に捨てた。

「大体私たちアイドルなんだからさ、カロリー気にしなきゃいけないのに、こんなカロリーの塊買ってこないでよね?」

「それは椿さんが……」

「口応えしないの。ハイマイナス20。拾って」

「え?」

「食べ物を粗末にするアイドルなんて、風上に置けないわよ」

「……」

 葵は黙って、ロケバスの床に散らばったパンを拾い集めた。

「ハイ皆さん出番でーす!」とADが呼びに来た。

「はあい!」と椿も皆も、急に明るく元気なアイドルの顔になった。夜叉のような鬼神の顔からの変わり様。表裏の顔の一瞬の変化に、シンイチは女の恐さを感じた。

「葵ちゃん、メイク直してから来るんで!」

 椿はADに言い訳をして、葵一人を残し現場へ出ていった。葵はため息をついて、焼そばパンを集めて自分のカバンに入れた。


 街角バラエティのロケのあとは、特設ステージで彼女たちのヒット曲の披露だ。

 シンイチは歌う彼女たちを見た。普段なら「生アイドル見れてラッキー!」なんて思うだろうが、「スケープゴート」のことで頭が一杯だ。

 八人のアイドルたちは、皆同じショッキングピンクの衣装で、同じ振り付けのダンスをし、同じ歌を一斉に歌う。「なかまはずれ」のときは「個々は違う」ことが切り崩す起点になった。しかし「同じであること」を彼女たちは求められている。しかも均質でありながら、その枠内で各々個性を主張して、結果的に好かれなければならない。「同じであり、かつ違うこと」という、高度なことを彼女たちは求められているのである。彼女たちの振り付けをよく見ると、同じクロスステップでも、少しずつ個性を混ぜていた。クールが売りのニコはけだるそうにステップし、最年少で元気いっぱいキャラの五月は跳ねるようなステップで、長身の飛鳥はスライドを大きめに使う。

「んんん、なんでいじめが流行るんだ? 原因はなんだ? 競争で蹴落とす世界だから? そもそもいじめられる側も心の闇に取り憑かれるのは何でだ?」

 これ以上分らなくなったシンイチは、一本高下駄を履いて家に跳んだ。居眠り中のネムカケを起こし、相談役となってもらうことにした。



 太平の眠りを覚まされ、ロケ現場に連れてこられたネムカケはあくびをしながら言った。

「ふうむ。難しい問題じゃのう」

 三千歳という歳を重ねる間、あらゆる「人間の芸能」を見て来た知恵袋ネムカケは、尻尾を組んで考える。シンイチは感想を述べた。

「とにかく葵ちゃんが可哀想だよ。見てて胃が痛くなった。このままじゃ国民的アイドルグループの危機だよ!」

「……シンイチは、『仮想敵国の原理』を知っておるか」

「?」

「集団をまとめるやり方のひとつじゃ。シンイチのクラスは、いくつかのグループに分れてて、皆がひとつに纏まることはないじゃろ。個性の塊ばかりじゃからな」

「うん」

「それがひとつに纏まるように、誘導する方法がある」

「こないだの教祖と信者みたいな? でも女子だけだったよな……」

「もっとも強力なのは、外に敵をつくることじゃ」

「敵?」

「たとえば運動会で、クラス対抗騎馬戦をするとしよう。『強力な一組に対抗するため』という目標が出来れば、普段いがみあったり喋らない人達でも団結するじゃろ。一時休戦してな。その時二組はひとつになる」

「あ。たしかに!」

「外に敵をつくると、集団はひとつに纏まる。これが集団を操るひとつのやり方じゃ。これはホントの敵でなくてもいいところがミソでの。だから『仮想』敵国というのじゃ。宗教は必ず外の敵、サタンや最終戦争ハルマゲドンや末法をつくることで人が纏まる。冷戦時代の米ソは、互いを敵と仮定することで、実は国内の政治はまとまって安定したのじゃ」

「つまり、葵ちゃんという『敵』をつくることで、バラバラな集団がむしろまとまると」

「そういうことじゃ。ヒトラーがユダヤを『敵』としたのも、国内を纏める為の同じ方便」

生贄スケープゴートという名前は、生贄そのものではなく、生贄を捧げる全員の、心の安定のことを指すのか」

「うむ」

「? それって、葵ちゃんもそれに参加してるってことだよね?」

「?」

「つまり、葵ちゃんも『私はいじめられっ子』ってことで安定してるんだよね?」

「ふむ。そういうことになる」

「こないだの芹沢の『信者』騒動ではさ、『脳がしびれて気持ちいい』ってミヨちゃんが言ってたんだ」

「気持ちいい?」

「『酔ってる』って」

「ほう」

「つまり……参加者全員がそのいじめに、酔ってるってこと?」


    3


 シンイチは葵を舞台裏にこっそり呼び出し、その話をした。

「……たしかにそうかもね」と葵は思い当たる節があるようだった。

「『ショッキング・ピンク・クローバー』結成時に、最初この八人でやります、ってマネージャーに言われた時、皆どうしていいか分からなかったのね。背景もモチベーションもスキルもバラバラの八人が、ひとつになる訳がないって。で、ある日ダンスレッスンの時に私が一個間違えて、椿サンにいじられたのね。それ以来、私が『いじられキャラ』になり、椿サンが指導キャラになり、それにみんなが追随して……。そういうキャラを演じることで、『ひとつの集団』になれたの。エスカレートしたのは最近だけど。でも、それで纏まってるんなら、それでもいいんじゃないの? ウチは今絶好調なんだし」

「そうもいかないよ。心の闇は負のループを栄養源にして、みんなの精気を吸って、吸いつくして殺すんだ。オレはてんぐ探偵になる前、それを見たことがある」

「……」

「でね、解決法思いついちゃった!」

「なに?」

「独立すりゃいいのさ! 人気アイドルは『卒業』するじゃん!」

「はい?」

「その集団にいるから問題なんだよ! その集団じゃなきゃいいんだよ!」

「……そんな、私なんか、まだ全然だし、芝居も歌も下手だし」

「大丈夫! ウチのクラスでは、葵ちゃん一番人気だから!」

「え? 私は椿サンがナンバーワンって聞いてるけど。ネットとかでは私推し多いけど、それは一部だって」

「違うよ! それゴリ押し!」

「ゴリ押し?」

「誰かが票を操作してるの!」

「……驚いたな。今どき小学生ですら、ゴリ押しって知ってるのね」

「むしろ、今年の流行語大賞にしていいぐらいだよ!」

「独立なんて……まだずっと先の事だと、ぼんやりにしか思ってなかった」

「社長に、『辞めます!』って言えばいいの?」

「すぐには無理。……でも」

「でも?」

 葵は未来を見た。

「いずれやらなきゃいけない事よね。抜けて、ソロになること……。そもそもグループってのはバラ売りじゃ難しいから、成長させる為に組ませてるんだし……」

「そうだよ!」

「この集団から、抜けること」

 彼女の表情が変わった。その瞬間、彼女の妖怪「スケープゴート」は肩から外れた。

「まずは一匹か!」

 シンイチは不動金縛りをかけ、朱き天狗の面を被った。

シンイチは天狗の面を被ると天狗の力が増幅する、てんぐ探偵である。

「一刀両断! ドントハレ!」

 彼女の心の闇は炎に灼かれ、清めの塩となった。

「あと七匹……」

 天狗の面を外したシンイチに、葵は言った。

「あのさ。……集団の中で役割を演じることが、集団を維持しようとする力……心の闇の原因なのよね?」

「うん。……そもそも何でそんなことしたがるんだろ」

「うーん。……素のままの自分じゃ、恐いからじゃないかな」

「?」

「だから役をつくって、そこに逃げるのでは」

「どういうことさ?」

「ちょっと私に、アイデアがあるんだけど」

「?」

「みんな、『女優』だしね。……確認したいことがある」

 葵のアイデアを聞き、シンイチは興味津々で天狗のかくれみのを被った。


 葵と透明のシンイチは、楽屋でメンバーを待ち伏せた。椿を先頭に皆が揃うと、葵は突然謝りはじめた。

「ごめんなさい。さっきのダンス、振り、間違えました」

「え? 私には完璧に思えたけど」とすっとんきょうな声を五月が出した。

「どこ? 二サビの三連符? アンタそういえば最初の頃もそこ間違えてたわよね?」

 椿は生き生きと葵を叱りはじめた。

「ハイ注目!」と、ナンバー2の飛鳥は皆に言い、メンバー全員は椿の次の言葉を聞く。

「いつまで間違えるつもり? マイナス50。今日の累積いくつだっけ?」

「70ッス」と飛鳥が即座に答えた。

 かわいい子キャラのかんなが、微笑みながら言う。

「葵ちゃんさ、椿サンに迷惑かけるのもいい加減にしなよ? 椿サンはアンタの為の思って指導してんのよ?」

 黒髪で清楚キャラの麻亜利が嫌みを言う。

「椿サンの言う通りだわ。葵のせいで、ウチら『ショッキング・ピンク・クローバー』が駄目って思われちゃ、全員に迷惑がかかる」

 椿は絵梨花に振った。

「絵梨花は隣で踊ってたのに気づかなかったの?」

「すいません。自分の踊りで精一杯で」

「駄目でしょ! 絵梨花と麻亜利と葵は『仲良し』って設定なんだから、それを演じてないと!」

「……ハイ。やっぱ、偽の友情を演じるのは難しいです」

 反省するふりをして葵を否定する、絵梨花とはそんな女だ。

 クールなニコが珍しく怒った。

「二サビの練習、何回やらされたのよ? まだマスターしてなかったの? プロ意識が足りないんじゃない? カワイイとか個性的とかは、プロのダンサークリアしてからでしょ? プライドがないんじゃないの?」

「……ごめんなさい」と、葵は殊勝に謝った。

 椿は急にリーダー面して話をまとめた。

「ホラ! こうして葵も謝ってるし! 今日は許してあげようよ! まったく、葵が駄目だから、みんながフォローすることで、逆に結束力が強まるわ!」

「……ふふふ」

 と、笑いをこらえきれなくなった葵が大爆笑をはじめた。

「あはは。あははは。可笑しい! 本当にそうなのね! あははは」

「……何よ? 何がおかしいのよ! プレッシャーに負けておかしくなったの?」

「全然! だって今の私、全部『演技』だもん!」

「……ハア?」

 皆は凍りついた。葵は笑いながら言った。

「三連符間違えたなんて全然嘘! モニタチェックしてくれば? なのにみんな乗っかって来て! 面白いにもほどがあるわよ!」

 椿も、周りのメンバーも、顔が真っ赤になった。葵は畳み掛ける。

「みんな酔ってるのね? 椿サンはリーダーを演じることに、飛鳥サンは常にリーダーのフォローをする役に、みんなは私をいじめる役をすることで。そういう役割の箱舟をつくって、みんな安心してるんだ。そうやって役を演じていれば、この舟は機能するから」

「……アンタ、何を言ってるのよ?」

「だから椿サン、アンタ芝居が下手なのね?」

「何?」

「酔ってちゃお芝居は出来ないものね!」

「……!」

「みんな、キャラを演じることに逃げてんのよ。だって型に嵌ることは楽だもん。○○ちゃんは○○キャラ、○○ちゃんは○○役。おままごとと同じよ。アイドルごっこ。集団ごっこ。いじめごっこ」

 顔が真っ赤な椿に変わって、追従役の飛鳥が発言した。

「……一体、何が言いたいのよ?」

「みんな、この集団を維持したいのね。私は、そう思わないことにしました」

「……?」

「私、辞めます。『ショッキング・ピンク・クローバー』から独立します。こんなヌルイ演技の団体、興味ない」

「はあ?」

「この集団を維持したい人だけが、集団を演じればいいわよ」

 その瞬間、五月とニコの妖怪「スケープゴート」が黙って外れた。実は二人も、独立を考えていたからだ。

「不動金縛り!」

 かくれみのの中で九字を切ったシンイチは、腰のひょうたんから火の剣を出した。シンイチは天狗の面を被ると天狗の力が増幅する、てんぐ探偵である。

「一刀両断!」

 二体の「スケープゴート」が塩と化した。

「あと五匹!」


 「山田葵がショッキング・ピンク・クローバーを脱退」の記者会見で世間は大騒ぎになった。これを皮切りに、五月とニコの二人も脱退を表明、世間は揺れた。ほどなく正式に解散が発表された。椿と飛鳥、麻亜利、かんな、絵梨花のユニットなどに分割してみたが世間の反応は良くなかったからだ。

 シンイチはラストツアー最終日の楽屋に、葵に呼ばれていた。

 解散ライブを終え、楽屋に戻って、もはや「集団」でなくなった彼女たちから、最後の「スケープゴート」が外れた。

「不動金縛り!」

シンイチは天狗の面を被ると天狗の力が増幅する、てんぐ探偵である。

「一刀両断! ドントハレ!」

 こうして、国民的アイドルグループの集団の闇は、集団を維持する力の消失とともに晴れた。



 今日も校庭が満杯だったので、シンイチは河原のグラウンドを偵察に行こうと、校門から出て走り出した。

 そこに黒塗りの車が停まっていて、スモークガラスのウインドウが開いた。

「あっ! 葵さん!」

 中から葵が顔を出した。

「ドラマの準主役、決まったの! それを言いたくて!」

「まじ! おめでとう! 絶対見るよ!」

「私が抜けるって言ったあと、みんながどうなったか知ってる?」

「?」

「今度は、みんなが椿サンをいじめる役に回ったんだよね」

「ええ?」

「飛鳥サンが率先して、それにみんなが乗っかって。この集団は新しい生贄を求めるだけって気づいて、みんな嫌になって解散が早まったんじゃないかな」

「うへえ。女ってこええ」

「女じゃなくて、集団の心の闇に取り憑く妖怪が、でしょ」

「あ、そうだった」

「私のこれからの『演技』、見ててね。ヒーロー」

 と、葵はシンイチのほっぺにキスをした。

 思わずシンイチはポーッとなり、車が出発するのを笑顔で見ていた。


 それをミヨちゃんに目撃され、あとで根掘り葉掘り聞かれることになる。



     てんぐ探偵只今参上

     次は何処の暗闇か








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